霊園山防衛戦線(2)
華瓶街が広がる土地のすぐ傍。
墓地区画の一角に急遽設置された仮設本部は、混乱の最中にあった。
シスターシルヴィアから指摘されていた大狂行。
証拠や確証も無い話であったが、10年も前から人々を信仰心と魔法で支えてきた彼女の話を、一蹴することはできない。
普段より不死者や魔物と相対してきた霊園山義瑠土は、それなりの危機感を持っていたつもりだ。
だが危機感は全く足りていなかったのだ。
経験したことのない魔犬の大群による侵攻。
外部との連絡が完全に断たれた予想外の現状。
とにかく今できることを霊園山義瑠土のマンパワーのみで行う為、怒号のような声量で報告と指示が仮設本部内で飛び交っている。
そんな中、場違いに何も出来ていない者が2人。
ライル・サプライと小野道である。
大狂行が始まった際、ライルは義瑠土の人間に華瓶街への避難を勧められたが、戦闘の前線にいることを望んだのだ。
それに小野道は絶望的な顔で付き従っている。
「(話が、違うぞ)」
ライルは椅子に座り、周りを見渡す。
まともな魔法適正もないであろう、劣った国の無能な人間共が騒いでいる姿は、醜い事この上ない。
しかしライルの気に障るのは別の事柄。
シスターシルヴィアが此処に居ないことだ。
「(あのふざけた女は……。七郎とかいう男の、不正搾取の証拠を掴むのではなかったのか?)」
当のシスターは華瓶街の結界の維持に注力し、街を離れられないと聞く。
ならばこの危険極まりない場所に態々出向く必要は無かったのだ。
今更離れようにも、街までの道中が安全とは言い難い状況。
仕方がない。今はこの場所に留まるほかないようだ。
「すまないが、ライル……さんは……何か、魔法が使えたりするのか? それに向こうの世界での、こうした時の解決策を知っていたりは……」
義瑠土仮設本部にいる男のひとりが、藁をも縋る思いで異世界出身のライルに助言を求める。
「知りませんよ。下級な魔獣ごとき、そちらでどうにかしてもらわねば。ああ、それと。サプライ家の人間を戦いに駆り出そうなど――」
「いや、もういい。そこで座っていてくれ」
「な、なに?」
これ以上の問答は時間の無駄だと悟った義瑠土の男は、すでに踵を返している。
プライドを傷つけられたライルの顔に血が昇るが、テントの近くで聞こえる魔犬の鳴き声で、昇った血の気は引いた。
ぶつぶつと小声で不満を漏らすライルを見て、小野道は気づかれないよう溜息をつくのだった。
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一方、華瓶街では避難が間に合わなかった少数の一般人が、建物内で身を寄せ合っている。
ここに櫻井桜がたったひとりで護衛にあたっていた。
いや、避難者の護衛とは名ばかりで、正式な義瑠土登録員でない彼女を一緒に避難させている形だ。
他に結界内で遊ばせておける人員の余裕はない。
「(墓地区画の方はどうなってるッスかね……?)」
華瓶街は対魔物用の結界が常時展開されているが、魔物の大規模攻撃に晒された場合、長時間耐え有るものではない。
緊急時の為、魔法に秀でたシスターシルヴィアが結界の強化を行っていると小耳に挟んでもいるが、不安は尽きなかった。
すでに山内の結界の無い場所には魔獣魔物が出現している。
実際、華瓶街から山外に出るルートには多数の魔犬が出現。そのせいで避難が終わらなかったのだ。
墓地区画が突破されてしまえば、多くの魔獣達が街になだれ込むだろう。
シスターが強化していようと、土地を覆う為に薄く広げているような結界。絶対に破られる。
その時、わたしは……。
「どうしよう」
桜とて呪符を用いた基本的な戦闘は行えるが、義瑠土登録前の見習いのような立場。
結界が破られれば、眼前で怯える人々を守れる自信など無い。
不安に押しつぶされそうになっていた時、建物のドアが開いた。
「皆さん。お集まりですね?」
「……」
結界に魔力を注いでいるはずのシスターシルヴィアが車椅子を漕ぎ、姿を現したのだ。
後ろには無口な壮年の男が続いている。
逃げ遅れた人々の視線を集めるシルヴィア。彼女は、桜たちが行うべきことを簡潔に伝える。
「皆さんには霊園山から退避していただきます」
避難の目途が立ったのだと思い喜ぶ人々。微笑みを絶やさずにシルヴィアは彼らを見つめる。
「どうやら私が、戦いの場に赴く必要があるようです。ですので遺憾ですが華瓶街への魔力供給は他に活用し、街の結界は放棄します」
「で、でも、どうやってっスか。歩いて道を下山は……出来ないッス」
自分の力では守れない。
無力を感じ、拳を強く握る桜。
だが、続くシルヴィアからの予想外の答えに、悔しさを忘れ疑問符を浮かべることになる。
「線路を使います」
――どうやら秘密の奥の手を使う時が……来たようです
シスターシルヴィアは一層笑みを深め、桜へ霊園山の秘密の一つを打ち明けるのだった。