表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/316

霊園山防衛戦線(2)


 華瓶街(けびょうがい)が広がる土地のすぐ傍。

 墓地区画の一角に急遽(きゅうきょ)設置された仮設本部は、混乱の最中にあった。


 シスターシルヴィアから指摘されていた大狂行(スタンピート)

 証拠や確証も無い話であったが、10年も前から人々を信仰心と魔法で支えてきた彼女の話を、一蹴(いっしゅう)することはできない。

 

 普段より不死者や魔物と相対してきた霊園山義瑠土は、それなりの危機感を持っていたつもりだ。


 だが危機感は全く足りていなかったのだ。


 経験したことのない魔犬の大群による侵攻。

 外部との連絡が完全に断たれた予想外の現状。


 とにかく今できることを霊園山義瑠土のマンパワーのみで行う為、怒号のような声量で報告と指示が仮設本部内で飛び交っている。


 そんな中、場違いに何も出来ていない者が2人。

 ライル・サプライと小野道である。


 大狂行(スタンピート)が始まった際、ライルは義瑠土の人間に華瓶街への避難を勧められたが、戦闘の前線にいることを望んだのだ。

 それに小野道は絶望的な顔で付き従っている。


 「(話が、違うぞ)」


 ライルは椅子に座り、周りを見渡す。

 まともな魔法適正もないであろう、劣った国の無能な人間共が騒いでいる姿は、醜い事この上ない。

 しかしライルの気に(さわ)るのは別の事柄。

 

 シスターシルヴィアが此処(ここ)に居ないことだ。


 「(あのふざけた女は……。七郎とかいう男の、不正搾取の証拠を掴むのではなかったのか?)」


 当のシスターは華瓶街の結界の維持に注力し、街を離れられないと聞く。

 ならばこの危険極まりない場所に態々(わざわざ)出向く必要は無かったのだ。


 今更離れようにも、街までの道中が安全とは言い難い状況。

 

 仕方がない。今はこの場所に留まるほかないようだ。


 「すまないが、ライル……さんは……何か、魔法が使えたりするのか? それに向こうの世界での、こうした時の解決策を知っていたりは……」


 義瑠土仮設本部にいる男のひとりが、(わら)をも縋る思いで異世界出身のライルに助言を求める。

 

 「知りませんよ。下級な魔獣ごとき、そちらでどうにかしてもらわねば。ああ、それと。サプライ家の人間を戦いに駆り出そうなど――」


 「いや、もういい。そこで座っていてくれ」


 「な、なに?」


 これ以上の問答は時間の無駄だと悟った義瑠土の男は、すでに(きびす)を返している。

 プライドを傷つけられたライルの顔に血が昇るが、テントの近くで聞こえる魔犬の鳴き声で、昇った血の気は引いた。


 ぶつぶつと小声で不満を漏らすライルを見て、小野道は気づかれないよう溜息をつくのだった。


 ・

 ・

 ・


 一方、華瓶街では避難が間に合わなかった少数の一般人が、建物内で身を寄せ合っている。

 ここに櫻井桜(さくらいさくら)がたったひとりで護衛にあたっていた。


 いや、避難者の護衛とは名ばかりで、正式な義瑠土登録員でない彼女を一緒に避難させている形だ。

 他に結界内で遊ばせておける人員の余裕はない。


 「(墓地区画の方はどうなってるッスかね……?)」


 華瓶街は対魔物用の結界が常時展開されているが、魔物の大規模攻撃に(さら)された場合、長時間耐え()るものではない。


 緊急時の為、魔法に秀でたシスターシルヴィアが結界の強化を行っていると小耳に挟んでもいるが、不安は尽きなかった。


 すでに山内の結界の無い場所には魔獣魔物が出現している。


 実際、華瓶街から山外に出るルートには多数の魔犬が出現。そのせいで避難が終わらなかったのだ。


 墓地区画が突破されてしまえば、多くの魔獣達が街になだれ込むだろう。

 シスターが強化していようと、土地を覆う為に薄く広げているような結界。絶対に破られる。


 その時、わたしは……。


 「どうしよう」


 桜とて呪符を用いた基本的な戦闘は行えるが、義瑠土登録前の見習いのような立場。

 結界が破られれば、眼前で怯える人々を守れる自信など無い。


 不安に押しつぶされそうになっていた時、建物のドアが開いた。


 「皆さん。お集まりですね?」

 「……」


 結界に魔力を注いでいるはずのシスターシルヴィアが車椅子を漕ぎ、姿を現したのだ。

 後ろには無口な壮年の男が続いている。


 逃げ遅れた人々の視線を集めるシルヴィア。彼女は、桜たちが行うべきことを簡潔に伝える。


 「皆さんには霊園山(ここ)から退避していただきます」


 避難の目途が立ったのだと思い喜ぶ人々。微笑みを絶やさずにシルヴィアは彼らを見つめる。


 「どうやら(わたくし)が、戦いの場に(おもむ)く必要があるようです。ですので遺憾ですが華瓶街への魔力供給は他に活用し、街の結界は放棄します」


 「で、でも、どうやってっスか。歩いて道を下山は……出来ないッス」


 自分の力では守れない。

 無力を感じ、拳を強く握る桜。

 だが、続くシルヴィアからの予想外の答えに、悔しさを忘れ疑問符()を浮かべることになる。



 「線路を使います」


 ――どうやら秘密の奥の手を使う時が……来たようです


 シスターシルヴィアは一層笑みを深め、桜へ霊園山の秘密の一つを打ち明けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ