魂とは
「市街全体で魔力が高まっている?」
璃音が怪訝な顔で、陸軍の説明者へ聞き返す。
俺達は移動する車内で、向かう土地に起こる異変についての説明を受けていた。
普段は魔導隊と支援人員のみの行動が多いが、今回は違う。
問題の規模が大きく、100人程度だが陸軍も装甲車等を持ち出し共に行動しているのだ。
「はい。市の全体で高い魔力が観測され始め、特に高魔力が検出される場所では異常な報告が聞かれています。具体的には地面の隆起や、廃寺の鐘がひとりでに激しく鳴り始める……廃棄車両置き場の車が、熱を加えたわけでないのに溶け始めていると言った話です」
「火の魔法でなく……魔力だけで溶ける……?」
鉄を溶かすほどの魔力?
明らかに異常な状況に、不気味な気配を感じる。
俺を始め、魔導隊全員の顔つきが変わった。
「やっぱり、シクルナちゃんが来るのは危ないんじゃないかな……?」
そんな心配を口にしたのは愛魚。
そうなのだ。
帝海都で今回の魔導隊派遣が決まった際、異世界から来訪しているシクルナ・サタナクロンが同行を強く迫った。
――カツヤについていきたい!
危険が伴うことを魔導隊の皆や日本の外交関係者が説明しても聞き入れてくれない。
鋼城と一緒にいたいと、頑として同行にこだわる。
困り果てていたところに、もう一人のノルン神教信徒ロームモンド・ミケルセンがシクルナの希望を後押ししてしまった。
「可愛らしい願いではありませんか。シクルナ様は大司教サタナクロン様のご落胤。このお方のご寵愛は、ノルン神教からの祝福に他なりません。これこそ女神の思し召し。ニホンでは強力な魔物の発生もまずありえないでしょう。……そう心配めされることは無い」
――これは魔導隊の皆様が、我々に名を売るチャンスですよ?
この好機を無駄になさるのは得策ではないかと
こうして、賛同者を得たシクルナの同行が決まった。
日本の価値観で言えば、上司の娘へのご機嫌取り。
自身の出世欲が何処か透けて見えるロームモンドの態度に、俺達魔導隊の心は晴れない。
“心配が無い”とは、甘く見積もりすぎではなかろうか?
「はあぁ――余計な気遣いが増えたよ。ノルン神教……向こうの宗教では最大派閥みたいだけど、ここ十数年あまり評判が良くないらしいね」
「こんなことになるなんて……すまない」
「ま、勝也の色男っぷりには困ったものね。大丈夫よ、守ってあげましょ。言われた通りカッコイイとこ見せてあげればいいのよ」
シクルナとロームモンドが乗る別車両にも、陸軍の護衛車が数台付き添っている。
「(確かに今回は軍が護衛している。異世界人2人は安全なハズだ)」
ロームモンドの言う通り、日本ではニーナラギアールから学んだような高位魔物が発生する可能性は少ないのだろう。
俺達も今まで、野犬や野生動物が変異した魔獣しか見た事が無い。
魔力による浸食と変異。
なぜ動物は魔力に侵され魔獣に変化する可能性を孕むのに対して、人間の肉体には変異が発生しないのか?
厳密には人間にも変異が生じえる。
しかし、動物と人間種で魂魄の構造を比較し、魂魄構造に大きく差があることが、変異規模の差異に影響しているとの説が非常に有力であるらしい。
ニーナ教官が、魂と魔力の関係構造について授業で触れていたことを思い出す。
彼女いわく。
「人間の魂魄には、魔力の生産に影響する魂魄階層【本能欲求階層】【愛情(感情)階層】と魔力の操作に影響する【叡結晶(智慧・理性)回路】を中心として、魂魄全体にプロテクトに似た防護層がほぼ例外なく形成されているんだ」
「この防御層は、人間社会の陰陽交えた複雑な社会性(愛憎の記憶)や人間文化による強い刺激(感動や恐怖)から、魂魄を保護するために人間が獲得した手段である」
「生まれたての赤ん坊の魂魄は、このプロテクトが獲得されておらず魔力の影響を受けやすい。しかし母親の胎内で、母親から無意識に提供される特別な防護膜が、プロテクト獲得まで魂魄全体を強力に保護していることが確認されている。……母は偉大であるな」
難解な内容であったが、璃音は特にこういった魔力概念を交えたシステムの話に興味を持った。
「いつか日本とウィレミニア、両方の世界で称えられるような技術を生み出してみたいな、ボクは」
そう楽し気に語っていたっけ。
「(…………だけど、なんだ? この強烈な嫌な予感は)」
俺の根拠のない不安をよそに、車は問題の市へ走る。
行く先は永遠の夜。
土地の名は、逢禍暮市といった。