姦姦蛇螺(1)
普段であれば夜風と闇の静寂が満ちる霊園山。しかし呪腕の群れと狂蒼の魔力光に支配された今、山に安寧の場は何処にも無い。
「来やがるぞ、構えろッ!」
「地ノ精霊よ、言祝グ我の石牙なりヤ――」
至る所で苦悶があった。見渡す限りで戦いがあった。多くの義瑠土員が各々の武器で、魔法で、山に湧く呪いの進行を食い止めている。先刻よりも頑強で悪辣と化した異形達に、全力を以て抗っているのだ。
「後ろだガドラン!」
「【石礫弾 三牙襲突】ッ」
特に墓地区画のはずれで戦うヴィトーラとガドランの奮闘は凄まじい。詠唱、無詠唱を織り交ぜた魔法の乱打は、周囲の異形を一辺に薙ぎ払い、強度を増したとはいえ蠢くだけの有象無象を寄せ付けない。
「ハアッ、ハッ」
「ったく、貧乏クジ引いたぜ。こんなヤベェのには、向こうの世界でも早々お目にかかれねぇぞ」
しかし、一見優位に見える魔法戦士達の息は荒い。魔法触媒を兼ねる同じ長警棒を持ち、同郷故の地属性魔法による連携は、初の共闘にしては見事と言える。
だが敵は、“悪徳嬢王”にしても悪態をつきたくなるほどに強大であった。
―― ほ ほ ホほほほ
圧倒的なサイズ差、蛇体の筋力、ヴィトーラの知識に無い術式体系から放たれる不可視の魔法、そして矮小なヒトに対し侮辱を表せるだけの知能。
巨大な“うねり”が木々を蹴散らす。並ぶ鱗が地面を削る。異形の女体が全裸で嗤う。
「カンカンダラ、だったか? 半人魔蛇の変異種ぐらいかと思ってたが、アテが外れたらしい。アタシが手札を読み違えるたぁ……ヤキが回った」
神聖城壁を通り抜けたヴィトーラは、自らの名乗りで標的とした姦姦蛇螺の元へ直行した。先手で魔力を込めに込めた警棒を頭部へ叩きこみ、至近距離で火魔法を炸裂させる。
蛇人は傷を負った。だがそれだけだった。瞬時に消える痣にもならない打撲跡と火傷痕。
「我が【石礫弾】ガこうモ簡単に……」
あとはひたすらに劣勢。岩石をも貫く不可視の魔法に逃げ惑い、ガドラン渾身の【石礫弾】3点バーストも、姦姦蛇螺が手印を編むとたちどころに塵と化す。
‘にたり’と、大蛇の頭にすげられた女の顔が、口を耳まで裂き開く。
「っ、躱せガドランッ」
――オN ベイシラまナYA SOWa、カ、かかかかかか
ヴィトーラの警告を受け、ガドランはなりふり構わず横へと跳んだ。すると彼の立っていた空間が透明な捻じれによって、一瞬で大きく破壊される。
付近の墓石に留まらず、墓地区画の一帯が見るも無残に崩れていく。対照的に汚水と白腕は皮肉なまでに穏やかであった。
「クソが、何の魔法だよっ?」
「まるデ、殺意ヲそのまま投げツケルようナ魔法ダ」
「見た目が腕の塊だった頃とは、比べ物になんねぇほど硬ぇ。妙な魔法の威力も上がって、再生力も据え置きってのはイカサマが過ぎるよなぁ!? ええっ? 蛇のバケモノがよぉ!」
―― ほ ほ ほ
さらに大怪異の攻勢は止まらない。笑顔をさらに愉悦に歪め、蛇頭に生えた女体をうつ伏せに地面へと垂らし、人外にしては妙に豊満な乳房からまず汚水に浸かっていく。そのまま姦姦蛇螺は、長い長い全長を異界となった水底へと沈めた。
「気をツケロ! また不意をツイてくる気だ」
「言われずとも分かってらぁっ」
2人は互いに死角を庇い、総鉄製の長警棒を構える。
襲撃はすぐに訪れた。
両者の足元から泡立ち始める黒い水――。
「 ! やられた、下だッ」
言うが早いか、阿修羅似の多腕が爪を突き立て下から飛び出す!
「ぐあっ!!」
空中へ突き飛ばされたのは小柄な人影。咄嗟にガドランを庇ったヴィトーラである。
彼女は辛うじて殺意に満ちる幾本もの腕を躱すも、結局仕舞いには腕の横薙ぎと巻き上げられた汚水を身に受けた。
服に染みる腐水から、カラダを打った痛みから、女神の呪いが駆け巡る。
「くう、ぅぅ――趣味の悪ぃ呪いだな!」
ヴィトーラは飛ばされた先の地面へ着地すると同時に、呪いに汚された衣服を破いて脱ぎ捨てる。
もはや肌を隠すのは下着一枚。魔法学島で揃えた黒のブラとショーツ、フラットシューズだけの出で立ち。さらにブラに至っては片側の肩ひもが千切れて弛み、胸の先端が微かにこぼれ出てしまっている。
「スマンッ、油断シタ!」
「ったく。コレはまず七郎のヤツに見せびらかしてやるつもりだったのに――」
「ドウシタ? 傷を負ったカッ?」
「何でもねぇよ」
あられもない姿となったヴィトーラであるが、羞恥心はおくびにも出さない。ガドランにも幼馴染の半裸に動揺は無かった。
双方獣人国家で生まれた戦士の血筋。敵を前にして隙を晒すは愚の骨頂であると理解している。
「(チッ、気色悪ぃ。腹の奥が疼くみてぇな……)」
例えヴィトーラの足が、澱む魔力により生じた風のひと撫でで震えていても、彼女はいくつもの港を統べた女としての矜持で立ち続ける。
窮地に立たされる2人に、蛇の怪異は容赦なく迫っていた。
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