ある修道女の反逆(結末)
銀髪の戦乙女が剣を掲げる姿は、宗教画のように美しい。
抜刀の宣言と共に迸る無限の魔力が収束し、爆発的に加速。
――あの力が放たれれば、ヘイロニアは墜ちる
咄嗟に在らん限りの魔力を込めて魔力障壁を広げる。
「(耐えなければ――ッ !? )」
障壁を広げる最中、巨大な影が前方の景色をすべて遮った。
「ファーヴニルッ、いけません!」
最高出力をもって速度を上げ、砲撃を続けながら聖剣の光への捨て身の突撃。
光の柱が最も輝く瞬間、飛行軍艦の艦橋にいる操舵手と目が合う。
”(あいつらに、必ず思い知らせてくれ)”
彼は妻を、司教の親類に弄ばれ殺されたと言っていた……。
「現在女神の聖剣――!!」
メセルキュリアが放つ現在聖剣の奥義。
光の奔流により、ファーヴニルの船体に広がっていく亀裂。
大鯨は爆炎と共に体を散らし、地上へ沈んでいく。
最後の抵抗とばかりに飛行軍艦の半身は城の隣、大聖堂が張る障壁へと衝突していった。
聖堂に損害は無かったが、教皇を始めとした最上階の人間は醜く叫び散らかす。
「ぐうっっ」
聖剣の余波を受け、私はヘイロニアの艦橋へ吹き飛ばされていた。
揺れる視界で悪夢が続く。
城を覆う大障壁への魔力供給を絶ち、白金の竜が飛び立ったのだ。
≪何人たりとも、我が守るヒトの世界は脅かせない≫
想像をはるかに超える聖剣の威によって、アイテールルを相手取るハズだった軍艦を失っている。
――吹き飛ばされた衝撃から回復できない……!
「(動けない。そんな……!)」
アイテールルの体に竜の魔力が渦巻いている。
真竜は厳かに口を開き、竜の最たる暴威を放つ。
≪GAAAAAAAAAァァァァァァ――≫
咆哮と共に放たれた竜炎の息吹。
聖剣に劣らない破壊の業火は、超高温で空中空母:ディースガルドの船体を焼き堕とした。
爆散しながら轟沈する空母の落下を、アイテールルが腕をひと振るい、魔法により停める。
砕けた空母を悲し気に見つめる真竜であったが、空母の残骸を無人地域に置き、目線は残る大鷺へ。
「ディースガルドが……そんな……」
≪我に……これ以上ヒトを殺させないでくれ……聡明だった友よ。あなたの復讐には、きっと何か誤解があるのです≫
「ふ……ふふ」
アイテールルの竜眼は水鏡が無くとも、ヘイロニアの艦橋で蹲るシルヴィアの姿が良く見えていた。
彼女の掠れ声も聞こえている。
シルヴィアをいたわる聖堂神聖騎士たちは、竜の力に圧倒され動けない。
「アイテールル……奪われた人々の声など、お前にとっては塵芥も同然なのですねぇ……ッ」
≪……ノルンの子らが、奪うなど≫
「汚された大切な者の為に……自らの為に立ち上がった人々を焼いた悪竜」
共に立ち上がった者達の喪失、そして反逆が成される未来が断たれたも同然な状況。
大聖堂の奥で、欲のまま他者を貪る者達が嘲笑う。
受け入れられないまま、復讐心と壊れかけの信仰だけを支えに立ち上がった。
いやです。絶対に認めない。
我が子の仇すら討てず、何も成せず死ぬなんて!
「 女神たる2柱よッ 」
ヘイロニアは、私の魔力と同期されている。艦橋の操作のみで操れるのですっ。
確固たる意志を翼に伝え、機体の動力を砲門へ。魔力の光が収束する。
「 もはや御身が慈しむ愛は死に、竜は唾棄すべき獣の牙と成れ果てました 」
旗艦正面に、残る魔力全てを込めた障壁を展開。
「 あの竜を撃ち堕とす力を! 」
≪ シルヴィア ! ≫
全砲門による一斉射!
アイテールルは再びの竜炎で応酬する。
「―――――」
祈る。祈る。祈る。祈る。
凄まじい速度で亀裂が入っていく障壁を、奇跡を願いながら保ち続けた。
どうか、どうか……この復讐に力をっ。怒りを叫ぶ力を、私に!!
――眼前で障壁が消えていく
「ぁ」
奇跡は起こらない。
砲撃で傷ひとつ付かない竜鱗を光らせ、アイテールルは炎で鷺の翼を砕く。
ヘイロニアの砲座は沈黙し、広がっていく亀裂。墜ちていった艦達と同じ運命を辿る。
障壁が割れた瞬間に、炎から私を守ってくれた騎士たちが傍で倒れている。
兜で顔の見えない養父も、浅い呼吸で膝を着く。
「まあああだぁぁぁぁぁぁーー!」
翼の折れたヘイロニアの動力から、最後の魔力を噴き上げ加速させる。
眼前の竜へと!!
≪どうしてそこまで!?≫
放たれる息吹。突撃するヘイロニア。
竜炎の中で力一杯に叫ぶ。
「わたくしはッ、諦めないッッ! こんな終わりッッ認めない!!」
養父である神聖騎士に庇われながら、最後に思う。
「(……ああせめて……もう一度あの子を抱きしめて――)」
復讐では望み得ない、魂に残り続けた真なる願い。
極彩色の光が、視界のすべてに広がっていった。
………………。
………。
…。
翼の残骸のみを残し大破した、ヘイロニアの撤収作業が行われる首都。
ウィレミニアではその後、クーデターの内情が市民に伝わり、反ノルン神教の動きが急速に広がる。
かねてからノルン神教の横暴を問題視していたウィレミニア三国同盟の首脳陣も、これに同調。
アイテールルの助命懇願もあって神教内部に処罰者は出なかったが、今まで認められていたノルン神教の様々な権利は剥奪された。
特に星譚至天【小さな角】ゼナの怒りは凄まじく、彼女とノルン神教との関係は当然断絶。
それだけでなく、自身の弟子であるシルヴィアを殺めたアイテールル、メセルキュリア両人との関係にも厚い壁が生じる。
ゼナはウィレミニアへ、研究成果を提供することを辞めた。
ウィレミニアも彼女の意思を尊重せざる得ない。
なぜならゼナは、歴史上最高の魔法使い。これ以上怒らせれば、彼女が首都を焼き払いかねないのだ。
これから躍進するハズであった、飛行軍艦をはじめ100年を先取る魔法技術の数々……それがウィレミニアから失われた瞬間であった。
・
・
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「ふ…うぅん」
霊園山の奥深く、研究室の机でシルヴィアは仮眠から目を覚ます。
「(……何度も見る夢……)」
寂しい。
この夢に魘されて起きると、いつも偶然そばに居て、寄り添ってくれた七郎の姿が無い。
彼は先日、山の外へ旅立った。我々の願いを果たす為に。
悪夢から目が覚めた時いつも彼が居るのは、実は偶然でないことを知っています。
七郎は”たまたまタイミングが重なる”と言っていますが……私が夢で魘されることを知った彼が、頻繁に様子を見に来てくれていたのです。
基本的に彼は、仲間や近しい人間には甘く優しい男。
それが七郎の在り方だったのでしょう。
魂ごと肉体が変質していますが、こんなにも人らしい名残がある。
騎士の皆様から伺い、気遣いは無用と彼に伝えようと思いましたが……。
「(彼の存在がとても心強く……結局、七郎の言葉にわざと騙されて、甘えてしまいました)」
騎士のひとりである養父も心配してくださいます……でも七郎への感情は、少しだけ特別。
「(少しだけ、ということにします)」
走り続ける暗い道、その先に私の願いがあるけれど。
これからも、そして願いの先でも、七郎には変わらず支えてほしい。
「ずっと共に在りましょうねぇ……七郎」
これにて1章は終了となります。これまで読んでくださった皆様に、今後のお話にも変わらずお付き合いいただければ幸いです。
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