激昂獣拍
鎧は、逢禍暮市に散らばり残された初代魔導隊の遺品を寄せ集めて手直ししたもの。
10年前に軍から聖堂神聖騎士が回収したのだ。
死した初代魔導隊3名の遺体は見つかっていないそうだが、鎧の一部だけは発見されていたらしい。
まるで、いまだ黒牢の外へ抜け出そうとする遺志を宿すかのように墨谷七郎の手元に集った。
彼自身の鎧は変異の際、全て灼け溶けてしまったので存在しない。大部分は身一つで闇夜に羽ばたいた鷲弦愛魚の装備品であり、ほか大きく破損した部位は鹿波虎郎や璃音ウィズダムの遺品である。
墨谷七郎の肉体はヒトならざる構造だが、それでも腕を畳み筋繊維を絞り、かろうじて修復された鎧を着ることができた。
鎧は七郎へ過去ヒトであった頃の郷愁を与え、同時に尋常ではない苦痛と恐怖の記憶をも呼び起こす。
苦痛とは、耳にこびり付く黒牢で死した人々の断末魔。恐怖とは仲間達との別離。
砕けそうになる魂を保つには仲間との優しい思い出に縋るほかなく、故に漏れ出す嗚咽は涙を呑んでかみ殺すのだ。
今日再び還り立つ初代魔道隊は、布に包まれていた武器を構える。
握るだけで勇気が湧き出す、恩人たる戦士の生きた証を。
≪うっそでしょおーーーー!? 黒騎士と同じ“初代魔導隊“!? 大ニュースだよコレーー!?!?≫
―― 初代魔導隊は黒騎士以外全員死んだんじゃないのっっ?
―― やばいって、すげーサプライズじゃん!
―― そーだわ、アレ昔テレビで見た鎧じゃんッ
「どどどどーいうことですのーッ!? 墨谷さんが初代魔導隊―ッ?」
「――ガチ? あたし魔導隊に洗脳魔法ブッぱなしたわけ? あとで国に消される?」
「ホントに? なんかの間違いじゃ無くて?」
「ニーナ先生がこんなタイミングで噓つくワケねーだろ駒子。おれっちは逆に納得だね、あの身体強化は第1世代のチカラだったってことだ」
「光臣に正論説かれた……いやだぁ、もう終わりよぉ」
「おぉい?」
「ふん、裏付けを取るまでもない事だったね……まったく、兄も思いのほか生真面目な面があったらしい……家族にくらい打ち明けてくれればいいものを……」
「…………七郎さま」
驚愕、憧憬、期待……様々な感情の矛先が向く決戦場。ここに立つ当事者もまた、墨谷七郎の立ち姿に心が震える思いだ
「(まさか、墨谷と並んで戦うことになるなんて)」
黒騎士と隣り合わせに立つのは、彼自身を苛む罪の証。恐れを感じる――、だがそれを塗りつぶす“何か”も感じる。
エルフの師による激に魔力滾るのが何よりの証拠。知らず内にかつて並び戦った日々を思い出す。
「(どうしようどうしよう今更こんな気持ちになるなんてっ)」
逆に初代魔導隊と相対す剣姫は、過去に積み重ねた自らの行いを思い出し、心と体が停まったまま。
「(伽藍を助けてくれた人。ずっと憧れだった人っ。嘘じゃない、ニーナの言ってることは本当っ。同じなのよ……鎧も、誰かを守るために立つ構え方も! わかった、伽藍の恩人は鋼城さんじゃ無い! 墨谷七郎が10年前のっ――……10年前と同じ……10年経っても、ぜんぶ同じ……?)」
感情に思考を埋め尽くされる黒騎士と烈剣姫であるが、奇しくも2人には共通する確信があった。
「(オレは、いよいよ過去に追いつかれた。よりにもよって世界の目が集まる現在――ッ)」
「(とにかく伽藍は現在、憧れの前に立ってる! ウィレミニアと日本の融和を祝う舞台で、伽藍は――ッ)」
それは、己の運命が今まさに世界の中心であるという自負だ。
自らの物語は自らの物。過去が現在と繋がり、自分こそが物語の中心だと思い上がるのも無理のない事だろう。
両者は疑いも無く剣を抜く。
「 黒化顕現 炎獣殺 ッ」
鋼城は己が罪を犯す前の、遠い思い出に引き寄せられて。
かつての戦友へ一抹の引け目を感じながらも、鎧の厚みを魔力で増し、熱を剣に纏わせる。
「 聖剣 抜刀 ――!」
伽藍は憧れの恩人に、己を見てもらいたい衝動に身を委ねて。極彩色の刃を掲げ上段に構えた。
「 テ メ え えぇぇぇぇぇぇぇぇ ッ !! その 槍 ドコで手に入れたああああああッッ 」
「「 っ!? 」」
その時、アリーナ全体が怒りの絶叫に震えた。
断言しよう。この舞台は、鋼城勝也と銀伽藍が為の物語ではない。
これは艱難辛苦を乗り越えた彼女こそが得る、引き裂かれた運命を奪い返す為の物語だ。
・
・
・
≪ び、ビックリした。いまのヴィトーラ選手の声っ? ≫
≪ “悪徳嬢王”……なんて魔力!? 今までの戦いで、まだ全力を出していないとは思っていたけど、これほどの……っ ≫
怒りと魔力は共に臨界。怒号の主は頭をもたげて地面を睨み、理性を奪おうとする憤怒に抗っている。
しかし魔力に当てられた、赤と茶が綺麗に混じる彼女の髪が、風に逆巻く火のように暴れ煌めくのだ。それでも一部の髪は形相を隠す様に垂れ下がり、怒りの矛先からは表情を伺い知ることは出来ない。
なおも女海賊は震える声で言葉を吐き出す。
「アタシはなぁ七郎……テメェのことを気に入ってたんだ」
名指しされた男は、女海賊を煽るように大槍を軽々とひと回し。その後ビタリと重心を据えて制止した。
「だがソレは見過ごせねぇ。その槍はテメェのモノじゃねぇよ」
「いいや。俺の大事な槍だ」
ここにきて七郎は初めて声を発した。この場にいる全ての人間が、怒気によって生みだされた静寂を乱さずに双方の声を聴く。
「デタラメ言うなっ。槍のデカさも重さも、テメェの図体に合っちゃいねぇ。なあ、だろうが?」
ヴィトーラの指摘通り、確かに七郎の持つ槍は持ち主の体に対して大きすぎる。槍は只人の手に在ればまるで丸太。だからこそ、コレを軽々と振り回す七郎の異常性が際立つ。
「この槍は、俺をずっと支えてくれた槍だ。コレのお陰で俺は誇りを失わなかった。どんなに自分が醜く見えても、俺が彼等と共に戦った人間なのだと思い出させてくれた」
「……ッ」
「コレが欲しいか! 女海賊ッッ!!」
今度は槍持つ男の烈声が響く番だった。亀裂の入った兜から、意力と共に織火のような炎が奔る。
「コレは渡さないッ、渡してなるものかよッ。コレは俺の友から託された誇りだ!!」
「――」
「なぜ欲しがるッ? この槍はお前にとって何だッ? 何の理由があって、俺が縋る誇りを否定する!?」
指をさされ、燃える瞳に睨みつけられる都度、宝剣を握る女は震えに侵され――。
「お前は何の為この世界に来たッッ? 何故俺の前に立ちはだかるッ?」
「が、ああああああああああああ!」
ついに女は、光る宝剣を投げるように地面へ突き立て、振り上げた足で地面を踏み砕く!
片足で何度も、何度も、何度もっ!
「(ヴィトーラ……っ、いったい何をそこまで苛立って――?――この、音……)」
七郎とヴィトーラの口上に隙を見いだせず、ただ黙って見守るしかない伽藍であったが、よく耳をすませれば闘技場に響く乱暴な音に違和感が混じる。
そしてついに発狂じみた地響きが止んだ時、生じた違和感……いや異音の正体を察した。
「(これ、地面を壊す音じゃない。ヴィトーラの体からっ……心臓の鼓動!?)」
魔力に満ちた彼女のカラダから、振動に感じる程の拍動が漏れ出している。
力強く勇猛に、エンジンのような脈動を以て、律を成すが如く美しい鼓動が響くのだ。
「アタシ、はぁぁ」
石畳に突き立った葦沙刃の柄と刃の境目、装飾美しい鍔の上へ、女鹿のような足が乗る。
「嬢ッ……我ラは幾度、その背中に苦労を背負わせてしまうのか!? ……だが……アア、ダガ……頼ムッ、取り戻してクれっ。あの、槍はあぁぁァァ」
「なんだってんだレギラガっ? “悪徳嬢王”は何を怒り狂ってやがる!?」
「その名デ呼ぶな! 嬢は“そのヨウな名”では無い! 望んでナいッ。誰が海賊などと謗られ喜ぶものカッ。“ヴィトーラ”は海賊から奪っただけの家名ダ! 」
ヴィトーラが文字通り怒髪天を衝いた時、同じくして特別観覧室でも悲壮な声が上がっていた。
獣牙種レギラガがヴィトーラに詫びながら、大粒の涙で床を濡らしている。
「アノ子は草原の風に生きるハズだった! 我等が“勇気“の愛シた娘! 一族の苦難を背負ってデモ、闇に迷う我らに希望を与え続けてクレたのだッ。ウ、グゥゥゥ――」
「ああ、エヴァやノスフォロスらの精神汚染の影響を強く受けていたのは……‘獣人の血’か」
「我らが勇気、一族? てぇと、そうか……ヤツぁ……」
ここに立つのは平原の風。今や悪を振りかざす悪徳嬢王。
父の色と母の色……両者の愛を髪色に宿し、愛を失い彷徨い続けた、獣の国の悲しき少女。
「アタシは――」
律を唄う少女の手には、脈打つような魔力の電流。地を奔るチカラのうねりが石畳を隆起させ、宝剣の柄を硬く、長く伸ばしていく。
握られた剣はもはや剣にあらず。片刃の刃を頂点に据えた偃月刀へと姿を変える。
「アタシは……GreV::GuRoo――!(アタシはぁぁ――!)」
「 お前は、誰だぁッッ!! 」
鼓動は言葉、律動こそが彼らの心。番い育む愛こそ宝。
遠い故郷の懐かしい風は、槍の穂先の輝く鋼に、誇らしげに微笑む巨躯を映す。
「 KuRnnz:.HRuuEeGda-Guuuu SEGIN IHIiiHOls.::. SIiLiiNッ WruuUVgeRDEEdHOoU !!(平原の覇者たる獣牙種氏族、”偉大なる勇気”セギンが娘 シーリーン ! 母の魂を父の元へ還すべく、世界を渡りこの国へ来た!)」
「……JIOJest::EoHoOO::.. KunoLckVOOb:::SEGIN(ではかかって来い。セギンが愛した宝物よ)」
「 HaAAAAAAAAAA――!」
セギンの娘は咆哮を上げ――セギンの友は唯一直線に――両者は地を砕き駆けだして、誇りを込めた一振りをぶつけ合う。
衝撃の余波は呆然自失であった観客達に、今大会最上の熱を押し広げていくのだった。
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