3大病魔
明らかに場の空気が一変していた。
「……なんでぇぇ? おひぃさまが居るのにぃぃ、おひぃさまが一番かわいいのにぃぃっ!」
俺は硬直する。皿を滅茶苦茶な指使いでなぞるラコウ人から噴き出す魔力に気圧されたのだ。針山を飲み込まされる幻覚痛すら感じる。
ホテルどころか、一帯の地域すべてを包むかのような禍々しさに唖然とするほかない。
ナーヴニルの魔力ですらここまでの重苦しさは無かった。
「魔王のお名前はぁぁぁ、おひぃさまだけに相応しいのにぃぃぃぃ!! こんなことってあるぅぅっ? あなたも嘘をつくのぉ? ひどいぃぃ、“お皿を割った”のはアタイじゃないのにぃぃぃ!」
「 ウ ゥ ム 不遜 で あ る な」
「異世界人の、無知ゆえの言葉です。目くじらを立ててはキリがありませんよ‘キク’?」
発狂したラコウ人の両隣りに、いつのまにか2人の男が立っている。移動してきたのも分からなかった。本当に突然姿が現れたのだ。
男達の発する存在感と魔力の圧も凄まじい。なぜ今まで警戒できなかったのかが不思議な程。
「あなたに責任が無いのは承知していますよキク。しかし同じように、この無知なニホン人に罪があるわけでは……おや? その視線の揺れ、心拍数、血のざわめき……心当たりがおありで?」
片側はタキシードスーツを着る理知的な男。髪は短く整えられており、笑顔を絶やさないまま女ラコウ人と平然と話す。
完璧に整えられた服装、表情、仕草……完全に過ぎるがゆえの違和感が、男のヒトらしさを欠いているような気がする。
「(そういえば、この男も会場で見た気がする。確か……誰かをテーブルから連れて行ったような……)」
「オ、オレは、嘘なんて……」
「ほほう。であれば一層、攪拌してから飲み干すあなたの血で真実を知ってみたくなります。ご主人様の手前、憚られるのが残念ですが……――失礼、下品にすぎましたね」
「う、うぅ」
「 グ ハ ハ ハハ ハ ハ 」
もう1人は赤黒い毛並みを波立たせる獣人。威厳と美しさを両立させた男らしい人間の顔と、頭の上に生える尖った犬耳が野性的な魅力を醸す男だ。
笑い声は低く、なのに大きく響く重低音。歪む口から大きな牙が覗く。
獣牙種の妻の中に居た、獣耳種の獣人に似ている。男の威厳ある風貌は、どこぞの貴族領主だと言われれば納得してしまう佇まいだ。
「エヴァ の 慈悲 は 愛 らし い。 で あるが 躾 は 必要 か」
獣人の残虐な表情に鋼城は尻もちをつき、その様を見た獣人はさらに嗜虐的な笑みを深める。
‘ゴキリ‘と鈍い音がした。妙な事に、獣人の顔から音が鳴っているのだ。
「病魔共、ニホンの地において勝手は許さんぞ。下がれ」
不穏な空気をメセルキュリアの一括が裂く。鋼城を庇うように立ちはだかる彼女の手には代名詞の【現在聖剣】が掲げられている。
なのに獣人やタキシードスーツの男は余裕の表情だ。
「わかりますよ。聖剣の魔力はご主人様が召されたばかり……いかに湧き出る魔力に際限が無いといえど、溜めにはまだ時間を要する」
「 キサマ から 噛み殺し て やろうか」
さらに獣人の骨が軋む。整えられた爪先が凶器へと変貌し、赤黒の獣毛がたてがみの如く伸びていく。
「病魔? 魔物なのか、あの3人」
「はいー、よろしければご説明しましょう」
「うあビックリした。……クレルトギスタ=ファルクス……」
彼女は、シルヴィアいわく“歩く魔道書庫”。魔力さえ有れば、術に収まらずありとあらゆる魔法的概念を“再生”することが出来る埒外の存在らしい。
シルヴィアはクレルトギスタを、計画のイレギュラーになり得る人物だと警戒していたが、俺にとっては感謝を伝えるべき女性のひとりである。
「……10年前はありがとう」
黒牢を打ち破る彼女の尽力は、霊園山で動き始めて少し経った後に知った。
もちろん、ゼナ=マカウの活躍も。件の新聞記事を手に入れた時は、シルヴィアはしばらく記事を胸に抱いて離さなかったのも覚えている。
預かった言伝をゼナに伝える機会があればいいが……。
「 ? どーいたしましてー……その背中に張り付いてる娘、“悪徳嬢王”? ってそんなワケありませんよねー。港をいくつも牛耳るヴィトーラファミリーのトップが、こんなカワイイわけナイナイ」
「というか俺達、見てるだけで大丈夫かな」
「エヴァちゃんが居るなら惨い事にはならないかと。逆にいなければ血の海ですけどー。だってぇ……彼らはそれぞれ、此方の世界で最強格の吸血種ですからー」
見ている間にも、獣人は巨躯の人狼へと姿を変えていた。
ヒトの相貌は既に無く、頭は狩猟犬を思わせる醜くも美しい獣頭へと変形。
「 GU KA A AA A U Uu――」
息を吐くだけで死が匂う。山羊に似た横長の瞳孔が、獣に怯える少女剣士の震えを喜んでいるのが分かる。
巨大な狼男と化した怪物の魔力は、先程の女ラコウ人が噴き出す魔力と重ね混ざり、とぐろを巻いて膨らんだ。
「最低でも200年以上前から記録や書物に名前が残ってる3人ですからねー。……“【黒死卿】、ノスフォロス”」
――頂を装う大狼を、ヒトは狂犬伯爵ノスフォロスと呼ぶ
獣人国家に連綿と続く闇の貴族にして、血を求む怪物。由来も定かでない古き吸血種の血筋。
牙で血を啜るは貴族の嗜み。吸血は血を通じて命を媒介する行為であり、同時に眷属を生む儀式でもある。
ノスフォロスの牙には獣化と隷属の魔力があり、血を吸われてながら命を拾った者は、臣下として彼に全てを捧げる運命を得るだろう。
恐ろしい事に、彼の臣下はヒトのみで無い。魔力など持たぬに等しい獣たちも、傘下に無数と控えている。
つまり飢え痩せた狼が、羽ばたく蝙蝠が、不浄を喰らう鼠の大群すべてが、ヒトを獣に変える病の感染源。
幾度か繰り返された獣人国家とノスフォロスの戦争は、いまだ彼を大いなる怪物として歴史に刻む。
弱き獣は、全て彼の爪に伏せる資格があるのだから。
「 はしたなくも | ご容赦を 」
タキシードスーツの優男には、狼男などよりも忌避感をもたらす変異があった。
頭が縦半分に割れたのだ。
鼻を中央線に顔面を二分割し、開く頭蓋の中に歯が並ぶ。それぞれの眼球が独自に蠢き、半分づつになった口が別々に声を発する。
「 久方ぶりです | ご主人様の残り香 | 渇きませんか? | 潤しましょう 」
いや、2分割どころの話ではない。男の頭は辛うじてヒトのシルエットに収まりつつ、さらに目玉や口をいくつも生成。
体の表面に黒い粘液が波打ち、半ば溶けた質感で手足以外の触手を生やす。
「“【深き穢れたる水】、ショゴス”」
―― ヒトを喰らいヒトの智慧を愛す、ヒトならざる粘水の怪物ショゴス
深淵粘魔は、捨てられた古い旧い水都の地下で生まれたと言われている。彼の名は個人の名でなく種族名であるが、同種は現在まで確認されていない。
都が廃棄された故に生まれたのか、深淵粘魔が都を廃棄させたのか……ともかく、今も彼は都の地下水路を城とする。
彼は、正確には吸血種の魔物に分類されない。しかしすべての吸血種が他者の血を”命と魔力の糧”とし、深淵粘魔も討伐に来た冒険者や魔法使いを同じ様に啜った事で吸血種と扱われるに至ったのだ。
深淵粘魔は、いつからか飲み込んだ人間の記憶と知恵を愛し、喜んで我が物とするようになる。
その欲は毒となり、水に漏れ出す不浄となってウィレミニアに熱病を広げた。さらに多くの人間を蕩かし喰う為に。
「お皿がねぇぇ何回数えても足りないのぉぉぉ、10枚なきゃいけないのにぃぃぃ。お皿がいちまーいぃお皿がにまーいぃぃぃ」
青ドレスを着た女の首が倍以上に伸びる。手足もだ。見上げる様な不気味な立ち姿。
黒髪は虫のように蠢き、紅い瞳はより丸々と輝きを増し、流す涙はとめどなく。
「“【呪殺しの飛縁魔】、キク”」
―― ラコウでは“皿屋敷のおキク”として知らぬものは居ない怪談
むかしむかし、今は滅びた武家の屋敷に、心優しい女が女中として働いていました。
女中は城で使う皿や茶わんといった器を清める仕事を任されていましたが、大層美しく、それでいて気が弱い。ほかの女中にはいじめられ目の敵にされていたそうな。
そんな折、心優しい件の女中が殿様の目に留まり、彼女は殿様の花嫁として召し上げられることになる。
しかし嫁入りの前日に心優しい女中が、殿様の家に伝わる家宝の皿を割ってしまったのです。
皿は10枚揃うことで家の繁栄を約束する宝物。怒り狂った殿様は、花嫁にしようとした女中を惨たらしく殺してしまい、亡骸を残った9枚の皿と一緒に城の井戸へ投げ捨てたのでした。
しばらくして、殿様が治める領地に病が流行ります。病は、水から生まれヒトの血を吸う虫によって広がり、たちまち多くの人間が熱に魘され死んでいく。
病を患い死ぬ者は、息が止まる前の晩必ず「皿を割ったはアタイでない。キクでない。お皿がたりない。お皿が足りない」と唸るという恐ろしさ。
そう、皿を割ったのは美しい女中の幸せを妬んだ他の女中であったのです。
流行り病は殺したキクの祟りだと察した殿様は、ついに酷く病に苦しむ女中達から真実を聞き出します。
とても後悔した殿様は、亡骸を投げ捨てた井戸へ許しを請いました。
女中たちも、やせ衰えた体で必死に許しを請いました。
その時です。なんと死んだはずのキクが、深い井戸から化けて出たではありませんか。
―― お皿がいちま~いぃ、にま~いぃぃ、ああ……いちまい足りないぃぃぃ
美しさが見る影もない恐ろしい顔で、キクは殿様の首へ飛びつきます。
殿様は血を吸い尽くされて死に、女中達も生きながらに皮を剥がれ、目玉を抜かれ、最後には殿様と同じように血を吸い尽くされて殺されました。
その後、病に満ちた町に夜な夜なキクが現れ、熱に弱る人間から血を吸い尽くし、武家が治める国は滅んでしまったということです。
「そんな3人が一緒に居る理由がエヴァちゃんなんですー。彼女がいるから3大病魔と戦わなくてすむんですねー。パチパチパチ」
ゆるい感じでとんでもない内容を説明されたが、では彼らを統べるエヴァとはいったい何者なのか……。
疑問ではあるが、まずは目の前の強者達への備えが先決だ。
「 エヴァ に 感謝 せ よ 」
「 あなたの | 血が | こぼされ | ないのは 」
「 おひぃさまのぉおかげだからぁぁぁ !」
「ひ、ひいいい!」
ついに鋼城は恐怖に叫ぶ。俺や烈剣姫など意識を保つ者も、怖気を感じずにはいられない。
竜子さんが寝ていて良かったと思う。彼らの姿も、魔力も、常人に耐えられるものではないだろうから。
しかし……そのあとに恐れた様な惨劇は起こらなかった。病魔達が気配も残さず消え失せたからである。
魔力に反応して駆け付けた”憧れのゴルドス”や”一輪挿し”の藤堂も、居ない魔物に刃は振れない。
どのような魔法を極めれば、あの魔力を忽然と消すことが出来るのか。鮮やかな退場に舌を巻くほかない。
無論、魔戦大会成功を祝う夜会は幕を閉じざるをえない状況だった。
ノルン神教は這う這うの体で逃げ出し、腰砕けの鋼城も明日のエキシビジョンマッチについてを言い残して逃げるように去る。
ナーヴニルはというと、後になって走ってきたノルン神教徒に何事か耳打ちされ
「母者が目覚めただトっ。~~っ、気障りな雄メっ、今は見逃してやル」
と捨て台詞を残しホテルを去った。ウィレミニアへ帰るのだろう。
「(ついにアイテールルが来るか……? いつでも来い、もう準備は終わる。魔法学島を落とす時だ)」
俺はひとり抑えきれない笑みを浮かべながら、混乱の会場を去るのだった。
……………………。
「――うぅん……なんだぁ? ヴィトーラとやらが、な~んでアタシに抱き着いとる!? ホレ起きんかッ」
「zzz」
「オイ嬢っ、起きんロっ」
ちなみにヴィトーラには別の抱き枕を宛がって置いて来た。ごめん竜子さん。
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