紅蓮と絡新婦(1)
暗い部屋を蛍光灯の明かりが照らす。
長い間使われていない木棚や箪笥が、それだけで息を吹き返したように艶やきだした。
草葉が広がり道も消えた山奥、山林に隠れるようにして建つ木造建築があった。
数年前に廃業した民宿。
小さな部屋を連ねる様に重ねた造りが、かつての賑わいを想わせる。
「さ、入って。追手とやらは縛って閉じ込めておくから」
「……お前を信じたワケじゃないからな」
「やめな、カルタ……っこほ」
「//.、:::;.….,,,,::」(今は、お言葉に甘えましょう?)
カルタという獣耳のラコウ人が、クジャクと呼ばれた女を支えるようにして部屋に入っていく。
そして10年前の黒牢の夜、闇に抗う者達の光となった少女……織使真理愛。
その真理愛に生き写しの少女リンカは、こちらを“ちらり”と気にした後クジャク達の後を追った。
俺は影収納にあった黒縄で縛る、黒装束2人を見る。
無論、亀甲縛りだ。体が勝手にこの縛り方を選ぶ。
これを体に教え込まされた時の記憶は、どうしてか思い出せないが……記憶の破損は今に始まったことじゃない。
俺は考えるのを辞めた。
とにかく、拘束したこの2人。
虚ろな目。意思の感じられない顔。
彼らは何も語らない。主人への忠誠心や恐怖による沈黙ではない。
魂の抜けた人形のような有様であった。
カルタを追い、姿を見せた際の俊敏さは何処にいったのか。これはなにか、魔術行使による結果なのかもしれない。
「(とにかく、こいつらは閉じ込めて……彼女らの世話が先だ)」
・
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赤髪の女主人を用意した布団へ横にする。
「すみません旦那。こんな部屋まで用意してもらって……っけほ」
「今はとにかく、休んで」
――恩にきます
そう言って目を閉じると、クジャクはすぐに眠りについた。
意識を失ったと表現したほうが正しいか。
気丈に振る舞っていたが、すでに体力は限界であったらしい。
「それで……君たちは、いったいなんだ。翻訳魔法みたいな術式を持ってるってことは、何か目的があってこの国に来たんだろう?」
「…………」
カルタは無言。警戒を解かないまま睨むようにしてクジャクの傍を離れない。
「karuta;/;:。……」
(カルタ姐さん……)
「うるさいリンカ。無駄口を叩くんじゃない」
「:/.::--」
(すみません――)
この娘たちの上下関係はかなり厳しいらしい。
リンカは俯いて押し黙り、刺々しい静寂が続く。
「……まあ、明日でいい。そこの赤髪のクジャ……クさん? の目が覚めたら彼女から聞く」
警戒を解かない番犬にそう伝え、俺は部屋を後にした。
ここには生活品や食料の備蓄は無い。調達しなければ。
部屋から出た廊下であれこれと用意する物を考えていると、背中で襖の開く音がする。
見れば真理愛に生き写しの顔が、申し訳なさそうに俺を見上げていた。
その顔で悲し気にされると、どうしていいかわからない。
「(安心して休んでほしい。此処は安全なんだ)」
その思いを伝えたいのに、どうすればいいかわからない。
言葉が通じないリンカの前で固まる様に佇んでいると、彼女は勢いよく頭を下げた。
辛うじて纏めてある頭髪から、乱れた髪が垂れ落ちる。
部屋から聞こえるカルタの苛立たし気な声に、リンカはすぐに部屋へ戻ってしまった。
礼や謝罪を伝える為に頭を下げる。
この行為は世界を隔てても同じらしい。不思議なものだ。
「(近くの町に降りよう。たくさん、買いそろえなければ)」
心の片隅ではわかってる。彼女を助けたのは、見当違いな自己満足。
真理愛を助けるという叶わなかった結末を、勝手に夢見る醜い心だ。
そんな小さな理性も、今の俺に取り戻すのは難しい。
冷静な客観はすぐに消え去り、頭を埋めるのは喜び。
――この俺に、後悔を雪ぐチャンスが巡ってきたのだ!
死した少女を取り戻す為に積み上げた10年間。
擦り切れそうな魂は、その祈りに似た狂気が故に形を保つ。
リンカとの出会いは、七郎にとって微睡むような甘い毒に他ならなかった。
翌朝。
和室に敷かれた布団の上で、クジャクが体を起こし白湯で唇を濡らす。
「――おいしい」
ゆっくりと喉を潤しながら、病んだ体に染み渡らせる。
布団の傍にはカルタとリンカが座り、クジャクを心配していた。
赤髪の女主人を慕う心は、2人同じく。
クジャクが一息ついたタイミングを見計らい、俺は事情を尋ねる。
「教えて欲しい。あなた達はおそらくラコウから来たんだろう? どうやって日本に? なんの為に」
「……目的っていう、大それたモノはありません。あたし達は逃げて来たんですよ。コチラを潰そうとする商売仇からね」
「商売」
「しがない貿易商ですよ旦那。物と人を繋げて、時には危険な海も渡る。……だからちょっとばかし、荒っぽいヤクザなマネをしなくちゃならない……厳しい世界で、女だけで助け合って何とかやってきました」
「その商売敵が、あの黒装束」
「あれは使い走り。“絡新婦”の頭、レンメイの糸に頭を弄られた……可哀そうな生人形」
――死んでたんでしょう? 捕まえてくださった2人は
そう言ってクジャクは溜息を吐く。
そのとおりだ。地下室に閉じ込めた黒装束は、そのまま朝には事切れている。
「あたし達の看板名は“紅蓮”。山海連邦国家ラコウの……ただの商売人ですよ」
――いやただの商売人が、異世界を繋ぐゲートを渡れるわけないだろ。
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