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霊園山防衛戦線(7)


 魔を寄せ付けない光の天蓋(てんがい)

 黄金色(こがねいろ)に照らされる魔犬達が、更に後ろへ下がる。


 「(距離と時間は稼げた、な)」


 犬達の後退に好機を見出した墨谷七郎は、神聖城壁(しんせいじょうへき)が覆う範囲の(きわ)まで、一足跳びで移動する。

 

 「(まず防衛線を作らなければ。あの城壁が消える前に)」


 突然の事態に唖然(あぜん)としている、義瑠土(ぎるど)所属の人間達が光の中に見えた。

 だが彼らは、群れを威圧のみで退(しりぞ)けた男の(げき)により、一斉に我に返ることになる。


 「戦えるものは全員集まれ! 占拠された墓地区画を奪い返す為、防衛戦線を展開する!」


 まず現場指揮を(にな)う者や、霊園山で長く働く者が我先にと(つど)う。

 

 彼らは過去にも、この男の力の一端(いったん)垣間(かいま)見た者達。

 表立って公言こそしないが、墨谷を霊園山の守護者"墓守"と(たた)え、厚く信頼していた。

 


 「北東と南西に拠点を作る。攻撃魔法が使える者は拠点に集中して配置。バラけさせず、火力をこの2点に! ……前線より奥には犬共しかいない……味方の背を気にせず撃ちまくれ」


 軍属でもない男が堂々と戦術指揮を行っているが、皆静かに聞いていた。

 熱い息遣いと、それぞれが持つ武具を握り直す衣擦(きぬず)れの音が聞こえる。

 彼らの顔つきは、報復(ほうふく)を誓う戦士の顔へ徐々に変わっていく。


 

 「常に4人1組での行動を徹底。北東、南西は火力で戦線を維持しつつ、中央に入り込んだ犬を挟撃(きょうげき)、効率よく排除しろ。外縁部(がいえんぶ)の動きには特に注意! 中央は両翼の背中を死ぬ気で守れ」


 少し離れた場所で、墨谷を凝視(ぎょうし)するガドラン。

 そこへ車椅子のシルヴィアが、ゆっくりと現れる。

 

 「この神聖城壁……流石に、(わたくし)ひとりでは長く維持できません。ですが、恐れる必要な無いのです。必ず魔の夜を(はら)い、朝を迎えることが出来ます。他ならぬ(わたくし)達の手によって」

 

 大規模な対魔物神聖結界を、たったひとりの魔力で保ち続ける修道女。

 顔に一筋の汗が流れる。

 笑みを讃えながら、想像を絶する負担に耐えているのだ。

 

 「だが……左右の拠点に戦力を分けてしまえば、正面の…本部が手薄に」


 ――せめて銃火器が使えれば……

 

 当然の疑問を、銃を使用できない悔いと共に現場指揮の男が指摘する。


 その答えは簡単だ。

 

 「正面は俺だけでいい。皆は取りこぼした犬の処理を頼む」


 ――豆鉄砲がいくらあっても、役に立たない。殴った方が早い。

 

 初めから墨谷七郎は、あの軍勢を単独で相手取るつもりなのだ。魔獣に対しては、個人使用できる規模の銃火器では不安が残る。


 「(無駄に怪我人や死者を出すよりは、これでいい。他の義瑠土員には最低限、自分の身を守ってくれさえすればいい)」


 ―― 今は、その方がやりやすい


 七郎は本気で、そう思っている。


 「いや……! それは危険すぎる――」


 「七郎が最高攻撃力兼、囮、というわけですね。お任せ致します。こういった状況の……領域防衛の経験者(いきのこり)の実力を、見せていただきましょう」


 危険すぎる作戦に異を唱える者もいるが、義瑠土員すべての命を救い続けているに他ならないシルヴィアが了承してしまった。

 

 「皆様……此処(ここ)が正真正銘、分水嶺(ぶんすいれい)です。この場所が突破されれば、この迷宮(ダンジョン)は魔犬に支配されます。ここまで大規模な数の魔犬は、相当量の魔力が満ちる場でなければ体を維持できないはず……。山の外に溢れることは今の所ありません」


 ――しかし、山すべてが魔犬に支配されれば……


 「魔犬……もとい、あの巨大な大狂行(スタンピート)(あるじ)が霊園山の核にたどり着いてしまえば、無尽蔵に魔力を得ることが出来てしまう。それは絶対に防がねばならないのです」


 決意に満ちた修道女の視線は、力の暴威を秘める男へ。

 

 「七郎」

 

 シルヴィアに名を呼ばれ、彼女と見つめ合う。

 


 「お任せ致します。――殲滅(せんめつ)です」

 


 男の暗い瞳に、凶暴な色が混ざる。

 

 ぎしり、と重く(きし)む音と、威圧感が膨れ上がった。そしておもむろに、偶然(そば)に置かれていた2本の鉄塊を両手に握る。


 七郎の背丈を超える大きさ、長物(ながもの)型の大型警棒。

 本来リーチを生かし、槍のように突く用途で用いられる代物を片手で軽々扱う。


 「待ってクレ」

 

 後方から墨谷を呼び止める声。オークのガドランである。


 「オレモ、連れて行っテくれ。オマエと共に、戦う」


 「――」


  ――ケッシて死なせるな。我ラが武を信じ続けた友たちを―…


 彼方(かなた)の記憶、懐かしい声がした。


 「…………オークの戦士が居れば、心強い」


 魔犬の群れを(にら)む七郎の後ろに、戦士が加わる。


 「伽藍も、行く」

 

 そこへ更に追従(ついじゅう)を求める、か細い声。

 どこか熱に浮かされるように、疲労を忘れた烈剣姫が立つ。


 「シカシ、その消耗でハ……」

 「好きにするといい」


 少女に背中を向けたまま答える七郎。

 群れの正面を食い破る決死隊に、少女剣士も加わる。

 

 ――だんっ!


 すると突然、墨谷は握る鉄塊で地面を打ち付け始めた。

 2度、3度……更に続けて一定のリズムで打撃音が響く。

 それは戦前(いくさまえ)に轟く戦士の(うた)。ガドランの息が、知らずうちに(たかぶ)る。


 終わらず続く過去の、懐かしい声が聞こえたからだろう。

 かつて友と感じた熱が、織火(おりび)のように甦る。

 

 過去と現在(いま)が曖昧になるほどに。


 「(忘れないでいられる)」


 ――それが、たまらなくうれしい


 「(まだ……皆と同じところにいる……人の魂のままでいる)」


 視界の端で、色素の薄い柔らかな髪が揺れた気がする。

 夜からの生還を信じ、生存者を励まし続けたあどけない聖少女。


 

   今日もなかよくっ、がんばっろー


 

 「O o o II :: L O o o O ll O:;;――――――!!」


 戦士の咆哮(ウォークライ)。かつて共に戦った獣牙種(オーク)達の技。

 戦士階級、特に獣人種の戦士が好んで使用する、自己鼓舞を主な効果とした強化魔法。

 

 戦いへの興奮や激情を魔力に乗せ激哮(げっこう)することにより、恐怖や混乱を心から取り除く技であり、その効果はごく僅かに自身と敵を同じくするへ他者へ伝播(でんぱ)する。


 咆哮(ほうこう)と同時に、一直線に牙の群れへ。

 

 それを皮切りに、この場に居る全ての人間が想いを成す為に走り始めた。


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