霊園山(1)
乗客を乗せ線路を征く列車を横に見送りながら、墨谷七郎は隣に歩く年老いた女性の為に、小さな歩幅で歩いていた。
風に枝葉が揺れ、どこからか舞う花びらが視界を掠める。――いい陽気だ。
「すまないねぇ。荷物まで持ってもらって」
自分に付き添ってくれている七郎に対し、年老いた女性はしきりに感謝を伝えていた。
「この山は広いから。案内する人間がいたほうがいい。ここには初めて…?」
そう伺うと、老女は自分が何故1人で此処に来たのかを捲し立てた。
「息子が連れてきてくれるはずだったのが、急に仕事があーだこーだ言ってね。来れなくなっちまったんだよ。いつも息子と来てるから、1人でも大丈夫だと思ったんだけどねぇ。電車に乗ったら降りる駅がわかんなくなっちまって、途方に暮れてたんだよ」
話をしながら歩くと、線路沿いから離れた墓地区画の中に、目当ての墓所をすぐに見つけることが出来た。
「ありがとねぇ。助かったよ」
老女は深々と頭を下げ感謝する。
案内を終え、彼女の親族が眠るであろう墓所から離れた。
少し歩いて振り返れば、見えるのは線香の煙のなか、両手を合わせ墓の前でうずくまる小さな背中。
誰が葬られているのか。
彼女は語ることは無かったが、春めいた空の下でも、その光景には寒気すら感じる寂寥があった。
・
・
・
墓地の案内後、昼前にあたる時間。
俺は墓地という土地柄とかけ離れた光景の中にいる。
そこは商業施設と宿泊施設が並ぶ、人の往来が多い場所だ。
どこか郷愁を誘いながら、モダンさを統一して感じられる建ち並び。
そこかしこにあしらわれた、金色の華の装飾。
この場所の名は華瓶街《けびょうがい》。
日本で未だ数少ない”迷宮”という大資源。その霊園山には、まさかの観光地があった。
「(賑わっている。以前よりも、ずっと)」
特に感傷を感じるわけでもなくそう思う。
上り坂である道を進むと大きな看板。華瓶街《けびょうがい》を中心とした霊園山周辺の地図だ。
隣り合わせの水影山と白捨山の双山からなる霊園山の麓には、結庚町という大きな町がある。
この町から見上げる双山の左側が水影山、右側が白捨山だ。
それぞれの山に墓地区画と義瑠土支所が存在する。だが商業施設及び宿泊施設が並ぶ街があるのは、白捨山の麓から中腹にかけてのみ。
ちなみに、水影山の山頂には水影池という非常に深く大きな湖があり、白捨山の山頂には骨池というやや物騒な名前の池が存在する。
…白捨山の骨池には、姥捨ての風習により身を投げた人々の骨が沈むという”いわく”があったりするのだが、現在それを知るものは少ない。
「さて。竜子さんからの呼び出しとは……」
今、俺は決して無視できない人からの呼び出しを受け、その人物の自宅に向かっている。
彼女の自宅は華瓶街の、もっとも上。街全体を1棟のビルであるとすれば、その最上階。
もう長い付き合いになる彼女には、未だ頭が上がらない。
彼女の好きな酒饅頭を街中で購入し、ご機嫌伺いに向かうのだ。
昨日の電話口から響く声。
”何ヶ月顔を見せに来ないつもりだ! どういう了見だい!? どあほう!!”
まだ耳の中で響いているような気がする。
「あまり怒ってないといいな」
そうだといいな。
決して叶わない願望だと知りつつも、願わずにはいられなかった。
・
・
・
華瓶街の最上部。門と塀に囲まれる立派な日本家屋の門前にたどり着いた。
門をくぐり、玄関のインターホンを鳴らす。
「来たか。こっちだ」
インターホンを鳴らしすぐ、良く響く声が聞こえた。縁側のある庭の方角からだ。
声が聞こえた方向に向かうと、声の主が野良仕事の服装のまま出迎える。
小柄であるが年齢を感じさせないシャンと伸びた背筋。
艶のある白髪を綺麗に纏めた頭。
水影山と白捨山……2つの山を所有する大地主。
守宮竜子 そのひとである。
「ようやっと顔見せに来たかバカタレ」
「来たよ。竜子さん」
「ふん。まあ、あがれ。その饅頭が茶請けだ」
相変わらずの調子だが、饅頭に一瞬目を向けた時から、長く付き合っている人間にしかわからない笑顔を浮かべている。
どうやら土産の選択は間違っていないようだ。
竜子が縁側から腰を上げ室内に移動し、後を追うように俺も続く。
家に上がると清涼な空気が肺を満たした。くまなく掃除が行き届いている証拠だ。
「そうそう。今日は先客がいるぞ」
俺は先客の存在を伝えられ、和室にイスとテーブルが置かれる客間に目を向ける。
正直、家の敷地に入る前から気づいてはいた。
先客である”彼女”が持つ膨大な魔力は、彼女自身が意図して抑え隠蔽しているが、わずかに漏れる魔力と気配。
既に椅子へ座している彼女が身にまとう修道服の裾が、滑らかに畳に触れる。
彼女は足が悪く普段の移動は車椅子であるが、魔力と魔法の扱いが神がかり的に上手く、空間を滑るように”翔んで”移動できるので問題ないのだろう。
優雅にお茶を嗜んでいる彼女の、非常に美しい顔をさらに照らすかのように、絹のような金髪が輝いている。
その美貌を漆黒の修道服で覆い、アンバランスな妖しい魅力を湛えた女性。
……まあ、見慣れた顔なのでとりあえず挨拶をしよう。
「こんばんは、シスター・シルヴィア」
「こんにちは、シチロウ」
こうして、ちょっとだけ変人率の高いお茶会が始まったのだ。