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【明けぬ獄夜に縋る糸】~少女の愛が届かない 異世界と繋がる人外暗躍復讐譚~  作者: 三十三太郎
3章ー運命集う魔法学島

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沈め溺れよ、かの女神こそ


 「準備はいいな伽藍(カラ)

 「大丈夫。聖剣魔力の扱いにも段々慣れてきた」


 黒水(したた)り、呪い湧き出す霊園山。(そび)え立つ闇は肉の珊瑚礁を揺らめかせ、(むせ)かえるような瘴気を垂れ流す。

 凶器を孕む呪いに長く侵されれば、男は悶え暴れて()じれ死に、女は魂を穢され()がり死ぬ。常人の入り込む余地は無い。

 

 つまり山を見上げて並ぶのは、一騎当千の傑物(けつぶつ)達。


 「では作戦を確認する」


 メセルキュリアは光渦巻く聖剣を握り、集結した強者達を見渡す。全員が覚悟を決めた表情。


 「我々は墨谷七郎が迷宮核に肉薄できるよう道を切り開く……それでいいのだな?」


 「ああ」


 「っとに大丈夫なんだろな? 絶対無理はすんなよ七郎」


 俺は静かに頷く。作戦は先ほど示し合わせたが、シーリーンはともかく【聖剣】は俺を信頼していない。滅火命却(めっかめいきゃく)を見せたのだから当然かもしれないが、戦いが始まれば星譚至天として存分に戦ってくれるはずだ。

 世界の危機であれば、それが虐げられた民衆(弱者)でも消し飛ばせるのだから戦わないわけが無い。。


 「オイ! 火が消えて魔物が調子づくぞッ」

 「ここに向かって来ますっ」


 シーリーンとリンカの警告通り、山中に蠢く呪腕の魔物が押し寄せて来る。俺の吐き出した炎がついに腐水に飲まれたのだ。

 醜い肉のカラダで走り、()いずり、泣きわめきながら迫ってくる。


 ―― KAaaa()せえええeeeeee!


 先陣を切るのは肉の翼。地を蠢くより数十倍も速く、山の急勾を飛び(くだ)る。


 「む!」


 しかし、気迫籠る声と共に電光一閃。羽ばたきが(ふもと)へ届くことは無かった。手指の羽が死を演じ、鳥妖(ちょうよう)は黒水の地面へ墜落する。

 反対に斬撃の放ち手である藤堂(かなめ)が、刃を鞘に納めつつ俺達の元へ着地。

 

 「霞肉(かすみにく)は斬るに飽いた、な」


 「っ、養父(とう)さんっ、血が出てる」


 魔導隊最強も、妖術すら操る大型異形を複数相手取るに無傷とはいかなかった。頭部や肩からの流血が痛々しい。


 「あの大っきい怪物達をひとりで全部止めてたんスか!?」

 「魔導隊最強、パネェ……」


 「もう休んで養父さんっ」


 「寄る年波には勝てぬか……なに、(かす)り傷よ。それよりも異形共の調伏を急がねば」


 藤堂の視線の先には、死せず彷徨(さまよ)う肉塊の群れ。

 犬(もど)きを押しのけ獣の王が、穢れの汚水より異形の大蛇が、そして狂ったように藻掻(もが)く怪鳥の屍から新たな翼が、弾けるように暗夜へ飛び立つ。

 

 翼に纏うは腐れる魔力。


 ―― A˝、ア˝ AA AA A !!


 凝縮のち拡散。再びの精神汚染が汚水の雨となり降り注ぐ。


 「聖剣抜刀っ、“断一空(たちひとそら)”ッ」

 「燃やしてやらぁッ! 逆巻け風よッ、散れ“燦炎燐(さんえんりん)”、【火葬輪轢(かそうりんれき)】ッ」


 腕花を振り乱し、(おぞ)ましい動きで飛びかかる獣王を烈剣姫の一閃が――、木々をなぎ倒し迫る大蛇を、悪徳嬢王(あくとくじょうおう)の2属性魔法が迎え撃つ。

 

 2頭が肉を散らしながら退くも、上空の肉翼(にくよく)は健在。地上と鳥の腹を繋ぐへその緒を収縮させ、精神汚染の勢いを強める!


 「種別限定:存在選別・空間隔離 選択魔導書:神聖城壁(しんせいじょうへき)“原典” 開 封ーっ」


 ヒトには見上げるしかない空の汚染源へ、【王立図書館】クレルトギスタが立ち向かう。

 体内に刻む記憶書庫より取り出したのは、魔を退け敵を阻む神聖城壁(しんせいじょうへき)。数百年前の戦時下に生み出された広域結界魔法の原典である。

 この魔法の神髄は選別。()()()()()強固な隔離。

 運命神は世界を造りたもうた、しかしヒトと魔は同じく世界の一部。不死の(ことわり)を除き、穢れの是非などあろうはずもない。

 この魔法は神でなくヒトが編み出した、魔術式により阻むべき“敵“を選ぶ論理であった。こと退魔という問答無用の奇跡においては、日本が数歩先をゆく。


 山際は光の壁で包まれ、中の異形達はビン詰めの汚濁が如く()まり波打つしかない。


 「迷宮の包囲封印、完了ー。こっちからの出入りは自由ですけど、範囲が範囲ですからー、伝えた通り長くは持ちませんよ?」


 「十分」


 「本当に、おひとりで中心に向かうんですかー?」


 「やっぱり伽藍も一緒に……っ」


 「言っただろう? 女性は魂が侵されやすくて近づけない。男の方が敵視一辺倒なだけマシなんだ。――じゃあ始めてくれ、クレルトギスタ=ファルクス。そして、論亜ウィズダム」


 「お、やっと僕の出番かい?」


 “(アケ)”を従えた論亜ヴィズダムと、魔力情報体としての本を掲げクレルトギスタが前へ踏み出した。


 ・

 ・

 ・


 クレルトギスタは本の文字をなぞり、数分前の打ち合わせを思い出す。


 ―― “彼女”に名を(ほう)じる


 先の説明への矛盾を孕む墨谷七郎の言葉に、(しろがね)伽藍(から)を始めとした若者達は目を丸くしていたものだ。


 “イヤイヤイヤ!? それが危険だって話してたばっかじゃねぇかッ”

 “神様の、お名前……”


 悪徳嬢王とラコウ人の少女の困惑に、まず答えたのは論亜ちゃんだった。


 “あの迷宮核が持つ能力で一番厄介なのは何だと思う? それは魔力エネルギーで構成された存在そのものが、肥大しきって限りなく無限に近い事さ。エネルギー体である神性を消滅させるには、魔力の枯渇が唯一の方法なんだけど――”


 “じゃあ、どうやって倒せって言うのよ!?”


 “話は途中なんだ、黙って聞き給えよ伽藍くん”


 “あの女神は、いま無限の質量を持っている……というより、核から底なしに魔力が湧き出ている状態だ”


 論亜ちゃんと伽藍ちゃんの間を(いさ)め、墨谷七郎が説明を引き継ぐ。彼は冷静で、迷宮核についてとても詳しい。やはり届いた紙はこの人が書いたのでは?


 “逆に今の状態だからこそ、彼女は()()()なんだ”


 “今だから?”


 伽藍ちゃんはまだ怪訝な表情。届いた情報を読んでいなければ、誰でも同じ反応になると思う。

 それでも彼は、真っ暗な瞳で説明を続けた。


 “彼女はいま誰でもない。ただ底の無い呪いの海。ここに名というカタチを与える”


 “するとあの神性は、いままで朧気だった存在を固定して真の存在強度を得るわけだね”

 

 “え……じゃ、じゃあ、名前を得る前よりもっと強くなっちゃうってことですかっ?”


 “当然じゃないか。肉のカラダを形作る魔力密度が増大するからね。呪いの汚染も強力に、物理的な干渉力もハネ上がるだろうとも! つまり、より攻撃力が増す”


 “……そうかっ……そういうことか。これが、あの魔物の不死性を攻略する為の――”


 “どういう事メセルっ?”


 策への戦慄と苦難を察したメセルちゃんの代わりに、墨谷七郎が伽藍ちゃんに答える。


 “かわりに、彼女は無限を失う。名に込められた(おそ)れに縛られ、初めてあの女神は有限を得る”


 “無量大数をかき回すだけの‘無意味’から……そうだね、数字に置き換えて……1000(けい)ぐらいを削れば倒せる‘戦い’に持ち込めるんじゃないかな。とても効率的だろう?”


 “ここに居る10人くらいと、1000、京? ひどい戦力差”


 なんだか論亜ちゃんと墨谷七郎の息がピッタリ合っているように見える。まるで気心知れた友達みたい。

 ゼナちゃんとメセルちゃんも、昔はそうだったのになー……。


 “途方もないハナシだな、オイ……”


 “でもちょーっと問題がー……名前を刻もうとしても、呪いが強すぎて上手くいかない可能性があるんですー。あの巨大な存在へ術式を叩きこむのは至難の技ですよ?”


 そう、ここが問題。術式自体は自身の“蔵書“をいくつか引っ張りだせば扱える。でも魔力量の差はどうにも出来ない。術の浸透には相応の魔力消費が必要……それを、山一つ分の呪いに行うとなると――……。



 「――じゃあ手筈どおりに始めようかっ。まずは僕の番だね」


 クレルトギスタの意識は、論亜の声によって記憶から現在へと立ち戻った。手には数冊の書が浮かぶ。

 これは魔力から具現化させた、日本とウィレミニア双方古今東西のあらゆる儀式を記した図解記録。

 クレルトギスタはこれより、様々な神事の手順を抽出融合させ、かの(まが)つ神へ最も効果的なアプローチを即興で作り上げなければならない。


 「さあ実験だ! (くさび)を打ち込んでやろうともっ」


 (くさび)。この初動こそ、無限魔力へ抗う解決の一手。

 嬉々とした様子の論亜の横で、墨谷七郎は微かに憎々し気に呟く。

 

 「2度だ。この方法が効果的なのは、日本で2度証明されてる」


 男の顔に、クレルトギスタは計り知れない暗闇を見た。楔という手法が、彼の人生に大きすぎる変化をもたらしたのだと、知識としては察している。


 「最初の楔は俺達初代魔導隊を生んだ。次の楔は魔王の牙。逢禍暮市(おうまがくれし)を食いちぎる為の楔……全部、終わった後で知った事だけどね」


 初代魔導隊は、ゲートの座標固定を(にな)う楔が生んだ副産物。

 運命を喰らう天蓋は、魔物の姿をした楔の死により崩壊を得た。


 「おつらえむきにデカいの3匹、迷宮核への“挨拶”には丁度いい」


 「七郎に言われるまでもないっ! 照らし合わせはもう済んでる、さあ君たちの正体を僕が暴いてあげるよっ」


 論亜が名付けるのは異形の3頭。日本の土地に刻まれた伝承と、人の遺伝子に根差した恐怖に呼ばれた人ならざるモノ。

 

 まず論亜が指さしたのは、頭蓋を失う獣の王。

 


 「首を切り落とされてなお、(あだ)を噛み殺す犬の怨念。“妖怪・山犬(やまいぬ)”」



 神聖城壁の(おり)の中、光壁(こうへき)へ爪を振るっていた首無し巨獣に変化が起きる。

 魔力は目に見えて増大。同時に腕蠢く表皮が禍々しい光に包まれて、かつての汚らしい毛皮に包まれた体を取り戻していく。

 失った首は戻らないが、切断面から伸びる女の腕々はより色白な肌となりグロテスクに揺れた。



 「現代まで秘され続けた、巫女と大蛇の陰惨な蟲毒。“大怪異・姦姦蛇螺(かんかんだら)”」



 腐臭を放つ黒水から大蛇が飛び出し、尾の先端を振り回しのたうち回る。

 手指が敷き詰められたうねる胴は、皮を裏がえしながら(うろこ)を並べ――毒々しい(くちなわ)の模様を描き出す。

 尾先から登る鱗化(りんか)の変異は、頭があるはずの部分で止まった。口の代わりに開いたのは肉の(はらわた)、その内側より生白い女体が生えて来る。

 長い黒髪、蛇の瞳、歪みながらも色気を漂わせる唇。阿修羅像を思わせる多腕は、豊満な上半身を隠そうともしない。

 (いびつ)で神々しい異形の真体が、彩色(さいしょく)()て悠然と(たたず)む。



 「産み子を抱けずに死んだ女。無念に鳴いて子を(さら)う鳥妖。“妖怪・姑獲鳥(うぶめ)”」



 手のひら手の甲、表裏問わずに寄せ生えた(うで)襦袢(じゅばん)が、硬くベタつきすら感じる羽毛へと成り代わる。もはや鋭利に翼は羽ばたき、(くちばし)と鳥足も本来の殺意を取り戻した。

 深海魚じみた大目玉が、腐水の涙をまき散らす。

 国貧しく、(いくさ)絶えない大昔より、語り継がれた子攫いの妖怪変化。

 腹を裂き開く大口は、幼い(にえ)を求めて誘う。


 「(これが魔獣なんかとは比較にならない、妖怪クラスの魔物……鳥肌が止まらないッ)」

 

 気圧される伽藍をあざ笑うように、霊園山が狂気に震える。

 これは妖怪変化共の嘲笑にして、根源たる女神の嬌声(きょうせい)。己の爪先が色づくは、死してなお喜びには違いなし。


 すでに呪いは爆発の如く勢いを増し、腕肉の濁流は夜空へ昇る噴火と化す。


 「 聖剣 抜刀 」


 (しん)(こころ)を通す張り声は、ここに立つ全員の目を奪う。

 見るだけで吐き気を催す肉の暗雲が、空の暗黒に(みずうみ)()み広げていくなか、地上では呪いと対極を成す清浄が(きら)めいていた。

 ついに異世界最強の戦乙女が、呪いを打ち滅ぼさんと全身全霊の必殺を放つ!


 「現在女神の(ウェザルディ)聖剣(カリバール)――!!」


 聖剣を振り下ろすメセルキュリアは、極彩色と聖白を兼ねる極大魔力を山上(やまうえ)に向け解き放った。

 光の奔流は触れれば全てを消し去るだろう。土と岩の山など他愛もなく崩すだろう。

 ウィレミニア最高の破壊兵器に、目撃者は呪いの消滅を盲信させられた。


 そう、盲信だ。神の奇跡が、呪いの海に阻まれる。


 「おのれ――、聖剣と、拮抗するだとぉ!?」


 我が目を疑うメセルキュリア。名など与えずとも“聖剣であれば”と心のどこかで思っていた。

 数多の敵を、魔を、ウィレミニアに仇成すものを(すべか)らく粉砕した自らの誇りが、まさか遠い異世界の地で屈辱を得ようとは。

 呪いの具現化である腕の呪海が、大波(おおなみ)激流となって聖剣の光を押し返す!


 「むかしむかし、獣人の国に人々を飲み込む欲の迷宮がありましたー……」


 聖剣の敗北。ウィレミニアに生きる者にとって、悪夢より恐ろしい光景。

 うなされるように、クレルトギスタが知識を語る。


 「人は己の世界を守るため、迷宮は己の存在を人に刻むために……」


 図書館を名乗る星譚至天は、紙束にあった最後の封印を静かに()く。


 「()()()も、きっと何か願いがあって世界を(けが)すのでしょうー?」


 儀式書から術が浮かぶ。3つの(くさび)が呪いの心臓へ届く道を示す。

 

 あとは、名を呼びかけるだけ。



 「星譚至天【王立図書館】の(くらい)において、ここに【魔王】の出現を宣言しますー。かの女神の真名は 悪霊迷宮、その亜種――」



 腐敗を孕む(よど)み水。泥と呪いの(けが)れ水。


 血よりも黒い水底(みなそこ)の闇が、応えるようにいま真なる姿を露にした。

 

 山頂から空へと()れる汚濁の色が、澱む(ねば)つきを引きはがし、ヒトを狂わす(あお)に輝く。

 空から地上へ、天から地へと、蒼黒(そうこく)の滴が降り(くだ)る。



 (かばね)を沈める天の池 地獄渦巻く肉の呪詛

 千手の未練が水面(みなも)に咲いた 情念の恨みが(ほとけ)を超えた

 

 白の腕が、夜闇の蒼から幾百幾千も垂れ下がり、(おのれ)(とうと)しと蓮花(れんか)()まむ


 (おが)(おそ)れよ 柘榴(ザクロ)で濡らす口穴も無く、救いを呪う千手の御手(みて)

 (しず)(おぼ)れよ 恋し愛する子すらも喰らう、羅刹(らせつ)(けが)れた母なる愛に

 


         魔 王 顕 現

   

    悪霊迷宮・亜種  (みな)(そこ)(せん)(じゅ)()()()(じん) 




 「(いま助けに行く。必ず君を取り戻してみせるから、待っていてくれシルヴィア)」


 世界を侵す、(おぞ)ましい大怨霊を前にして、墨谷七郎の決意は寸分も揺らがず燃えているのだった。


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