銀河鉄道の夜
「これで合ってるんスよね……」
櫻井桜は、手元の操作盤を不安げに見つめていた。
避難者達を連れ、華瓶街から移動した先は白捨山伍番駅に停止する列車の中。
シスターシルヴィアの秘密の話を信じるなら、この鉄の箱が山より逃げる最後の手段であるはずだ。
列車の窓を不安げに見つめている、避難を待つ人々。
いつ魔犬が襲って来てもおかしくない状況であるが、櫻井桜以外は脱出方法について知らされていない。室内の不安が高まっていく。
「うーん?」
桜の手にあるのは純白のカード。
薄く硬質な、手触りの良い未知の材質で出来た鍵だった。
正体不明のカードを撫で、桜はシスターの言葉を思い出す。
…………。
”これをどうぞ”
”霊園山を横断する線路、そこを走る北星号を起こすカギです。運転席のパネルに置いてください”
”そうすれば……――”
起こす、とはいったい何なのか? 分からないまま、手にある物をじっと見る。
観察すると、真っ白なカードに薄く金色で絵が描かれているのに気づいた。
「女の子の顔と……花……ッスか……?」
しっかりとは見えないが、髪の長い人間の頭と、様々な花が描かれているのが辛うじて見て取れた。
「(それにしてもこの電車、”北星号”って名前なんスね)」
シルヴィアの言葉で初めて知る、山中を走る不可思議な列車の名称。
特に感慨は湧かないが、名前があった方が祈りやすい。
「(お願いするっス北星号……! ここまできて動かないのは、カンベン)」
そうして白いカードを操作盤に触れさせる。
すぐに変化は起こった。
操作室にある、機器のつなぎ目をなぞる様に青い光が流れる。
形を変えていく、操作盤を含めた機械類。そうして運転席は、魔法技術と機械工学が融合したデザインへと変貌していった。
「え? ええぇぇぇぇ!?」
――:::….:;;認証:(==’確認’)
「ほえ?」
――:.:;認証外ヒト種への意識干渉:if(==’成功’)**elseif**;
「ちょ」
――銀河鉄道::..::プロトコル
その時、窓ガラスに何かがぶつかる音が聞こえた。
反射的に横を見れば、窓に唾液を塗り、牙を突き立てようとする魔犬の顔。
「ま、まずいッス! 見つかってーー」
桜は、後ろの乗車空間に居る避難者達を見た。
魔犬の襲撃に混乱しているものと……。しかし乗客たちは整然と椅子に座り、動揺している様子はない。
よく見れば人々の表情は穏やかで、心地よく微睡んでいるような顔をしている。
「(意識干渉って、これのことッスか?)」
シスターから預かった白い鍵を使ってから聞こえる、優しくも無機質な声。
操作盤の変化に動揺して声を聞き取れない部分も多いが、何かが起動したことは理解できる。
――GAaaah!
後部車両にも魔犬の群れが取り付いたようだ。
すると北星号全体から、魔力が震える音と光が発せられる。
次の瞬間、迸る電撃の形をした魔力が外の魔犬を焼いた。
煙を上げ死んでいく魔犬。
驚く桜に、畳みかけるように予想外の光景が続く。
今度は車両正面に伸びる線路の両脇、整備された地面から押し上げられるように影が伸びたのだ。
影の正体は数十……いや百に届くかという数の電信柱。
等間隔に並び生え、電線と思しき線が頭上で繋がり魔力で光る。それは連なる黒鳥居の群れのように。
――::;魔力充填:(==’完了’) 試作人工魔・北星号:::…発車
ゆっくりと動き出す夜間列車。
動き出した車両の中で、すべての電柱に‘ぎょろり’と目玉が開いたのを桜は見たが
――うん、幻覚ッスね。疲れてるからしゃーない
瞬きすると目玉が消えていたので、きっと幻覚なのだと結論付ける。
かん、かん、かん、かん と、けたたましく聞こえる踏切の警報。
窓の外を通り過ぎる、赤いランプの点滅。
速度がどんどん上がってくる。
「なんか、速すぎないッスか……?」
線路にはカーブも存在するが、不思議と車内に揺れは無い。
微睡む乗客の体は声無く静か。
突然前方に現れる巨大な異形が、車体正面にぶつかった。
「きゃあ!?」
頭のない異形は首の根元から、竜巻のような黒い濁流を放つ。
「うえぇぇぇぇ!?」
しかし黒竜巻は、下方から放たれた火山雷を纏う熱光線に飲み込まれ、異形もろとも焼き払われていく。
「アトラクションっスかこれぇぇぇぇっ」
都会の某遊園地で楽しんだ、3Dライドアトラクションを思わせるエキサイティングな光景。
処理しきれない怒涛の展開と疲労が、一周回って桜の心を高揚させていく。
魔力の通った線路が暗闇の中で光り、遥か前方で、山稜から飛び出すように基礎ごと変形していく光景が見える。
途切れた線路の先は、もちろん夜空の闇。
「……まって、まってまって――えへへ、冗談っスよね」
さらに速度を上げる北星号!
桜は思った。
助走つけてるんだこれ。
「噓ッスよね? まさか、飛ぶなんて、言わな――」
――::良い旅を:::;;
夜空に響く、うら若き乙女の絶叫。
北星号は莫大な魔力を消費しながら空を走り、山外へ着陸するまで数分間、乗客に夜空を旅する夢を見せる。
後に山の麓で保護された避難者達は、誰も列車のことを覚えていなかった。
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