表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/318

瞳に輝く十字の星は


 真っ黒な刃から放たれた飛翔する斬撃。

 刃と同じ色をした魔力が、巨獣の肉体の存在強度を簡単に突破し頭蓋(ずがい)を切り砕いた。

 重い音を響かせ巨体が倒れ伏す。


 「…………」


 視線は首のない巨獣から離さない。わかっている。

 水底(みなそこ)に深く(いびつ)に根を張り、水面(みなも)に力強く咲く(はす)のごとき大怨霊。

 泥底(どろそこ)から()い出る千手(せんじゅ)大輪(たいりん)は、この程度で(しお)れはしない。


 虎郎剣(ころうけん)を構え、静まらない昂ぶりを言葉に乗せる。


 「狸寝入りを続けるなら、切り刻むぞ」


 (かか)げる頭を無くした首腕(くびうで)が、一斉に(ほど)け広がり爪を立てた。

 亡骸の体が四足獣の骨格を無視した動きで飛びかかってくる。その動きは蜘蛛のようでもあり、発狂した人間のようでもある。

 

 SFパニックホラーに登場する、地球外生命体を思わせる姿だった。


 「ッ!!」


 (かわ)す気はない。正面から斬り潰す!


 血濡れた意思を込める虎郎剣の一撃は、彼女の欠片そのものである呪腕(じゅわん)が花開く中心に突き刺さる。

 大量の魔物の血により、鋼そのものが変異している黒剣は、土地の神と言える存在へ容易(たやす)く傷を与えた。

 (しろがね)伽藍(から)の外見的な切断にしかならない一撃でなく、物理攻撃などで害されない神的存在を脅かす痛打である。


 ――!?ウ穢*漣峨※Aaaaa!?!!!


 異形は黒水をまき散らしながら、(きびす)を返し森の方向へ走り出した。背を向け逃走を始めたのである。


 「待ぁてぇ」


 巨獣の体はすでに存在しないはずの耳で、逃げ出す背からくぐもった声と歯ぎしりを聞いた。

 同時に後ろ足に感じる激痛。

 斬られたことを知覚したが、振り向かず森の闇へ飛び込むべく足を引きずり走る。


 俺は当然追う姿勢だ。

 異界と現世が(いびつ)に繋がる森に逃げられれば、追う手間が増えてしまう。


 その前に仕留めたい。斬ってやる。斬ってやる。

 殺してやる。


 異形の背に向かい跳躍(ちょうやく)しようとした時、後方から複数の悲鳴が聞こえた。


 「くるなぁぁぁ! 助けろ! 助けろ! ノロマがぁぁぁぁ!」

 「いやだぁぁっ死にたくない! なんでっなんでっあんな()()()()()()がぁぁ」


 男2人が魔犬に追われ必死の形相で逃げてきていた。

 足がもつれ、今にも転びそうなライル・サプライと小野道であった。


 数日前に気づかれないよう、奴らの顔は確認している。

 どこか安全地帯に居るはずの2人が俺の近くに居るということは、事前の計画通り誘導されたのだろう。


 「(だが今は逃げた欠片をーー)」


 「ナッ、ライル・サプライ!?」

 「あなた達、どうしてこんな所に!?」


 「烈剣姫!? 何とかしろっ、殺せっ! たすけろっ」

 「う、わぁぁぁぁぁ」


 その時伽藍は、小野道が片手に握った何かを魔犬に向けるのを見た。

 それは黒塗りの拳銃だった。

 彼が、帝海都よりずっと懐に忍ばせていた護身用の実銃。


 数発の銃声が響く。

 幸運なことに一発だけ銃弾は命中したが、追って来る魔犬は止まらない。

 

 「来るなぁぁぁっぁあ」

 

 飛びかかる魔犬に小野道が殺されようとした瞬間、牙を受け止める烈剣姫。銀伽藍の握る剣が、辛うじて牙を防ぐ。


 「!? くっ?」


 消耗した少女の体はすでに限界だったのだろう。魔犬一匹が飛びかかる勢いに押され膝を着いてしまう。

 他数匹の魔犬も、ライルになすり付けられた形でガドランが相手取る。


 「早く、にげ」


 伽藍が腰を抜かす小野道に、逃げることを()いた時だった。

 

 響く一発の銃声。


 「――――え」


 「いひ、ひひ、ひいいいいいぃぃ」


 なにか狂を発したように走り出す小野道が視界の端に写る。

 だんだんと太ももに感じる、焼き刺さるような激痛。


 「あ……、ぁ、ぁああああ!」


 弱まった身体強化など、銃撃に対して効果は無い。

 熱い血が流れるのを感じ、銃弾が空けた穴を見る。

 少女は理解した、誤射じゃない。自分は生贄にされたのだ。

 魔犬一匹を止めるエサとして。


 ――GYaン、GYaン!


 足の激痛に(あえ)ぐ伽藍は、刃を噛む魔犬に押し倒される。

 獣の爪に(さら)される少女の体。

 制服が破け、最後の砦である義瑠土支給のインナーも徐々に引き裂かれていく。


 「い゛、や、痛っ! やだ、あああああああっ」


  伽藍の真っ白な胸や腹に、爪痕が赤く線を引き始めた。


 ・

 ・

 ・


 短い時間の中で起こった後方の惨状。

 足を引きずり逃げる異形を捉えつつ、俺は迷っていた。


 すぐに助けに走らなければ、銀伽藍は死ぬだろう。腹を裂かれて無残に死ぬ。

 だが逃げる異形は今まさに、森に隠れようとしている。

 隠れ逃げる前に殺したい。


 天秤(てんびん)にかけたのは、自身が守る側の人間であったという誇りと、脳髄を満たす殺戮への欲求。

 

 俺の魂はヒトであるのか、そうでないのか。

 

 隣に、それを(さと)してくれる仲間はもう居ない。


 ――殺したい


 身を殺意に(ゆだ)ねる決断。異形に視線を戻す。


 すると、目の前に悲しげに泣く子供が立っていた。

 色素の薄い髪を流す、幼い少女が顔を歪めて俺を見ている。


 花柄のワンピースから腕を広げ、顔を横に振る彼女から目を離せない。



 ”行ってあげて? きっと助けを待ってるよ”


 

 織使(おりづか) 真理愛(まりあ)


 そうだ。

 思い出した。

 

 「(俺たち魔導隊は、彼女の信じるヒーローだったんだ)」


 殺意で濁った男の暗い瞳に、十字の星が輝いた。


 ・

 ・

 ・


 「伽藍っ!っ、コノ……!」

 

 魔犬2匹が助けを阻む。

 今にも伽藍が殺されそうになり、ガドランに焦りが(つの)る。


 「殺れっ早く! オークの分際でぇ……役に立ってみせろッ」

 

 後ろで(わめ)くライルは無視する。


 「ドウすれば!?」

 

 石礫弾(せきれきだん)を唱える隙も、魔力も無い。

 

 

 そんな中、横を駆け抜ける風が吹く。



 最後の力を振り絞り、魔犬を押し返そうとする銀伽藍であったが、どうしても腕が上がらない。


 「こんな、死に方……」


 跳ね返せない死の未来を直視できず、烈剣姫(れっけんき)は目を閉じる。


 「――?」


 突然、腕にかかる重さが消えた。

 恐る恐る目を開ける。


 「……ぁ」


 肩を抱かれて起こされている。


 目の前にあったのは墨谷七郎の顔。

 彼の光る瞳が、優しい眼差しで伽藍を見つめていた。


『ブックマーク』と★★★★★評価は励みになります。お気軽にぜひ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ