墨谷は山を去る(2)
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早朝、霊園山の入り口には山を去ろうとする男がいた。
荷物も少なく、旅に出ようとする墨谷七郎である。
平常運転で山内を走る列車、北星号から降り山の出口へ向かう。
墓地区画への出入り口には、結界機能も果たす大きな門が設置されており、現在門は開放されている。
天気は快晴。早朝ながらも肌寒さは感じない。
少しだけ華瓶街を振り返り再び歩き出せば、門に数人の人影が見えた。
知った顔が2人。
「もう行くのか。出ていく前にそっちから挨拶に来るのがスジだろうが、バカタレめ」
「竜子さん」
しかめっ面で前に立つ竜子さんの声に、どこか元気が無い気がするのは流石に自惚れすぎだろうか。
それでも約10年、殆どをこの霊園山で過ごしてきたのだ。
成し遂げたい願いの為出ていくのだとしても、正直、彼女の快活な声が聴けなくなるのは寂しい。
「霊園山のモンをくすねたのは褒められたことじゃないが、お前が霊園山を守ったことも本当なんだ。胸張って行きな」
「……うん」
「あと、お前に禁止されとるのは霊園山義瑠土を通した仕事だけだ。いつでも顔見せに来な。……忘れるんじゃないよ」
「ありがとう。また来る」
ようやく表情を和らげた竜子さんに見送られ門をくぐろうとする。
今度は門に背を預け立っていた別の人影……銀伽藍が口を開いた。
「結局、泥棒はしてたのね、あなた」
「……強くなる為には必要なことだったからね」
そういった事実は無いが、話は合わせておく。
「伽藍はそんな事しなくても、強くなれる。これからもずっと、正しく在る為に」
「正しいことが、そんなに大事かな」
「当然でしょ。伽藍の剣は初代魔導隊の人達みたいに、魔獣に襲われる人を身を挺して守れるような、正義の剣でありたい」
幼少期に刻まれた実父の教えは、少女の根幹にいつもある。
幼い頃からの想いを貫く純粋さこそ、この少女が強く可憐に育った理由なのだろう。
「墨谷七郎。伽藍は必ず、あなたより強くなる」
だから。
「――いつか、伽藍が夢を叶えた時……伽藍の後ろで正義の剣を……お、おしえてあげても、いい!」
なぜか赤面した少女の、可愛らしい意思表示。
もし皆が死なずに生きていて、10年後の今に銀伽藍と出会っていたら……。
彼女の言う優しくて綺麗な未来も、あったかもしれない。
「だけど……そんな日は来ない」
「っ! 見ていなさいっ――必ずっ」
――伽藍の剣が、あなたを超えたと証明して見せる!!
それだけ言い放つと、少女は肩で風を切り門の中に戻っていく。
「(残念そうな目で竜子さんが烈剣姫を見てる……。まあいい、考えても仕方ない。――行こう)」
がらんどうなまでに純粋な少女と、かつて少女を助けた魔導隊員が、背中を向けて離れていく。
墨谷七郎は、この白刃の様に脆く美しい少女との縁が、未だに自身と絡まる未来をなぜか予感していた。
…………。
「…………礼を言うんじゃなかったのか?」
「うう……言えなかった」
・
・
・
いま立つ場所は、山門から少し離れた森の中。
異界の中に隠された霊園山深部への入り口を潜る。
深部施設にある研究室へ行くと、シルヴィアがそこに居た。
「ただいま」
「はいお帰りなさい」
まあ初めから出ていくも何も、計画の拠点が此処であることは変わりないのだ。
10年前から続く計画の準備を、山の外で行うだけ。
荷造りの為に一度戻ってきている。
――ギャア、あぁぁぁ…………!
奥から聞こえる、男の苦悶の叫び。
大狂行から数日、ライルの悲鳴は途切れることなく続いていた。
もう魔法を唱える事も出来ない体になったライルの口は塞がれず、自由に声を発している。
「(だいたいは言葉になってないが)」
叫ぶ被検体に対し、神がかり的に精密な魔力操作で機器を動かすシルヴィアは、やはり魔法に関して天才の部類なのだろう。
死者蘇生の術式についても、俺の頭ではついていけない部分が多い。
俺には、魔法の深淵に触れる才能は無いのだ。
しかし、だからと言って理解する努力を怠るというのは別の話。
「(暇さえあれば脳内で術式の構築をなぞっているけど、シルヴィアが見る世界は遠い)」
まずは自分の役割をこなそう。
「明」
名を呼べば、人間の骨格に似た無機質の腕が影から伸びる。
続いて浮き出したのは、駆動体の頭部。
おそらく世界初である、科学と魔術の融合技術。
その頭部は、”最新”と表現するには無骨に過ぎた。
直方体に近い形をした煤けた色の頭部に、六つ並んだ視覚センサーが赤く光る。
ありあわせの材料で作られた機械人形。どうしてかそんな印象を抱かせるのだ。
だが全身の設計図と、この頭部に内蔵される思考コードは紛れもない天才が作った物。
シルヴィアではない。
俺の仲間であり、無二の親友であった璃音・ウィズダム……彼の最後の作品。
この唯一無二の魔導機体は、霊園山で造られた人工魔……そのすべてのプロトタイプである。
明の顔を見るたびに思い出す、親友の顔。
日本人と外人のハーフである青年だったが、少女のような容姿と背丈をしており、よく女の子と間違えられていた。
「(本人はいつも不満げだった)」
明は普段、俺の影に収納している物の管理を行っている。明の助けが無ければ、俺は影に収納されたモノを選んで取り出すことが出来ない。
魔法適性の低さが、収納魔法の操作に影響しているのだ。
「逆柱1~48号まで収納開始」
途端に直立停止していた人工魔:逆柱達が収納されていく。
指定した数の逆柱を入れれば、俺の広くない影収納の容量は限界。
だがこれで準備は整った。
「こまめに連絡は下さいね。寂しいですから」
肉体を裂かれ、魔法により剥き出しになったライルの魂を直接鋳型に焼き付けながら、横目でシルヴィアが冗談を言う。
指先は機器を操作しながらも、しっとりと濡れた瞳が俺を見つめていた。
……目線だけで妙な色気を出すのは辞めていただきたい。
昔、シルヴィアの父親代わりでもあったという壮年の男が、同じ部屋の中でなんとも言えない表情をしていた。
なぜそんな顔で俺を見るのか……?
「リインカーネーションに必要な魔力を貯めきるまで、まだ時間がある。それまでに必要なモノを集めて、障害になりそうなモノを掃除するのが俺の役目……。まあ、いつも通りやるよ」
「ええ、お願いしますねぇ」
輪廻の奇跡は、まだ遠い闇の中。
だが罪人たちは着実に歩みを進める。
今日この日、死停幸福理論を謳う者達……その尖兵が解き放たれた。