ある修道女の反逆(飛翔)
「どうなってる! なぜ完成したばかりの艦隊が奪われるようなことに!」
「大聖堂に確認してるが返答が無い」
「攻撃されるのかっ? 首都が!?」
真竜城の大広間は大混乱に陥っていた。
数時間前にノルン神教の造船所から3隻の軍艦が強奪されたとの知らせが入り、外遊中のウィレミニア国王の代理となる【聖剣】メセルキュリアを始めとした国の重鎮が早急に集められている。
波長魔力と表現される技術を利用した、精密な地形立体映像が投影される大広間の中心。
上記技術も【小さな角】ゼナが開発した物の一つ。首都近郊で突発的に発生した、迷宮由来の大狂行の被害を、この索敵魔法が大幅に減少させた実績がある。
「飛行軍艦を奪った者たちの素性は?」
メセルキュリアが、分析を担う者に強奪者たちの正体を問う。
「いまだ大聖堂から返答が無く、確証は……ですがおそらく、ノルン神教内部の人間かと」
「目的はいったいなんだ? 本気でこの国を攻め落とす腹積もりか?」
思考を巡らせる【聖剣】であったが、今しなければならない対応の優先順位を思い出す。
「とにかく、首都とその近郊に住まう市民に避難命令を。拡声魔法、水鏡、なんでもいい、使える伝達ラインをすべて使え! 真竜城の大魔法障壁の展開準備も同時並行だ!」
「メセルキュリア様……アイテールル様が」
メセルキュリアの側近が伝えると同時に、広間に小規模な水鏡の魔法が輝く。
真竜城最下の寝所に居る守護竜が、メセルキュリアに緊迫した顔を見せた。
《これは……いかなる仕儀です?》
「アイテールル様。詳しいことは、未だ……」
《事と次第によっては我も出ます。扉を開ける準備を》
「ハッ、すぐに」
真竜城から竜が飛び立つ為の、門を開ける準備も始められた。
大広間には伝達、障壁など様々な魔法が起動される光が溢れている。
メセルキュリアはこの場に居ない友の姿を思い浮かべた。
「(ゼナがいれば……)」
ゲートで繋がる日本で少し前から起こっている魔法災害、そのアドバイザーとして【小さな角】ゼナは彼の国へ渡っている。
真竜城への急行は望めない。
「 ! 艦隊が速度を上げました。あと僅かでこの城は、軍艦ファーヴニル主力砲撃魔法の射程圏内に入ると予想されます」
索敵魔法を凝視していた士官から報告の声が上がる。
「いよいよ、此処から目視できる距離に来るか……ワタシも出るぞ。大聖堂へ聖剣使用の報せを送れ」
――分かっていたが、市民の避難は間に合わないな……
「(アイテールル様のお力を借りるほかない)」
メセルキュリアは簒奪者たちの正体を知るべく、城の外へ出撃していった。
・
・
・
城を囲む外壁には魔法使いを中心とした兵団が並ぶ。
確実に魔法砲撃戦となる為、白兵は魔法使いを守ることに徹する構え。
「来る……我が国の敵が」
メセルキュリアは魔術を解す魔法使いではない。
剣士である。それも、とびきりの火力を生み出す剣士。
「 時女神の剣よ 」
言葉と同時に、メセルキュリアの前に魔力の渦が生まれた。
大聖堂に安置される聖剣が、適合者の声に応え自らの魔力でもって転移している。
――おお、メセルキュリア様の聖剣が
――初めて見た……なんて美しい……
周りの兵士は目が離せない……剣と、剣を握る女性の美しさから。
現れた豪奢な剣を握れば、メセルキュリアの体に力が滾る。
その剣に鞘は無く、抜き身の刀身には鉄の輝きの代わりに、明星に照らされる宙が映っていた。
聖剣。または現在聖剣。
剣の形をしているが、実際は無尽蔵に魔力を生み出し続ける、時の女神に由来する機構。
今を生きるヒトの道を開くため、女神が与えた世界への加護であり慈悲。
ノルン神教が信仰する2柱、姉妹神の姉神。
現在を司る女神・ヴェルダンディーの御業である。
「(聖剣が生む無限の魔力を、どのように扱うかはヒト次第)」
―― ではコレが、剣の形をしているのは何の皮肉なのか――?
メセルキュリアは、この剣を握るたび心の隅で思う。
剣を構え、前方の空を見上げる。
首都の超広大な市街地、家々が連なる地平線へ大きな影を落とし飛翔する3隻の船。
軍船の無骨さと、海洋生物を思わせる流線形が見事に融合した船体。日本に存在する生物で言えば、クジラの面影をどことなく感じさせる。
魔動力から吹く炎に似た揚力によって、空を泳ぐ大鯨にはしかし、仇を殺す砲門が無数に並ぶ。
――飛行軍艦:ファーヴニル
その砲座が怒りを放つべく唸っていた。
飛行軍艦と比べると、その船体には幅と空洞があった。
巨大な甲板を複数積み重ねた階層に、空の兵士を孕む島。直線的に形作られた要塞は、揺らぎなく空に鎮座する。
――空中空母:ディースガルド
反逆の炎に集う信徒を乗せた突撃揚陸艇が、空母の腹で開戦の合図を待つ。
広げた翼は、優雅に舞う白鷺そのもの。
両翼を支える鳥の胴……機関部に詰まるウィレミニア珠玉の魔法技術は、ノルン神教の資金力が生んだ傑作。
鷺のごとく華奢な首が、頭である艦橋を支え、他2隻を後方から見下ろす位置に飛ぶ。
船体後部から、船の大きさに合わせ作られた巨大な神教の旗が吊るされ、風に揺れていた。
――光翼旗艦:ヘイロニア
教皇が座すべき艦橋には今、復讐に狂う女が起つ。
幽鬼のごとく佇む姿とは裏腹に、瞳には焼け爛れるほどの業火が濁る。
視線はまっすぐ、真竜城と隣り合う大聖堂へ。
「壊しましょう、滅ぼしましょう。神の威を騙る獣たちを」
――それこそが、慈悲深き女神さまの御意思なのです
シルヴィアは自らの誓いを伝えるべく、拡声魔法を起動させた。
『ブックマーク』と★★★★★評価は作者の励みになります。お気軽にぜひ!