初代魔導隊(2)
「2匹逃げるよ!」
鷲弦愛魚の速射が、瞬く間に3匹の魔犬を射抜く。
予想以上の数の魔犬が群れを成し、俺達を囲んでいた。
ここはとある縣の森林公園。
この公園の隣には過疎が進む村があったが、魔法元年以降の政策により村民は近隣都市へ移住。
現在日本の生活圏ほぼ全てに、ゲート開通前から国が用意していた破魔結界が施されている。
おかげで魔物の被害はごく少数に留まっていた。
今回は廃村および森林公園に住み着く、魔獣化した野犬の群れを駆除する任務。
予想以上の犬の数に苦戦しているが、危なげなく駆除は進む。
「イヤになっちゃうわねえ!」
虎郎の剣の一振りで、数匹の魔犬が切り裂かれる。
高水準の身体強化によって、最強の攻撃力を生み出す虎郎。
遠距離からの索敵と狙撃を行う愛魚。
堅実に前線で立ち回る鋼城。
戦闘に参加しながらも、やや後方で部隊を戦略的に指揮する璃音。
そして状況の変化に応じた役割を担う俺……墨谷七郎。
主に行うのは前線の戦闘要員であるが、必要であれば陽動、救出作戦においては殿を務める。
「(……璃音は頼みにくい役割を、俺に押し付けているだけではなかろうか?)」
聞いたところで肯定されるだけだろうから、聞かないでおく。
――やだぁぁぁぁ!!
「七郎! 子供の声だっ」
「!? ここに人はいないハズだろ」
俺達は少人数のみで構成された身軽な実験部隊。
機動性を重視する為に国の指揮系統から半ば外れているが、支援は十分に受けている。
この森林公園付近の土地にも事前に調査が入り、無人であるという確かな情報があったはずだが……。
「声は南の方だっ。そう遠くない! 七郎、君が助けに」
「いや待ってくれ」
璃音の指示に鋼城が異議を唱える。
「七郎が抜けると戦力に不安がある。不確かな情報で陣形を崩すのは……」
「確かに声が聞こえたんだ。状況は一刻を争う」
「魔犬が後ろの愛魚ちゃんにまで行ったらどうする!?」
鋼城は、後方から的確に矢を射る愛魚を心配しているようだった。
「(鋼城は愛魚ちゃんを気遣うことが多いな……?)」
俺は魔犬を牽制する傍ら、頭の隅で思う。
鷲弦愛魚のことに留まらず、最近は場をまとめる虎郎や璃音に、鋼城が異議を唱える場面が多い気がする。
なにか、自分がリーダーになろうとする意欲というか……熱意のようなものを感じるのだ。
意見交換をしている認識だったので、深く気にしたことは無かったが……。
「確認して、すぐ戻る」
「あ、おい!」
俺は即決して南に駆けだしていた。
「(この鎧……もう少し便利な機能を付けてくれないかなぁ……通信できるとか、方向が分かるとか)」
疲労のせいだろうか。駆けながら心の中で自然と愚痴が零れる。
黒一色にカラーリングされた鎧は、強度と機動性は素晴らしい。
視界もヘルメットのバイザー越しとは思えないほど良好だが、それ以外の機能は無い。
方向や人の気配は、強化された肉体の感覚に頼り探るしかないのだ。
「……襲われてる!」
魔犬の唸り声と血の匂いの先に、今まさに倒れた男が一人。倒れた男は木の棒を持ち、抵抗していた跡が見える。
そして魔犬は、男の傍に居る子供に襲い掛からんとしていた。
全力で地を蹴り、彼らに飛びかかる犬を蹴散らす。
まずは犬の注意を全て俺に向けることが重要だ。
殺させない。
意思を込めた視線に、魔犬は後ずさる。
「かかってこい!!」
守りながらの戦闘。鎧に牙が刺さるが、冷静に1匹づつ倒していく。
背中にずっと、幼い少女の視線を感じながら。
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逃げ出した魔犬も愛魚の矢が全て仕留めた。
駆除が終わり、襲われた親子の救急搬送が行われる。
「――ありがと」
小さな少女は健気に俺達への礼を述べ、父親と共に運ばれていった。
「どうしてこんなところに?」
愛魚が少女を抱きながらそれとなく聞けば、“しゅぎょーで森にきた”と言っていたらしい。
よくわからなかったが、父親に意識が無い為確認することは出来ない。
……最近の俺には、魔導隊という立場への疑問があった。
なぜ俺達が魔導隊でなくてはならないのか?
危険な目に合わねばならないのか。
犯罪者とはいえ人を……傷つけなければならないのか。
皆、同じような事を心の中で思っているだろう。
「(それは人を守る為なんだ。俺達にしか守れない人がいる)」
もういいだろう。充分やった。ただの学生に戻りたい。
「(だがそうしていれば、今日の親子は守れなかったかもしれない)」
幼い少女の“ありがとう”が、此処に居る全員の心に確かな火を灯す。
見合わせる5人の顔は明るかった。
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