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黒い華

この話から第2章となります。

変わらずお付き合いいただければ幸いです。


 ――けほっ、けほっ、っっ


 夜闇の中、渇いた(せき)が聞こえる。

 世界すら超えて、やっとここまで逃げてきたのに。

 大切な人が苦しんでいるのに……何もできないのが辛い。


 「もう少ししたら、休みましょう?」

 「すまないね。リンカ」


 顔色悪く支えられる女は、燃えるような赤髪を(ほこり)で汚し、息も()()え。

 支える少女の肌は、夜に溶け込む(つや)やかな闇色。

 吸い込まれるような金色の瞳だけが、彼女の存在を浮き彫りにしていた。


 「誰か……クジャク様を、助けて」


 闇色の少女は無力を噛みしめ、切な願いを口にした。


 ・

 ・

 ・


 不死者が(かえ)り立つ霊園山(れいえんざん)

 その山からずいぶん離れ、いくつも(けん)境を越えた森の中に墨谷七郎の姿はあった。


 何もかもの輪郭が融ける真の闇。黒が塗り潰す世界でも、獣の瞳は嫌味なほど暗中に馴染む。


 「どうするかぁ……」

 

 俺は悩んでいた。


 意気揚々と霊園山を去ったが、問題に直面している。

 

 シスターシルヴィアと離れて行動している理由。


 目立ち始めてしまった俺に向けられる視線を、霊園山から離すこと。

 そして願いの成就……その計画に不可欠な物を手に入れ、障害となる存在を排除すること。


 問題はその不可欠な……日本由来の強力な呪物の所在が、全く把握できないことだ。

 

 「本当に、カケラも情報が手に入らない……まずい」


 目的は呪物の持つ力、現在の世界で表現するなら魔力。

 呪物が内包する、外に浸食し生物を呪う負のエネルギーが欲しい。それが、俺達にとって()()()()()()()()()()()


 目下逆柱達を使役しながら捜索するが、人工魔達と視界や意識の共有が出来るわけでもなし、彼らが記録した映像や情報をその都度聞き取る手間がある。


 俺に身体強化以外の魔法の才能が有れば、もっと効率的に事を運べるだろうに。


 「(自分の才能の乏しさに嫌気がさす……ニーナ教官に学んでいた頃、璃音が言っていた指摘は本当だったよ)」


 懐かしい友の面影に浸りそうになるが、気を取り直す。

 幸い、計画の最終段階までには随分時間があるのだ。

 

 溜め続けた魔力が、必要量に達するまでもう少し。準備を終える時が待ち遠しい。

 

 「(今まで通り、前に進み続けるしかない……)」


 ――**-11000111010*?00..


 「ん?」


 木立の奥、闇の中から目玉が並ぶ縦長の姿が現れた。

 人工魔:逆柱の1柱が迷彩機能を解き、俺に訴えている。


 ヒトを見つけたらしい。それもずいぶん珍しいヒトを。


 すぐに夜の闇に紛れ、気配を殺し逆柱から聞いた方角へ向かう。


 そこにはか細い(あか)り。小さな()き木が燃えていた。

 近づくにつれ、火に照らされる人影が見えてくる。

 

 赤髪が映える女性。

 髪と同じ色をした、日本の着物と意匠が近しい服を着ている。

 はだけた着物から覗く肌は、病的に白い。


 いやもう一人……見逃すところであった。


 闇の中でより深く輝くような、蠱惑的(こわくてき)な黒。

 暗い輪郭は痩せた少女の形をしていて、金の瞳が獣のように鋭く浮かぶ。


 「“絡新婦(じょろうぐも)”がこんなトコまで追ってくるとは……抜かったね」

 「/ /: :..karuta:….__//. .,. ,, ,: ;; /: ; ..……」

 (きっとカルタ(ねえ)が追っ手を撒いてくれます。それまで隠れて……)


 どうやら赤髪の彼女は翻訳魔術も持っているようだ。

 (ささや)くように話す彼女らに悟られないよう観察していたが、ふと足元に魔力の気配。


 「(! 気づかなかった)」


 糸? いやこの赤色は、焚き木の傍で横たわる女の髪色と同じ。


 ――誰? 追手じゃあ、ないようだ


 赤髪の女が微かに細指を動かし、こちらに話しかけてくる。

 彼女の指の動きに合わせ、足元の線が(たゆ)むのを感じた。

 これは結界、人を探知する鳴子(なるこ)だ。


 「./ / ;;kujaku」

 (っ、クジャク様)


 存在を悟られたと同時に、黒少女が構えをとる。なにがしかの武術なのだろう。


 「(あの肌の色は)」


 知っている。

 実際に会ったのは初めてだが、エルフの女教官……ニーナラギアールが話していた異世界人の特徴そのままだ。

 こちらの世界には無い色合いの闇肌。金色の瞳。

 肌の色とまた違った黒髪は、年頃の少女らしい柔らかさを伝える。


 あれは異世界、山海連邦国家ラコウに生きる人種の特徴。


 いや、それだけじゃない。

 だんだんと見えてくる彼女の……あの顔は――。


 「――そんな」


 肌と、髪と、瞳の色は、記憶にある彼女と全く違うのに。

 見間違(みまご)うほどの濃い面影(おもかげ)



  「: .. :;;… .. 、 /;;,…;:;: …… /: ……」

  (それ以上、近づかない……で……)



 火が照らす距離まで無造作に近づく七郎に、少女の敵意は困惑へ変わった。


 「:.::.:.:/ 、 ;../:;..;;::?」

 (どうして、そんな目で私を見るんですか?)


 ラコウ人の少女リンカは、男の熱の籠った視線というものを生まれて初めて感じている。

 どうしてかリンカは、長い逃亡での旅垢で汚れる体を隠したくなった。



 「あぁ……」


 心が揺れる。魂が混線する。

 立っていられない。膝が折れるのを止められない。

 無意識に手は、金の双眸が潤む顔へ。


 「…………」


 闇色の少女は、ジッと俺を見つめていた。


 こんなことがあっていいのか?

 突きつけないでくれ。俺を見ないでくれ。

 

 違う。また俺達を笑顔で照らしてくれ。

 違う。君も、みんなも、もういない。


 「――真理愛(まりあ)


 少女の頬に、ついに触れられなかった手を降ろす。


 代わりに痩せた少女の小さな手が、俺の偽りの髪と肌を優しく撫でた。



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