不和と座学
「どうですか? あの5人は」
窓際で優雅に佇むエルフ……ニーナラギアールは、魔法を研究する日本人の声に振り向いた。
研究職の男は、このエルフの美貌になかなか慣れることが出来ない。視線が向けられるたびに心拍数が上がる。
ニーナは視線を窓の外に戻し、目を細める。
窓の外に見えるのは戦闘訓練に敗北した罰として、グラウンドの整備に勤しんでいる墨谷七郎の姿。
「全員……凄まじい逸材だ」
「! それほど……ですか?」
ウィレミニアでも魔法戦闘の教鞭をとるエルフの言葉に、男も疑うことはしない。
だが実感が湧かない。
そんな男の表情を察したニーナラギアールが、言葉を補い説明する。
「普通、魔法への適性があれど、身体強化を使いこなすまでに数年の訓練が必要なハズだ。……魔法に親しいウィレミニアの人間であってもな……。それを彼等はたった一か月で、我が物とし始めている」
ため息をひとつ。
「ついこの間まで魔法を知らなかった人間だと思えん。長い間ウィレミニアで魔法使いを育ててきたが、初めての経験だ」
――鍛えがいがある
期待を寄せ、楽し気に笑う彼女を見て、研究職の男は彼らの今後の苦労を偲ぶのだった。
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部屋の中には険悪な雰囲気が流れていた。
ここは宿泊所の共同スペース。
ソファーや冷蔵庫が並ぶ憩いの場である場所で、苛立たし気な声が聞こえる。
「ハンッ……メリットの無い事に労力を掛ける意味がわからないね」
「メリット? ニーナ教官に勝つための会議だろう。今こそ、その自慢の頭を使う時だ」
「ボク達には力も、魔法についての情報も足りていない。……ああっ? ボクを女と間違えるような頭では理解ができないよね? ごめんごめん」
「だからソレは悪かったと……!」
華奢な体に乗る小さな顔が皮肉気に笑っている。
生活スペースで始まった就寝前の反省会で、璃音の毒舌に俺はついムキになってしまったのだ。
ちょっとした口げんかの応酬が続き、虎郎は笑い、愛魚は焦り、鋼城は困っている。
「ちょっと、落ち着いてぇ…」
「口を挟まないでくれ」
不機嫌な璃音に、愛魚は口を噤むしかない。
「そもそも璃音だって身体強化が使えるんだ。戦闘訓練でもう少し協力してくれてもいいだろう? いつも一歩引いて見てるだけだ」
「適材適所の判断もできないのかい? 突っ込んで囮になるのは、無駄に頑丈な君たちに任せるって話だ。ボクはエルフが使う魔法が見たい」
「囮ィ?」
「そこまでよ。ちょっと頭を冷やしなさいな」
虎郎が俺たちの間に入る。
璃音も虎郎には強く出れないらしく、口を閉じ椅子に座り直した。
「いや虎郎、俺はまだ」
「はいはいコレでも咥えてなさい」
――むぐ
納得できないと、璃音への不満を発しようとした俺の口に固形物が押し込まれる。
なぜかおやつ感覚で宿泊所に用意されている軍用レーション。石の様に固く、水分が欲しくなる味と触感の固形バーだ。
「んごりごりごり」
「璃音も。七郎も謝っていることだし……女の子と間違えたこと、そろそろ許してあげたら? アタシとしては羨ましい悩みだわぁ」
「冗談じゃないね。……ボクは先に寝るよ。おやすみ」
部屋に戻っていく璃音の背中を、レーションを歯で削りながら眺める。
やはり彼とは仲良くなれる気がしない。
「しかたないわねぇ」
「虎郎さん……あの間に入れるなんて……か、かっこいい」
「まあ実際、ニーナ教官に勝つ手は思いつかない。もう休んだ方がいいか……」
ピリピリとした空気が消え、愛魚と鋼城もホッとしたところで反省会はお開きとなった。
各々部屋へ戻っていく。
「……七郎。アタシが突っ込んでおいて難だけど、よくソレ食べれるわね。お腹は膨れるけど、味は最低よね」
「祖母が作る卵焼きと同じ味がします」
「あんたのおばあちゃま、料理させない方がいいかも」
翌日。
相変わらず俺と璃音は微妙な関係のまま、座学の授業が始まっていた。
エルフの女教師は足を大胆に露出させた異世界様式の服装。
授業に集中できていないのか、鋼城の目線が泳いでいる。
俺もあまり集中できていない。昨夜の口げんかの記憶のせいで、自然と目線が璃音へ向く。
「君たちにとっての異世界は、ウィレミニア三国同盟という3つの大国による連邦で成り立っている」
横顔だけ見れば、誰も彼を男性だと思わないだろう。
長い髪も合わさり、どうしても可愛らしい少女という印象が強い。
「渇きと平原が広がる獣人国家エイン=ガガン。島のような小さな大陸が集まり、海運が盛んな山海連邦国ラコウ。そして最も多くのヒト種が繁栄するウィレミニア主導国家。……この3つの国が手を取り合うヒトの生存圏こそが、我々の世界そのものなのだ」
――山海連邦が……三国同盟連邦の一部で……?
――ははっ。少し解り難いかもしれんな愛魚
「元々互いに敵対していた国々が一つとなったのは、100年以上前に現れた……ある魔王種へ3国が力を合わせ対抗したことに由来する」
俺の悶々とした気持ちは晴れないまま、授業の内容は異世界に存在する魔王種へ。
――魔王種……それはヒト全ての天敵たりうる魔物への呼び名
「被害の大小を含め、歴史上に登場した様々な魔王種がウィレミニアには記録されている。有名どころは……」
血を啜る夜の悪鬼。その帝王。
愛知る者が魅了され、かしずく屍で城を築く。
高貴なる蝙蝠。支配の翼。
吸血女帝・月下死美君
棄てられた大地に、墜ちた精霊が嘆き泣く。
神格に迫る祖霊は忘却を良しとせず、欲を唆す迷宮を人へ差し出した。
悪霊迷宮・零落童子
憤怒の雷炎だけが、天上に謳う竜を殺した。
地に生きる者が天の傲慢を憎む時、黒い獣が宙を喰らう。
星の瞳、怒れる獣。
黒化顕現・星瞳獣
「その100年以上前に国同士の手を結ばせたのが、星瞳獣。ヤツらは数百年周期で突然世界に生まれ落ちる。途方も無く巨大な黒獣が何処から来たのか、どんな生態をしていたのかは解明されていない。でも世界のどこかに、100年前の獣の屍が隠されてると噂が……と、時間か」
――今日も最後に戦闘訓練だ。それまでは自由時間
授業の終わりを告げ、ニーナラギアールは退室していく。
「(ーーふう。……今日は武器を持たず、体の魔力強化だけに集中してみよう。前にニーナ教官が話していた体重の操作を試してみたい)」
きっと人生で会うことが無い魔王種の話を気に留めず、すぐ先に在る恐怖へ意識を向ける。
また魔法の嵐と、シンプルな暴力に向き合わなければならない。
「余裕そうだね。鈍い君は、戦闘訓練でそろそろ痛みも感じなくなってきたんじゃないか?」
「……」
偶然璃音と視線がぶつかり、さっそく口撃が始まった。
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