紅蓮と絡新婦(2)
「じゃあ日本に渡ってきた方法は? 異世界と日本を繋ぐゲートは、帝海都の魔法学島にしかない。どうやって国の許可を――」
「…………」
「…………密入国……?」
ありえないだろ。ゲートは日本にとっての最重要技術。通過するヒトや物には、厳重な審査が行われているんだ。ネズミ一匹紛れ込めるものじゃない。
それこそ、日本が把握していないゲートでもない限り――……。
「…………嘘だろう? あるのか? 魔法学島以外に、異世界に繋がるゲートが」
「それ以上踏み込むと殺す」
気づけば俺の首に鋭い爪が添えられていた。
明らかな殺気を含むカルタの言葉。
身じろぎせず、殺気立った獣人と視線を交える。
「ん……悪かった。もう聞かない」
「堪忍してくださいな。匿ってくださるお礼は、きちんと用意しますんで」
クジャクも詫びながらも、この件については触れて欲しくないようだ。
こちらも争う気は無い。
とにかくまずは、彼女たちの為に用意した心づくしを無駄にしないことが先決。
一晩ここで体を休めた彼女達であるが、未だ消耗が激しく見える。
特にリンカは痩せすぎだ。素人目から見ても、明らかに栄養失調の気がある。
ここは少ない食料を分け合う黒牢の中では無い。育ち盛りの子供らしく、好きなだけ食べてもらいたいのだ。
空腹に耐えながら、痛々しく笑うことの無いように。
・
・
・
「はぐっはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ!!」
「uuuuuuuu;;;..;.///;;」(ううううううううおいしいよぉぉぉ)
俺が用意した食料を一心不乱に食べるカルタとリンカ。
とりあえず手軽に購入できたジャンクフードを差し出したのだが、気に入っていただけたようで何よりである。
カルタは最初、差し出したハンバーガーの紙袋にひどく警戒していたのだが、漂う香りに負けひったくるようにして袋を奪った。
袋から取り出したそれを興味深げに見た後、おもむろに一口。
彼女は驚いたような顔で動きを止め、そこから言葉も発さないままハンバーガーを貪っている。
口の周りがケチャップで汚れようともお構いなし。
リンカに至っては、パンに挟まれた肉に口を付けた途端大粒の涙を流し始めた。
涙を時折拭いながら、小さな口で一生懸命に頬張る。
ハンバーガーを口に含む都度“へにゃり”と笑い、飲み込むたびに涙をこぼす。
その繰り返しであった。
「(こんなの食べたことないです! 私なんかがこんな……御馳走を食べていいんでしょうかっ!?)」
パンと野菜とタレと肉。
ラコウではどんなに働いても味わえなかった、暴力的な美味。
栄養を欲していた、育ち盛りの少女の体は歓喜に震える。
ちなみに床に伏しているクジャクには粥を煮たが、食欲がないらしい。
少し口を付けると匙を置き、懐から取り出した丸薬のようなものを飲み込んだ。
「? 薬かい?」
「ええ、まあ。2年くらい前から、滋養強壮に良いっていうんで飲み始めたモノなんで。カルタが手に入れてきてくれて、試すとホントに調子が良いモンだから続けてるんですよ。……体がこの有様なんで、薬代わりに」
クジャクの言葉に、カルタが得意げに笑っている。
顔中ケチャップで汚れているのに気付いていないのだろうか?
「異世界の病か……。どんな病気なんだ?」
そういった異世界に在る病原の流入を防ぐため、ゲート利用には厳しい検査が必要なのだ。
密入国している彼女達が感染源となれば、厄介なことになる。
「いえね、人にうつる類のモノじゃないんですが、ラコウの医者じゃあ原因が分からないみたいで……。仕事柄、呪いや毒にも気を付けてるんですがねぇ……てんでサッパリその証拠はない」
――まあ、これも運命ってヤツなんでしょうかね
諦めたようにクジャクは笑った。
魔術で隠蔽される隠れ家で、紅蓮が匿われていた頃。
異世界ウィレミニア三国同盟、山海連邦国家ラコウの某所。
巧みに隠された屋敷の地下。陰惨に笑う黒い女があった。
肌色はラコウ人特有の深い闇。
クジャクの着る着物に近い衣とは意匠が異なる、漆黒のドレスで身を包む。
黒に黒を重ね、女の輪郭は灯りの乏しい部屋の暗がりより濃い。
その漆黒の前には、暴行の痕が痛々しい男が項垂れていた。
「堪忍してなぁ。あんサンの大事~な金は、とっくに絡新婦が預かっていますさかい。愉しく飲んで唄って騒がせてもらいましたわ」
「ふ、ふざけるな! 金は借りたが、利子をつけて返したろう!? 後からまだ金をよこせなんて……認められるか!! お前らが難癖付けて奪った金は、店の運転資金だぞっっ」
「ん~~、あての心は痛みませんなぁ。払えんのが悪いのちゃうんですか?…大変ですなぁ。大切な細君が、カラダ使って稼がないけなくなって」
「お゛ま゛えぇぇぇ!!」
激怒し飛びかかる男はしかし、突然動きを止める。
顔面は蒼白。激痛を叫びたくも、声が出ないといった様相。
――ユイロウ流操黒糸・躯絡繰
女の黒髪が、命すら酷薄に絡めとる魔糸となって男を縛っているのだ。
関節が、息を通す気道が、女の思い通りにねじ曲がっていく。
皮膚を刺し、肉の下を這いずる髪が男に苦痛を与え、女の顔は愉悦と快楽に歪む。
手で体中を撫で、恍惚とし始める女だったが……笑みが突如消える。
「クジャクめ……あの淫売。どこに消えたんや」
ラコウの大貴族が隠していた、異世界に繋がる門を使って落ち延びた憎い女。
弱っているクセによくあがくこと。
大金払って門の管理人を抱き込み、部下を送ったが芳しい連絡はない。
あの双子は仕事を遊びにして夢中になる悪癖がある。
「(殺しの手管は、イイ線いっとるのに……もったいないわぁ)」
――はあぁ
悩ましいため息がこぼれる。
「あの肌白クジャクの、真っ青なカオ見たいものやぁ」
表向きは輸入商、内実は荒事を生業にする極道……絡新婦。
その女首領であるユイロウ=レンメイは、いくら憎んでも足りない同業の敵……紅蓮のユイロウ=クジャクの苦悶の顔を想像し、火照る体を指で慰めるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけましたら、
『ブックマーク』と広告下の評価【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】をお願い致します。