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運命の夜

これで墨谷七郎の過去話、前半は終わりとなります。


 大荷物を積んだ車数台とすれ違う。

 先ほど逢禍暮市(おうまがくれし)全体に発令された自主避難勧告に従った市民だろう。


 市民の全体数を見れば、避難状況はもっと混乱をきたしてもいいはずだが……。

 

 「こんな危機感の伝わらない状況じゃ当然か……」


 俺は市の入り口でひとり考える。

 この土地全体の魔力濃度が上がっているとはいえ、体に不調をきたすレベルではない。

 特に魔力が上昇している箇所は、すでに調査員と軍人が派遣され立ち入り禁止区域としてもいる。


 時刻は正午過ぎ。天気は良好、気温も適温。

 平和な光景に、自分も現実的な危機感を持てないのは確かだ。

 ただ無視できないのは、長閑(のどか)な時間の流れに逆らうように増大する、釈然としない不安感。


 「なんなんだ? この嫌な感じ」

 

 「七郎も胸騒ぎを感じるのかい?」


 隣に歩いてきた璃音(りおん)が、不快そうな顔をする。


 「不愉快だね。非論理的だ。感情が乱される……明確に理由を説明できないのが、またさらに……」

 

 「今のところ何かが起きる様子もない。調査結果を待つしかないか」


 俺達魔導隊と100人程度の陸軍は、あくまで先行調査部隊。

 この(あと)調査員の増員、そして陸軍の本体が安全確保と避難誘導の為合流する予定であった。

 本隊が合流後に、市民の避難を本格的に始める。


 「カツヤ! あのお店に行ってみたいわっ」

 

 「すまないシクルナちゃん。今はそんな時間は無いんだ」

 

 「行きたい行きたい行きたい! こんなに頼んでるのに、どうして一緒に行ってくれないの!?」


 離れた場所でシクルナと鋼城(こうじょう)のやり取りが聞こえてくる。

 

 案の定シクルナは観光気分で同行していたらしい。

 鋼城はシクルナの我儘(わがまま)を抑えているが、シクルナに付き添うロームモンドが徹底的に彼女の肩を持つ為対応に苦慮していた。


 「まったく……。アレじゃあ翻訳魔法が無い方がマシかもね。我儘(ワガママ)を聞かなくて済む」


 璃音の冷えた声。厄介な荷物に、辟易(へきえき)しているのだろう。


 「戻ったわよー」

 「こっちは変わり、無い?」


 別行動していた虎郎(ころう)愛魚(まな)が合流する。


 「すまない、シクルナはやっと車に戻ってくれたよ」


 異世界人2人から解放された鋼城も遅れてやってきた。これで、様子を見てきた虎郎から詳しい話を聞ける。

 

 「それで、なにか分かったことは?」

 

 「空間の魔力は徐々に高まり続けてるそうよ。でもそれ以外はなーんにも。高魔力地点には入らせてもらえないし」

 

 「何も分からないじゃ動きようが無いだろっ。墨谷、もう一度情報を集めて来てくれ」

 

 「どうして君が仕切るんだい鋼城? 七郎が今更走り回っても同じことだよ。新しい情報は手に入らない。……どうしても立ち入り禁止の高魔力地点を調べたいと言うなら、偵察に慣れてる愛魚が適任だ」

 

 「あ、いや……そういうつもりじゃ……」

 

 「焦ってバラバラに行動するより、今は状況が動くまで待機しているべきだと思うね」


 気まずくなる空気。 

 最近よく見る光景だ。鋼城が焦り、璃音に(たしな)められる。


 「まあまあ。焦らず構えて、いつも通りの良い結果を出しましょ。5人揃ったアタシ達は無敵なのよぉぉー!!」

 

 「うおっ、うるさ」

 

 「あっらー♪ごめんなさいねぇ」


 そんな時には毎回、虎郎が場を和ませてくれる。

 (りき)んだ笑顔で首を()めてくる虎郎とじゃれ合いながら、俺は彼女の言葉を心に仕舞(しま)う。

 

 今まさに、巨大な悪意共が目覚めているとも知らずに。


 「(無敵か。そうさ、そうだな)」


 ――釣鐘(つりがね)が、悪辣(あくらつ)(わら)う背で揺れる

   仏の教えを逆さに唄う、一つきりの(おお)(まなこ)


 「(俺達に敵は無い。魔導隊はこれからもヒトを助けるんだ)」


 ――(てつ)毒虫(どくむし)の融合変化

   音切る恐怖の薄羽(うすばね)は、獲物を求め空を舞う


 「みんなと一緒なら、なんだって出来る」

 

 「あらー七郎がハズカシイこと言ってるわー!」

 「流石に背中がむず痒いな」

 「ふふふ、今日も頑張ろうね」

 「ボクの羞恥心をくすぐって何がしたいんだい? 七郎」


 ――美姫(びき)の胸には愛と妄執(もうしゅう)。そして確かな恨みがあって

   傷だらけの肌はもう無いけれど、愛しい男と骨を()

   斬り踊れ、斬り踊れ。裏切り者に届くまで

   (いさ)(つわもの)よ共に在れ


 「(きっと明日も、その次の日も。こんなふうに笑い合える日が続くんだ)」


 ――もういちど、(そら)を喰らおう

   臓腑(ぞうふ)に納めて溶かしてしまおう

   腹が満ちれば、また歩ける

   懐かしい故郷へ、皮だけになっても()いずれるから

   十字の瞳は死で濁る

 

  

 「さあ、いつでも避難を手助けできるように――」


 俺が明るい空を見ながら立ち上がった時、


 「逃げて!! 今すぐ逃げてぇぇぇぇ!!」


 緊迫した声が聞こえた。


 振り向けば、こちらに走ってくる小さな人影。

 淡色(あわいろ)の髪の少女。花柄のワンピースが激しく揺れる。


 後ろには大人の女性が後を追っていた。


 少女は黒い鎧を着る俺を恐れず、勢いのまま飛び込んで来る。


 「!? どうした? 落ち着いて」



 「真っ暗にっ……真っ暗になっちゃう! 今すぐ逃げないとっ、でないと」



 「?」


 「ま、真理愛(まりあ)ちゃん……また()でなにか見たの?」



 少女を追っていた保護者らしき女性が、何事か呟く。


 異常な変化は一瞬だった。

 

 視界が急に暗転したのだ。まるで灯りを消したように。


 「暗い!?」


 いやこれは……視力の問題じゃない! 外に光が無くなったんだ!

 

 同時に響く轟音。揺れる地面。

 咄嗟(とっさ)(そば)に居る少女を(かば)う。


 「なんなのコレ!?」


 虎郎の声が聞こえる。見ている景色は同じのようだ。


 暗転した直後は目が慣れず何も見えなかったが、魔力強化された視力は素早く暗闇に適応し、徐々に周りが見えてくる。

 どうやら完全な闇でなく、薄い月明り程度の光がある。

 

 上空を見れば黒と、星の光。……夜空だ……。


 轟音と揺れは続いていた。音の方向を見れば、それは逢禍暮市(おうまがくれし)の市街地。

 市のほぼ中心に、巨大な鉄工所があったのは覚えている。


 うっすら見える鉄工所から離れた場所。住宅地と思われる土地が丸ごと動いているのが分かった。

 まるで地面が横滑りしているようだ。

 

 新しく浮き出た土地に押し出される地殻変動は、市街地の広くで発生する。

 

 この時知る(すべ)は無いが、ある異世界の土地2か所が丸ごと転移してきていたのだ。


 ひとつは木々が立ち枯れ、怨念渦巻く死の大地。

 

 もうひとつはエイン=ガガン獣牙種(オーク)氏族の集落。


 

 こうして運命の夜は始まった。

 

 墨谷七郎の恐怖。魂にまでこびりつく、血に染まる闇。


 此処から俺は、ずっと走り続けることになる。

 (かす)かに()れる、か細い糸に(すが)りつきながら。 


読んでいただき、ありがとうございます。

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