つかまえた
木々が薙ぎ払われた森の中で、銀伽藍は夜空を裂く熱線を見た。
状況がわからないままだが、なぜか大狂行がこの瞬間に終わったことを直感する。
「あつい……でも……きれい」
光と共に、火のような熱さがここまで届く。
疲労が限界を迎え、霞む視界の中で探すのは墨谷七郎の背中。
「彼が勝って……終わらせたのかな……」
烈剣姫は後ろから追いついてきたガドランの心配する声を聞きながら、意識を手放していった。
そして、魔犬の王が完全焼却され、灰のような塵が降る線路わきの草原。
滅火命却の排熱により、墨谷七郎の体が陽炎で揺らぐ。
十字の星瞳に燻っていた最後の残り火も消えた。
「(これで溢れだした迷宮の核は、ぜんぶ焼いた)」
今回の大狂行は予期していた災害。もう霊園山の深部に眠る膨大な力を、押し戻し切れなくなってきている。
育て利用してきたのは自分達だが、そう遠くないう内に互いの存在を掛け対峙するときが来るだろう。
それでも必要魔力量の捻出には、この方法しかなかったのだ。
はじめから分かっていた、乗り越えなければならない過程。こちらが迷宮核に圧し負ける可能性も十分にあり得る。
俺達の願いを達するためには、いったい幾つ奇跡を手繰り寄せねばならないのか。
これまでも、これからも、消え入りそうな細い糸を掴み続ける綱渡り。
―― それでも
「もう進むしかないんだ」
誰に聞かせるわけでなく、罪の覚悟を自分にこそ焼き付ける。
手に握る虎郎剣が、少しだけ重くなったように感じた。
それがなぜか……とても悲しい。
「スミタニ……きさま、今の炎は……」
振り向けば木立の前で、ふらふらと歩いてくる男がひとり。魔犬の王を追う中で森に置いてきたライル・サプライであった。
彼は怯えた目で俺を見ている。
「思い出した……そうだ、ずっと前に記録魔法で……見たぞ。空を焼く雷と……炎を」
異世界ウィレミニアで、曲がりなりにも高等教育を受けたであろう男が気づいたようだ。
確信を持ったなら逃げればいいのに。逃がす気は、無いけれども。
「その眼の変異で、気づくべきだった。いやしかし……ありえない」
「…………」
「星の瞳――怒る獣の証……だがきさまは、ヒトのままじゃないか。証を得るまで深く変わってしまったら、人間には戻れないと習ったぞ。……最後は魂まで獣に堕ち、言葉を介すことも無くなると……」
日本に存在するはずがないと、ライルは無意識のうちに考えていた。
魔法による記録映像を見たのは子供のころで、内容は本来秘匿されるべきものであった。故に触れる機会があったのはたった一度きり。
ただの記録映像でさえ、忘れてしまいたい恐怖となった。
墨谷七郎と、過去に見た記録を結びつけられ無かったのは、仕方のないことだ。
「きさま、いったい……?」
理解が追いつくにつれ、恐怖心が増してきたのだろう。なにか答えを得たらしい男が一歩後ずさる。
俺はライルの話を聞き流し、左右に目線を向け辺りを見回す。
周りには人工魔:逆柱たちが控えているだろうから、目視で確認する必要は無い。
それでも自分の眼で確認したくなるのが性分。
うん、誰もいない。見ていない。
森まで来ていた銀伽藍も、獣牙種の戦士に治療の為運ばれたようだ。
近づいてくる気配はない。
危険な空気を察したライルが、震えながら捲し立て始める。
「おい……? 下手な事を考えるな、忘れたのか!? このライルはウィレミニアギルドからの正式な客人なのだぞ! 何かあれば、我らがウィレミニア三国同盟と日本に重大な亀裂を入れかねない――」
「お前は”ついで”なんだ。ああでも、とても大事な”ついで”だ」
「――は? ついで? 何を言っている。意味がわからん」
「異世界からの客人が、不運にも大狂行に巻き込まれ目付け役と共に消息不明。まあまあ自然な筋書きだろう? この状況を大狂行のなか作るために労力を掛けた。……もしかしたら、お前が霊園山に来るずっと前から」
ライルに理解してもらえるよう、丁寧に説明する。
同時に後ろの木立の闇の中、それどころか線路の上から数えきれない目玉が浮き出し始める。
「な……あ、あ……」
「お前の為に用意したんだ。お前達がどれほど恨まれているか分かって貰いたくて、ひとりで俺の近くに来てもらった」
「わ、わ、わかって……?」
じっとライルを見つめる。血の気の引いた、真っ白な顔だ。
「燃え続ける復讐の火を、一時慰める生贄」
「ひ、ひ、ひぃ」
謎かけのような俺の言葉は、この男には届いてないだろう。
後ろに踵を返し、とにかく逃げ出すことで頭が一杯のはずだ。
そうして俺は、一番大切なことを怯える男に伝える。
「でも、犠牲を望んでいるのは俺じゃない」
「ひいぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
絶叫のような悲鳴を上げ、後ろに走り出そうとするライル。
振り向いた瞬間、眼前に在ったのは――
「 つ か ま え た 」
彼女が金の髪を広げながら、飛びかかる様にライルの顔を掴む。
顔に食い込む爪が、男が目を背けることを許さない。
修道服に身を包む復讐に狂った女。
シルヴィアの美しい顔が、目を見開きおぞましく笑っていた。
・
・
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霊園山義瑠土、簡易治療室のベッドの上。
明るくなった外を眺めながら、辻京弥は部屋の外で続く喧騒の声を聞く。
霊園山は大狂行を乗り越え、朝を迎えていた。
烈剣姫を庇って戦線離脱した後、治療を受けているうちに意識が飛んじまったらしい。
バカでかい魔犬に受けた傷は呪詛に犯されていたらしく、治療も一筋縄ではいかなかったって聞いた。
目覚めた時にはもう朝で、全部終わった後。
大狂行の主が烈剣姫の活躍もあって倒されてから、魔犬もほとんど消えて残党も狩りつくしたそうだ。
霊園山内の回線も復旧し、外部との連絡もついた。
予想をはるかに超えた惨状の報告に、日本義瑠土本部は大慌てで陸軍やら何やらをよこしたらしい。
だが大狂行は、霊園山義瑠土の獅子奮迅の働きで既に鎮静化。
霊園山からの支援要請を無視した本部ではこれが明るみになり、事態を軽く見積もった担当者らの責任が追及されている。
「(まあ、クビはトぶだろ)」
霊園山での一般人と義瑠土登録員の死者は奇跡的にゼロ。
霊園山義瑠土本部に避難していた守宮竜子も怪我なく無事だったそうだ。
だがちょうど監査に訪れていた、ウィレミニアギルドからの賓客と世話役が行方不明になっている。
捜索は続いているが、生存は絶望的だと。
それよか、さっき見舞いに来た桜が「セェンパアァァイ!」と飛び込んできたせいで体がいてぇ。傷が悪化するだろ。
なんか列車が……空飛んだとかよくわからんこと言ってたが、「あ、これ秘密だったッス」って勝手に納得して帰っていきやがった。
「…………桜が、無事だった」
ちくしょう、安心したら涙が勝手に……まあ誰も見てねぇし、いいか。
「だけど、気になる事も言ってたな」
七郎さんが霊園山から出ていくことになったらしい。
いったい、どうなってやがる?
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