隠れ家へ
「(あたたかい)」
遠慮がちに触れてくる痩せた手。
闇色の少女の手には、ヒト肌の触感が再現されていることだろう。
改造した【愚か者の法衣】の性能に感謝する。
だがすぐに俺の意識は、小さな手の感触から離れることになった。誰かが此処に走ってくる気配。獣のような速度で近づいてくる。
守らなければ。この子はもう、傷つく必要なんか無い。
俺の魂が、そう求めてる。
「クジャク様っ!」
現れたのは女。眼前の少女と似たラコウ人特有の肌色をしている。しかし同じ深い闇色とは言えなかった。更に、焦った様子で現れた女にはヒトならざる部分がある。
頭に立つ大きな獣の耳。
「(獣人とラコウ人の混血なのだろうか?)」
確証はないが、的外れな想像では無い気がする。
「カルタ……よく戻ったね」
「karuta..//:;」
「すんません! 追手に見つかりっ……? なんだお前っ!?」
獣耳の女は俺の姿が視界に入り混乱した様子だ。追手とやらの仲間だと思っているのだろう。
彼女は牙を剥き出しにして、手に赤い折紙を握った。
・
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「男めっっ離れろっ!!」
敵意を込めた形相で睨みつけるカルタとやらであったが、後ろから迫る複数の気配に選択を迫られることになった。
前の男をまず殺すか、それとも病に伏せる主人だけでもを抱えて逃げ出すか。
後者であればリンカの命は諦めねばならない。
そしてカルタが後者を選択し、駆けだそうとした瞬間。
頬を掠めるように、主人の傍にあった男が自身の後ろへ跳んだ。反応できない凄まじい速度。
――ぎゃっ
聞こえる短い悲鳴。見れば地面に黒装束の人影が倒れ伏している。
「(アレは絡新婦の追手っ!?)」
さらにもう一人の黒装束が、すでに男に首を掴まれもがいていた。そのまま首を絞められ動かなくなる。
この一瞬の制圧劇を怪しい優男が成したのだと、理解するまでカルタは数瞬を要すのだった。
・
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「(こいつら、魔力を纏っていた……異世界人か?)」
意識を失った正体不明の黒装束から、視線を獣耳の女へ。
――この黒装束は、おそらくラコウから来た彼女達を狙っていた
ということは、異世界人同士の諍いを、わざわざ日本で繰り広げていた事になる。
あの子を殺そうと?
許さない。今度こそ守り抜く。
ああ、しかし……あの闇色の少女は真理愛じゃない。
……ほんとうに?
もしかしたら。はは、そんな奇跡は無い。
ああ、でもやっぱりもしかしたら。
考えがまとまらない。
意識が砕けた魂の割れ目に沿って、ぐちゃぐちゃになる感覚。
「! っひ」
墨谷七郎の混沌とした心内が、顔に出ていたのだろうか。獣耳の……カルタと呼ばれた女が、こちらを見て怯えた顔をする。
そうだ、闇色の真理愛と居るほかの女2人。
あの子をどうするのだろう? あの子にとって、この2人は何なのだろう?
少なくとも獣耳の女は、闇色の真理愛を守る気が無い動きだった。
無関心から転じ、不信感を抱かれたのを悟ったか、折紙を握ったままの女がさらに後ずさる。
握られた折紙は呪符のような機能を持つのかもしれない。
警戒を強め近づいていく最中、飛び出したのは痩せた黒少女。
「::.:.:..//,;;…! Kujaku:・//:::.karuta.//:::;.;:., ::;;;/:;..,;:://」
(お願いです! クジャク様とカルタ姐さんは助けてください……私はどうなってもいいですからっ2人は)
必死な顔で何かを訴えかけてくる少女。
言葉は分からないが、強い想いは伝わる。
「……なんて言ってる?」
「え……あ」
「助けて欲しいと、あたしの代わりに言ってくれてるんですよ旦那」
獣耳の女が言葉に詰まっていると、奥から弱弱しい声で赤髪の女が答えた。
「あたしからもお願いします。旦那はっ、ごほっ……たぶん、コッチの世界の人なんでしょう? お礼は後で用意できます。せめてこの子達……リンカとカルタだけでも、匿っちゃあもらえませんか」
「 ! クジャク様っいけません。こんな得体の知れない男に」
「静かにしなカルタ……これは賭けだよ。もうどうしようもないほど追い詰められてるんだ、あたし達は」
「……ですが」
「少なくともリンカには、悪いようにしない男のようだ。頼んでみるしかない」
クジャクと呼ばれていた女性の、病に侵されながらも強く優しい目が俺を射抜く。
いや、優しいだけではない。どこか俺を品定めするような、女主人としての器量を感じる。
きっとリンカという少女は、この2人が欠ければ悲しむのだろう。
彼女達や、気を失っている黒装束がどんな理由で此処に居るのか……それが分からなかった。
だからこそ情報を得るつもりで、黒装束を殺さなかったのだ。
本音を言えば真理愛に生き写しの子以外を助ける気は起きないのだが、仕方がない。
一旦まとめて隠れ家に連れて行き話を聞くとしよう。
たしか近くに隠れ家兼拠点の一つ、買い取った古い民宿跡がある。
幸いあの場所は、隠蔽魔術をシルヴィアが施していたはずだ。
霊園山の外で動く際に何かと便利なため、全国にそういった場所をいくつか設けてある。それを使う時がきた。
俺は考えを整理し心を落ち着けると、使い慣れた人当たりの良い表情を作る。
「(シルヴィアになんて説明しようか……、怒られるなぁ)」
この先の説明責任に一抹の不安を抱きつつ、彼女たちに手を差し伸べた。
「俺は墨谷。墨谷七郎。休める所があるから、案内しよう」
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