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ここは奈落の底(1)


 「――ぅ?」


 ライル・サプライは体に伝わる振動で目を覚ました。

 

 「(ここは……どこだ?)」

 

 酷い頭痛がする。意識が徐々にはっきりとしてくるにつれ、痛みが強くなった。

 

 見える景色は薄暗い無機質な通路で、先の見えない圧迫感がある。

 所々に見える、少ない照明に照らされた金属製の配管。


 「(たしか……)」


 自身が思い出せる直近の記憶。

 視界いっぱいの女の顔、狂気を孕む濁った瞳。

 

 「(――そうだ、あの女! シルヴィアめ!?)」


 顔の皮膚へ爪が突き刺さり、次に脳味噌をかき回される壮絶な不快感。それが覚えている最後の記憶だ。

 あの場で意識を失い、ここに運ばれたらしい。


 

 「ぉぅぃぅ(どういう)……!?」


 声が出せない。いや、何かで口をふさがれている。

 途端に恐怖が増し、立ち上がろうとするが手足はまったく動かない。体が動かないよう拘束されている。

 意識が完全に覚醒すると、どうやら自分は椅子に縛り付けられていることが分かった。

 そして椅子に座ったまま、通路の景色がゆっくりと動いている。


 「(運ばれて……?)」


 辛うじて視線を下に向けると、回る薄い車輪が見えた。すぐにシルヴィアが使っていた車椅子を思い浮かべる。


 「ぅ˝ーーぅ˝ぅ」


 体も動かない。口をふさがれ、辛うじて使える低級魔法も詠唱できない。


 「う˝う˝う」


 混乱と恐怖が際限なく高まっていくなか、体を強くねじり、どうにか後ろを見ることが出来た。


 照明が暗いせいで顔が影になり見えなかったが、一瞬その輪郭が浮き上がる。


 「(スミタニ、シチロウ?)」


 この通路に運ばれる前、訳の分からないことを言っていた人外が無言で立っている。

 いや、自身が乗る車椅子をこの男が押しているのだ。


 「う˝ぃう˝う」

 「ああ、起きたのか」


 鷹揚(おうよう)のない声で墨谷が呟く。すると椅子の動きが止まった。


 ここはどこなのか、これから何をするのか。

 目線だけで十分に伝わる疑問を無視して、七郎はリフトを下降させるボタンを押す。


 「ここは霊園山の内側だよ」


 椅子に縛られる男に場所だけが伝えられ、静かに下降するリフト。


 一分もしないうちに最深部へと到着した。リフトが接する壁の、横開きのドアが開く。


 その先に、広大な空間があった。

 変わらず暗く天井や壁がどこにあるのかわからない。


 「(いや、天井があるのか?)」

 

 そう疑いたくなるほど広い空間。


 「(……ん?)」

 

 押され運ばれてながら、ライルは前方に影を見た。


 暗い空間にあって、彼らの白い騎士甲冑は非常に目立つ。数人の白い騎士が、進む道の両脇に立っているのだ。

 (かぶと)の奥から感じるのは憎悪の視線。


 騎士に視線を向けたライルはその甲冑に目を見張る。

 超堅牢な魔法防御を付与された、白い重甲冑。


 (すす)けている外套(がいとう)に、()()けているが見覚えのある紋章の形。

 ノルン神教のシンボル。


 「(聖堂神聖騎士……!)」


 ノルン神教が保有する兵力としての最高峰。

 選抜された、ギルド階級でいえば金冠級クラスの実力を持つ信徒で構成される騎士団。

 ノルン神教から騎士へ渡される、ウィレミニアの魔法技術の粋を集めた高級装備がこの騎士甲冑なのだ。


 「(ノルン神教の本拠地を守護するはずの最高戦力が、ニホンになぜっ?)」


 疑問に対する答えは無く、さらに奥へ運ばれる。


 たどり着いたのは薄く光る水場の手前。

 どこかで嗅いだような、水特有の腐臭が微かに鼻をつく。


 無機質な人工物で作られた場所に、急に現れた自然。

 果てなく続く水面は黒く深い色をしているが、遠くに一輪(いちりん)、淡く輝く華が咲いているのが見えた。



 「すみません七郎。お手間をお掛けしました」



 どうして気が付かなかったのか。

 縛り付けられた我が身のすぐ傍、(ゆる)やかな背もたれに体を預ける女がいた。


 「ようこそライル・サプライ。ここは(わたくし)達が作り上げた霊園山の最深部」


 ―― あなたにとっての、奈落の底です


 シスターシルヴィアが穏やかな笑顔で振り向いた。


 ・

 ・

 ・


 ライルを縛った車椅子を押す手を止める。


 「申し訳ありません。大狂行の後処理が長引いて……やっと一息付けました」

 

 「初めからここに置いといても良かったんじゃない? この男」

 

 「準備をしてからお連れしたかったのですよ」


 準備……確かに、いろいろ準備したくもなるか。

 待ちに待った念願の獲物だろうから。


 おもむろにシルヴィアが立ち上がった。

 俺は、魔力を使わず火傷で傷ついた足を引きずるシルヴィアへ歩み寄る。


 「かまわないで。ぜひ私に――」

 「これを」


 不安定に立つ彼女に渡したのは、影の収納から取り出しておいた大型警棒。

 総鉄製だが、怒り狂う彼女にとって問題にはならないだろう。


 「あら、まあ」


 それだけ言うと彼女は満面の笑みを浮かべ、再び歩き始める。

 警棒を杖代わりに、わざわざ火傷の痛みを感じながら縛り付けられる男の元へ。


 「…………」

 

 「ぅ˝ぃぅぅぃ˝」


 見下すシルヴィア、見上げるライル。

 彼女は変わらず笑顔。しかし見開いた瞳に、醜い炎が燃え上がる。

 

 笑みを深め、彼女は警棒を持つ腕を背中まで回し力を込めた。

 黒衣がたなびき、浮き出る腰と背中の美しい曲線。


 シルヴィアは何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、手にある得物をライルの顔へ振りぬく!!


 「ガっっ!!!?」

 

 短い悲鳴と共に男の血が飛び散る。


 「グ、ああぁアア˝ア˝」

 

 数舜遅れてやってきた激痛に、ライルが泣きながら血反吐を吐く。

 顎は砕けていない様だが、白い歯が地面に飛んでいる。口を縛っていた拘束具も外れていた。


 「この水がどんなものであるか、お分かりになられますか?」


 何事も無かったかのようにシルヴィアが、眼前に()まる水が何たるかを問う。

 無論ライルは話を聞くどころではない。


 そこへ静かに歩いてきた壮年の男。

 霊園山義瑠土でシルヴィアに度々付き()う男が、無言で液体をライルの顔にかける。

 外傷用の回復薬液であった。


 「――が、ああ、シィ˝、シルヴィア……!」

 

 「これは山に封じる禍津神(まがつかみ)。そして迷宮の核そのもの。心臓は更に深い場所ですが、此処は()()の力を(しぼ)る抽出口なのです」


 シスターの言葉に反応したのか、奥の水面から一本の白い腕が浮き上がる。

 手には(はす)の花がひと房(つま)ままれていた。

 

 それ以上の動きはない。


 水の()えた匂いと、腕。

 ライルは異形の巨獣を思い出す。


 「俺達が少しづつ手を加えて大きくしたんだ。カタチを成すように名を刻み、(くさび)を打ちこんで名を封じた」


 封印制御魔術という杭を刺す為には肉のカタチが必要で、だからこそ彼女に名を刻んだのだが、それは彼女の呪いに確固たる強度を持たせてしまうことに他ならない。

 

 神にとって信仰は力。恐怖という信仰心は、名が伝わる事により広がる。


 制御を超えた存在にさせない為、名を伏せ、秘することが必要だった。


 「水底(みなそこ)に沈む大怨霊が土地を(から)めとる神に変わったとき、この山は迷宮になった」


 (ほう)けるライルの横から、自分達が犯した罪を告白する。


 ――これを聞いても問題ないんだ、もうお前は

 ――そうです。我らが刻んだ名は


 「水底■■鬼■妃神」

 「■■千手■母■■」


 かつては子を探す母の集合怨霊。あらゆる陰の気が混ざり(よど)んだ女の海。


 この双山が日本ではありえないはずの「迷宮化」に至った原因が俺達である。


 「ひ、いああっ…なんのつもりだっオマエッ!?」

 

 「はい?」

 

 「なぜだ!? そんな話を聞かせてっ――なにがしたい!」


 理解できない。その思いを雄弁に語るライルの視線。

 シルヴィアは状況についていけない男の、単純な疑問に答えた。


 「いえただ、お見せしたかっただけです」

 

 「は?」


 「え……?……そうだったのか……」


 俺のみならず、後ろに控える騎士数名もシルヴィアを二度見していた。


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