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ある修道女の反逆(序章)


 ウィレミニア三国同盟、その主導国家ウィレミニアの首都。


 ノルン神教の大聖堂と専用の通路で繋がる、国家の政治の中枢である真竜城(しんりゅうじょう)では連日会議が行われていた。

 荘厳で巨大な白亜(はくあ)の城は、正しくは()()()()()()()()()()()()。しかし国政の中枢であることも事実。


 光沢のある大きな木製のテーブルを、様々な人間が囲む。

 異世界とのゲートが開通される日が迫っているのだ。議題は山ほどある。


 「ゲートの開通先、ニホンという国へ転移させる使節団についてだが……」


 豊かな銀髪を腰まで伸ばす女性の、凛々しく堂々とした声が室内を支配する。


 起伏(きふく)()んだ体を軍服に包む、城ではなく戦場が似合うであろうこの女性は、精霊種の血が混じったウィレミニア王家の血筋にして白星(はくせい)級冒険者。

 ノルン神教の秘宝”現在聖剣”の適合保持者である星譚至天(せいたんしてん)のひとり。


 【聖剣】メセルキュリア・ロンダニエである。


 「当然、ノルン神教の高司祭を中心とした使節団を編成すべきでは?」

 

 「これは非常に重要な国家事業だ! ノルン神教の布教の為にあるのではない!」


 神教幹部とウィレミニア宰相の議論は平行線の一途を辿(たど)っている。

 

 ウィレミニアの歴史はノルン神教の歴史と言えるほどに密接な両者だが、近年ノルン神教の増長が目に余り関係は悪化。


 メセルキュリアも、人目のない場所では頭を抱えていた。

 日本と交換した情報にある政教分離という考えにいたく賛同したくなるが、1000年単位で遅い話である。

 

 「ノルン神教所有の造船所で、飛行艦隊の建造(けんぞう)も着々と進んでいる。こちらの世界の力……すなわち神教の威光をこそ、まず見せつけてやるべきだと思いますがね」


 「――我が国と、異世界のニホンは友好関係を築くべく数年前からコンタクトを取り続けているのだぞ? お互いの利の為にな。……お前達は戦争がしたくて、その白いローブを着ているのか?」


 「い、いえ……口が過ぎました。お許しを。メセルキュリア様」


 信仰によってヒトを導くべき宗教家にあるまじき発言を、王家の人間としてメセルキュリアが(たしな)める。

 

 「(ノルン神教は、いつからこうなってしまったのか)」


 おそらく、精霊の血が混じり長命である自分が生まれる前からなのだろう。

 

 そしてメセルキュリアの近くに座る人物。

 神教の幹部から”飛行艦隊”という言葉を聞いて、不機嫌な顔に青筋を追加する少女がいた。

 絹の薄布で編まれた服から、きめの細かい褐色の肌が覗いている。

 

 彼女は、今や種族の名すら失われた長命種の生き残り。

 長い命と有り余る才能を魔法の研究に費やす、国家最高の魔法使い。


 星譚至天【小さな角】 ゼナ=マカウ。


 小さな角という異名は、彼女の頭から生える黒い小角に由来する。

 ちなみに、角について言及すると彼女は怒り出すので、話題にする者はいない。


 「おまえらがふんぞり返るために、アレを開発したんじゃないぞっゼナちゃんは☆」


 可愛らしく笑おうとしているが、口元もこめかみもヒクつかせて語るゼナ。

 見ているメセルキュリアは、ゼナの顔が面白くて笑いをこらえている。

 年を重ねる速度がヒトと違う者同士、メセルキュリアとゼナは普段から交友関係にあるのだ。


 「メセル~?」

 「イヤ……ふ、ふ……すまない」


 星譚至天2人に睨まれたノルン神教幹部は勢いを失う。


 その幹部とゼナの間の位置。

 やや幹部側の後ろに立つ修道女シルヴィアも、心の中で溜息をついていた。


 「(ゼナ先生がお怒りなのもわかります)」


 巨大な質量を、かつてない魔力運用効率で飛行させる技術。

 難度が高く場所の条件を選ぶ転移魔術や、地上の運送に頼る物流に革命を起こさんとしたゼナの魔法理論。


 「アレのと同じ動力は、もう素材を使い切っちゃって作れないんだからねッ。だから運用データを集めて、もっと安価な制作方法を模索しようと思ってたのにぃ……アイテールルにお願いされなきゃ、誰が軍艦なんかに使わせるもんか☆」

 

 それを横から口を挟み、なかば強引に研究成果を独占したノルン神教。あろうことかその技術を、教皇の主導で軍事転用しているのだ。


 「(ノルンの神々の尊いご意思に、最も近い高司祭の方々……さらに教皇様までも財と欲に溺れている……)」


 才能を見出され、恐れ多くも星譚至天(せいたんしてん)ゼナに教えを(たまわ)った幸運。


 「(しかし(わたくし)には、なんの力も無い)」


 魔術への深い理解と適性の高さから、ノルン神教内で立場を得ることになったシルヴィアは忸怩(じくじ)たる思いであった。


 ノルン神教内部の目を疑う腐敗の有様に、彼女が声を発したのは実は1度や2度ではない。


 非道が過ぎた。

 明らかな犯罪が高位神官の一声で隠され、もみ消されていく。

 信頼できる信徒に相談したこともあったが、数日後その人物は不自然に押し黙った(のち)、消えた。


 「(だれに頼ることもできない……ゼナ先生にも迷惑は掛けられない……ノルン神教の立場を優先した(わたくし)には)」


 さらに最近では、神教内部で自分に向けられる悪意の視線が強まったように感じてならない。

 自分の体を見る司祭や司教男性の眼は、耐え難いほどいやらしいものだった。


 シルヴィアが(うつむ)いていると、議会の上から光が差す。

 姿と声を遠方に届ける水鏡(みずかがみ)の高位魔法。


 光から、体の芯に響く女性的な声が聞こえる。人間が発している声ではない。


 ウィレミニアを古くから守護する、白金(はっきん)竜鱗(りゅうりん)を輝かせる真竜(しんりゅう)

 (はる)か過去には、ノルン神教が(たてまつ)る2柱の女神とさえ言葉を交わしたという大存在。

 ともすれば国王より大きな権威を持つ、ウィレミニアにとって神に準ずる者。


 アイテールル・ヴァーチ・ドグルニル の姿が映し出された。


 ≪異世界との交流のお話、楽しみですね≫


 「アイテールル様」

 

 メセルキュリアが(ひざまづ)き、頭を下げた。

 議会に居る人間は、メセルキュリアに(なら)い平伏している。


 ≪頭を上げてください、皆の可愛らしい顔が見えません。なにか困ったことはありませんか? 力になりますよ≫


 威厳がありながらも優しい声色に、まず表情を曇らせたのは【聖剣】であった。


 ――この流れはマズい。


 メセルキュリアが、(のち)の嫌な流れを察知し声を上げようとする。

 しかしこの展開を待っていたとばかりに、ノルン神教の幹部が嬉々として顔を上げた。


 「助けをっ。慈悲深き真なる竜! いまノルン神教の教えは(かげ)り、民の営みに影が差しております! 異世界との交わりで得る恵みを民達にこそ分け与えるべく、ニホンへ信徒を多く向かわせたいのです! あなた様からのお許しをいただければっ」


 ≪民の運命に心を砕くノルンの在り方、喜ばしい限りです。思うようになさって? あなた方ノルン信徒の心こそが、ヒトの繁栄をもたらすのです≫


 「(くそっ)」


 メセルキュリアを始め、国の政治に関わる面々が苦い顔をする。

 

 いつもこうだ。疑うことを知らないアイテールル様の鶴の一声。

 古き良き時代のノルン神教の在り方を(とうと)び、ここ数百年の急激な組織の腐敗を認識できていない大いなる存在は、今日も慈悲深く振る舞う。


 「(竜の寿命と比べ、生と死のサイクルが早すぎるヒト種の移り変わりに付いていけないのは、わからないでもないが……)」


 ――ノルン神教の誤った増長(ぞうちょう)は、このヒトという種族全体へ無条件な甘さを持つ、絶対の存在が育てているのかもしれない。


 頭をよぎる不遜(ふそん)な考えを、メセルキュリアはすぐに振り払う。

 

 「(アイテールル様はワタシが子供の頃から世話になっている大切な方。……ノルンの増長はヒトの問題……思い違えるな)」


 ――実際、アイテールル様には何度もノルン神教の現状をお伝えしようと試みている。


 そうすると決まって、大いなる真竜は悲し気に否定する。


 ”≪まあ、ダメですよ喧嘩は……ヒトは仲良く笑っていないと……彼ら信徒が女神様の教えを傷つけるハズがありません。もし彼らに誤りがあったとしても、正しい運命を悟るまでゆっくり待ってあげてください≫”


 視点が違いすぎるのだ、ヒトと竜では。


 ≪ああゼナ、そしてシルヴィア。先ほど会ったばかりですね≫


 「……アイテールル様。最後にお目通りしたのは1年程前だったかと」


 アイテールルはシルヴィアの返答に小さく首を傾げる。


 「……っ! アイテールル様」

 

 ≪? どうしましたシルヴィア、新しき小さな友≫


 ゼナの生徒であった頃、少女時代のシルヴィアは魔法の才覚を認められ真竜に目通りを許された。

 少女の聡明な才を気に入ったのか、その時からアイテールルはシルヴィアを友と呼ぶ。

 

 シルヴィアにとって、恩師であるゼナや国家最高戦力であるメセルキュリアと同じように呼ばれることは恐れ多かったが、同時にこの上なく誇らしくもある。


 ――ですが、恵まれた立場を利用する時かもしれません……!


 「近々、また寝所へお邪魔してもよろしいですか? お話したいことがたくさんあるのです」


 ≪まあ、嬉しい事です。最近訪れるヒトが減って、寂しく思っていました。歓迎します≫


 ――ノルン神教の腐敗の証拠を持って、直接お伝えできれば……ッ


 ゼナ先生やメセルキュリア様では手の届かなかった、高位信徒の悪事の証拠。

 組織の内部に居るシルヴィアは、大きな証拠をいくつかを握っている。


 「(アイテールル様のお顔を、曇らせたくはございませんが……)」


 シルヴィアによる決死の行動。

 だか彼女の後ろ姿を、悪意に満ちたノルン神教幹部の眼が見つめているのだった。


 ・

 ・

 ・


 数日後、修道女シルヴィアが違法な薬品を取引したという告発と、彼女が国外へ逃亡、失踪した知らせが真竜城へもたらされる。

 無論【小さな角】ゼナを始め、この報告を信じない者がシルヴィアの捜索に当たるが、消息を掴むことは出来なかった。


 復讐者となった彼女がメセルキュリアやアイテールルの前に現れるのは、異世界とのゲートが開通してから1年以上後である。


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