ある修道女の反逆(虜囚)
このお話には性的・暴力的な表現が含まれております。ご注意ください。
あれから、どのくらいの時が経ったのだろう。
「――ふぅっ、……う、ああ」
今日もベットに縛り付けられ、代わるがわる訪れる男達の欲望のはけ口となる。
「う、い、ぎ、あ」
乱暴に体をゆすられる都度、苦しさから声が漏れる。
――かっ、かみ、よっ、ッッ!? お救いっ、ぐっ! くださ……い
声を上げたくない。弱みを見せたくない。
流れる涙をシーツに圧しつけて、顔を必死に隠す。
苦痛と屈辱で声を張り上げれば、男たちを興奮させるだけだと知っているから。
「ははっ……泣いたところで助けは来んぞ、馬鹿な女め。ノルン神教の父たる我らに噛みつこうとするからだ」
高位の司祭として顔を知っていた男が、私の体に体重を掛けながら勝手な言葉を吐く。
微かに残った反発心と、胸を強く掴まれた痛みで反射的に司祭の顔を睨み付けてしまった。
「……まだ、教育が足らないらしいな」
「――ッッ!!? ふ、ぐぅぅぅぅ!!」
さらに強く体内を貫かれた痛みが襲う。
少しでも痛みを逃がす為、男の指で塞がれた口から思い切り息を吐いた。
意識が遠のく。
肉がぶつかり合う音をどこか他人事のように感じながら、少しでも早くこの地獄が終わることを願い目を閉じた。
あの日、私はノルン神教聖堂からゼナ先生の元に急いでいた。
彼女の元にノルン神教の悪事の証拠を持ちこみ、共に真竜アイテールルへの直訴に協力してもらおうと考えたからだ。
身に危険が迫っていることは分かっていた。
周囲に注意を払い、行動していたつもりだった。
だが聖堂の廊下で唐突に人の気配が消えたとき、自分の考えが甘すぎたことに気づく。
音も無く現れ、立ちはだかったのは純白の重甲冑。
「聖堂騎士っ!?」
そして背後から襲う、展開していた魔法障壁を貫く強烈な一撃により気を失ったのだ。
視界が暗転する直前に視たのは、黒装束。
きっとあれが、噂されていた神教の暗部組織なのだろう。
目が覚めてから待っていたのは、魔力封じの暗室で行われる凌辱。
処女を散らされて2週間は日数を数えていた。
でももう、時間の感覚が曖昧になって久しい。途中で打たれた薬のせいかもしれない。
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さらに月日は流れ、自分の大きくなった腹を撫でる日が続く。
この頃には男達の訪問がピタリと無くなっていた。
孕んだ女に興味が無くなったのだろうか……わからない。
獣人と思われる女性が運ぶ食事で生きながらえるだけ。
「あなたは……どうしてここに?」
「…………」
身の回りの世話を淡々と行う彼女から、返答をもらえたことは無い。
「私の……あかちゃん」
凌辱の末授かった子だ。
愛せる自信がない。父親が誰であるかと考えるのも悍ましい。
……それでも手は、ずっと腹を撫で続けている。
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この子が生まれてから数か月が経った。
「ふふ…」
小さな手が私の指を握っている。
なんて可愛らしくて、温かい子。
愛せる自信が無いなんて、怯えていたのが噓のよう。
「私の、ひかり」
眠る我が子の額に唇を寄せ、精一杯の愛を伝える。
「ああ女神よ、感謝致します。まだ私の運命に……救いを下さるのですね」
―― ですが
「願わくば私より……この子に健やかな……未来を」
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「旗艦ヘイロニアに教皇の威光を示す剣を携えよ、などと……教皇様にも困ったものよ。あのような機能、莫大な金が掛かるだけで意味など無いと言うに」
酒に酔った男の独り言を、裸でベッドに横たわりながら聞く。
子を産んでから少しして、時折男が訪ねてくるようになった。
我が子は獣人の女性が別室に連れていってしまい、此処には居ない。
―― 夜が明ければ子は返す
この男はそう言って、抵抗のできない私から獣人女性に子供を取り上げさせ、別室に移すよう指示したのだ。
「……そういえば、お前の子供……」
半裸で子供のことを言及した男の言葉は、それ以上続かない。
恐怖に身を竦ませ、自分の腕で肩を抱く。
「(あの子に触らないで!!)」
拒絶の言葉を声にはしない。
男たちを刺激し不況を買うわけにはいかない。あの子を守らなければ。
再び覆いかぶさってくる男の下で誓った決意……それが意味の無いものであったとも知らずに。
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―― なんで
「どうして」
「不要であるとの、御方々の命です」
下賤な欲望に晒される夜が明け、朝の光が小窓から差し込んでいる。
石造りの部屋の中で、壁と同じように冷たくなった我が子を抱いた。
「なんでこんな、冷たく……」
「不要であるとの、御方々の命です」
同じ言葉を繰り返すだけの獣人女性は、変わらず無表情。
「いや、いやです。眼を開けてください」
愛しい子、私の……唯一のひかり。
「お母さんが、戻りましたよ……?」
失われたのではない。奪われたのだ。
「不要であるとの、御方々の命です」
女獣人が赤ん坊の体を奪う。
「やめてください!? 連れて行かないで!! わたくしのっっ」
我が子を連れ去る女の足へ必死に縋りつく。
獣人の力で引きはがされそうになるが、死に物狂いで喰らいついた。
「不要です」
だが女の蹴りが腹に食い込み、石の壁まで吹き飛ばされる。
「まって!!!!」
赤ん坊の体を抱いた女が部屋を出て、閉ざされた扉はどんなに叩いても開かない。
「あ、あ……」
抵抗した時に剥がれた爪から血が滴る。
戻ってこない。二度とあの子は、戻ってこないのだ。
「あああああ」
あいつらだ。私を犯すだけでは飽き足らず、罪のない子供さえ躊躇なく殺す極悪人たち。
人間の皮を被った獣ども。
「ああああああああああああああああああああ」
爪から滲む血で顔に赤い線を引いていく。
手で覆う真っ暗な視界の中、魂が砕ける音がした。
「 女神よ 」
――あなたを信じる教えのすべては
「私の子と同じように、壊されるべきなのです」
神の名を呼ぶ修道女の祈りは、見る影も無く変わり果てている。
数日後、部屋の扉が開いた。
もはや食事も運ばれなくなった部屋の中で、シルヴィアの視線は扉の先へ。
そこに立っていたのは、鎧を血で染めた聖堂神聖騎士。
騎士の後ろには、血だまりに倒れる獣人の女が見える。
「――」
兜を脱いだ騎士の顔は、良く知る養父のもの。
ずっと私の所在を探っていた彼は、不自然に処理された赤子の遺体からこの場所の存在までたどり着いたのだという。
生来無口な彼が私の元に駆け寄り、心配そうに見つめてくる。
駆け寄った騎士が見たのは、血涙を流し嗤う女の顔。
安堵という感情は無かった。あったのは業火のような憤怒と歓喜。
「壊しましょう。ケモノも、ケモノを育てたモノもぜんぶ…」
――壊す…………殺す、これで殺すことが出来る
「 それが……女神さまの御意思なのです 」
騎士は、自分の助けが遅すぎたことを悟った。
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この日、首都から離れた神教保有の屋敷で、ノルン神教の高司祭2名を含む多数の人間が殺害された。
高司祭はいずれも魔法により惨たらしく殺害され、見るも無残な有様であったという。
救出されたシルヴィアは、同じくノルン神教に虐げられた者達を集め反旗を翻す。
多数の聖堂神聖騎士までもがシルヴィアに賛同し、完成直後の飛行艦隊を奪取。
ウィレミニア首都上空にて、前代未聞のクーデターが幕を開けた。