表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/318

奈落への一歩目


 暗い瞳の中、確かに輝く十字の光。

 肉体という殻の中心で、過去と後悔、残り僅かな誇りを()べた火が、魂を燃やす炎の(きら)めきを生み出している。

 暗闇の中で浮かぶ光は夜空の星を、肩を抱かれる少女に想わせた。


 「(こんな眼ができたんだ……)」


 (あし)の痛みを感じながら、恍惚(こうこつ)と星の瞳に見惚れてしまう。



 ――そんな眼で、俺を見て欲しく無い

 

 疲労と出血により青白い顔が、安堵(あんど)(ゆる)んでいる。

 服とインナーもボロボロに裂かれ、爪痕が肌に痛々しく(きざ)まれていた。


 「(見捨てようとした男に、そんな顔を……)」


 魔犬の王を殺す為なら、少女の死を(いと)わない外道を止めた織使(おりづか)真理愛(まりあ)の幻影はすでに無い。

 (しろがね)伽藍(から)の元に走り出したとき、彼女は笑顔に戻っていた。

 

 真理愛の魂はまだ俺を、人間だと信じてくれている。

 でもあの子は、夜を終わらせる為に俺が成そうとしていることも、笑って許してくれるだろうか?


 過去の誇りを(まき)とする火が、胸に埋もれた罪悪感を照らし出す。


 ―― いい、見る必要なんて無い


 (よわ)(すが)るような銀伽藍の視線から、逃れるように顔を背ける。

 そして背中の死角、影の収納から外傷用回復薬液を受け取って、烈剣姫の上半身と足の傷にかけていった。


 「ひぅっ」

 

 声を上げる少女の体を、魔法薬が(いや)していく。


 「もう大丈夫」

 

 心の(こも)らない言葉を、反射的に投げかけてしまった。

 だが手に肩を抱かれている銀伽藍は、いっそう安心したかのように力を抜いてしまったので、そのまま抱えて持ち上げる。


 「ひゃ!? ちょ、ちょっと……」

 

 顔を赤らめ小さく縮こまる少女。


 「この()を、任せていいかい?」


 少女の体を七郎の手から受け取ったのは、立ち尽くしていたガドラン。

 相手取っていた2匹の魔犬も、七郎が駆け抜けざまに殺していた。


 「――」

 

 七郎を見たまま、ガドランは言葉が出ない。


 「(――ォォ)」

 

 銀伽藍を救う、暗い瞳に光の戻った眼前の男。

 そう、彼だ。

 子供の頃の記憶。闇と恐怖で(かす)れた思い出に、やっと鮮明に色が戻る。

 傷ついた人を見捨てず、身を挺して守り続けた勇者たちの後ろ姿。


 「――アリガトウ。皆を守っテくれて」

 

 やっと礼が言えた。

 ガドランの心も、この一瞬だけ子供の頃に戻り歓喜に震えたのだった。


 ・

 ・

 ・


 ――この獣牙種(オーク)の戦士は、やはり、もしかして


 現在(いま)でなく何か……遠い過去への感謝を口にしているような獣牙種(オーク)の戦士。

 獣牙種(オーク)が戦う姿を視れば、否が応でも、むかし共に戦った戦士たちの姿が思い起こされる。

 

 彼はやはり、10年前の黒牢(こくろう)にいたのだろうか。

 

 誰かはわからない。顔を見ても思い当たる名は無い。言葉を交わした親しい獣牙種(オーク)の戦士たちは、全員死んでいるのだから当然だ。

 俺は誰にも、霊園山に来た彼について尋ねることはしなかった。

 無意識に、今の自分を見られることを恐れていたから……なのかもしれない。


 「…………森に逃げた犬共の主を追う。ここまでの援護助かった。あとは任せて、この場所で休んでいてくれ」


 墨谷がガドランと銀伽藍に休息を促し、すでに山中異界に身を隠した異形の追跡を再開する。

 周りの魔犬は粗方狩り終え、人工魔:逆柱たちが身を隠しながら周辺を包囲している。


 ―― 獣牙種(オーク)の戦士と銀伽藍の安全()確保できたはずだ


 虎郎剣を握り直し、十字の星瞳が鋭く光った時、怯え隠れていたライル・サプライが急に声を発した。


 「待てっ! 止まれっ、お前が墨谷七郎だな。シルヴィアから話は聞いているぞ!」

 

 「……ああ、そういえば」

 

 ――まだ生きてたか

 

 この一言は口に出さない。


 「その力、いや……その剣の力か? 大方(おおかた)、迷宮の中に魔力を()びた鉱脈(こうみゃく)でも見つけたんだろう? 迷宮内の魔力資源は日本義瑠土の管理下に置かれることが法で決まっている」


 「この剣は、霊園山(ここ)とは関係ない」


 「ハッ、認めないか。しかしこのライルが証言しよう! お前は個人の力ではありえない規模の魔力資源を隠し持ち、私的に利用している。 ん? そうだろう? 他でもないウィレミニアギルドの人間であるライル・サプライが断言する」


 「……(私的に利用している、か)」

 

 するどいなぁ。その通りだ。

 

 証拠や根拠に乏しいライルの言いがかりは、実は正しく的を射ている。

 この場所から生み出される魔力資源について、日本義瑠土が観測する総量は実数値の1割にも満たない。

 資源と、それが生み出す莫大な金は()()のモノだ。

 

 虎郎剣が霊園山に由来しないことも事実ではあるが。

 

 七郎はライルという男の認識を少し改める。無論、大きな皮肉を込めて。

 未だ戦いの喧騒(けんそう)が響く墓所区画の奥地で、七郎を追及するライルは呼吸を乱しながら下卑(げひ)た笑みを浮かべている。


 「(くくっ、これで後はシルヴィアを通し、日本義瑠土へ正式に訴え出ればいい。どうせ叩けば(ほこり)はまだまだ出る。霊園山の利権に食い込む足掛かりとしては十分)」


 ――それに、あの女をモノにできる

 

 欲に支配された男の頭は、すでに霊園山で権力を得る自分を映し出している。

 権力と、ベッドで組み敷く女の肢体を手に入れたつもりなのだ。

 ライルの詭弁(きべん)は、力なくガドランに支えられる銀伽藍にも及ぶ。


 「それにぃ……烈剣姫にも証言してもらいましょう! 元々彼女があなたを追い落とすのに一番やる気を見せていましたから、快く協力してくれるはず」


 伽藍の顔が曇る。


 ーー待って、ちがう

 

 確かに伽藍は……自分の正義を信じて、墨谷七郎を憎むことに躍起(やっき)になっていた。

 でも今はもう、そんな気になれない。

 何度も命を救われてしまった後ろめたさと、憧れの人に向ける感情に似た、小さく生まれたばかりのよくわからない感情のせいだ。


 銀伽藍はライルの言葉に、背中に冷たい汗が浮かぶほど嫌な焦りを感じる。

 だが伽藍は過去の自分の言動を思い返し、否定する声を出せない。

 

 七郎の表情を見るのが、怖い。

 伽藍をどんな目で見ているのか、知るのが怖い。

 

 しかし、聞こえてきた七郎の声は平静そのものだった。


 「じゃあライル……お前は証言に協力してくれる仲間を、守らないといけないな」


 「あ?」


 「いつまた魔犬が襲って来るともわからない。お前が消耗してる2人を守れ」

 

 この場所に魔犬は来ないが、逆柱達が”お前だけを”追い立てにやってくるだろう。

 ()()()()()煩わせるまでも無い。始末をつけてしまえばいい。


 「……う。いや、烈剣姫も、そこのオークもこのライルを……守り……」


 ようやく欲に忠実な男の頭は、自身の身が未だ戦場にあり、危険に(さら)されていることを思い出したようだ。


 便利だったオノミチも、勝手に逃げたあと消息が分からない。

 無意識に戦力に勘定していた烈剣姫とガドランは、明らかに疲弊(ひへい)している。


 「これでは、我が身を守る者が……っ……いや、そうだ! おい、お前がこのライルを守れ! そうすれば、お前の不正の件もシルヴィアに取りなしてやってもいいっ」

 

 顔色の悪いライルであったが、回らない頭を使い”名案”とばかりに口を開いた。あろうことかライルは、墨谷に自分の護衛をさせようとしたのである。


 伽藍とガドランは、ライルの短絡的(たんらくてき)すぎる移り身の速さに顔をしかめるしかない。

 先ほどまで言いがかりに近い追及を行っていた相手に、自分の身を守らせようというのだ。

 どう考えても……。


 「わかった。獣の牙から守ろう」


 うなずくはずが……。


 「そ、そうだろう、ウィレミニアからの使者であるこの身が傷つけば、責任を問われるのはお前たちだ。絶対にこのライルの身を魔犬から守れ。従えば悪いようにはしないっ」


 「あ、ありえない……」


 伽藍は、墨谷七郎の選択に言いようのない不安を感じる。

 

 どうして? その男の話を信じるの?


 「俺の背中から離れないように。逃げた魔犬の王を仕留めて、安全を確保する」

 「ぐ……まあ、仕方がない。……このライルの身の安全が最優先だ! わかったな!?」

 

 あまり離れて欲しくない。

 そんな男より、本当は、伽藍を……


 「っ、なにを、伽藍は考えて……」

 

 ガドランに支えられたまま、感情を持て余す少女は浮かんだ考えを恥じる。

 いったい何を考えているのか。

 それに、たとえライルの様な人間であっても、見捨てることが正しいハズが無い。


 墨谷七郎は山中へと進み、ライルも後に続く。

 だがライルは、墨谷七郎の十字の星瞳(せいがん)におぼろげな記憶を刺激される。

 

 「(コイツの瞳……なにか、どこかで)」

 

 ウィレミニアにおいて家名を頼り、あまり勉学に身を入れずに生きたライルの脳にあっても、十字に光る瞳には引っかかりを覚えた。


 草原広がるエイン=ガガンの大地で牧歌的に生きる獣人であればいず知らず、ウィレミニアで高等教育を受けたヒト種であれば、思い当たるはずの獣の星瞳(せいがん)

 

 残念ながら、ライルはこの場でそれを思い出すことは無かった。

 これがライルの奈落への一歩目。

 

 「(しかし、今はコイツの力を利用し生き残る。あとはどうとでもなる)」


 「(……逆柱(さかばしら)達に分断と始末を任せてしまうつもりだったが、予想以上に事が上手く運んでしまった。保身の為なら手段を選ばないつもりらしい。……であれば、予定通りに)」

 

 墨谷七郎は、苦痛待つ黄泉への船頭の如くライル・サプライを導きながら思う。

 

 ―― ここで死んでおいた方が、幸福(しあわせ)だったろうに



『ブックマーク』と★★★★★評価は作者の励みとなります。お気軽にぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ