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そして牙の波が来る


 森が近い区画にある墓地でガドランは戦っていた。

 霊園山義瑠土(ぎるど)で仕事をする為の申請が通り、夜間巡回に参加したのである。


 敵は牙向く魔犬(まけん)。ガドランは(おど)りかかる敵に対し武器を振るう。

 

 武器は義瑠土にて貸与(たいよ)された大型警棒。その長物(ながもの)型。

 大柄なガドランの背と同じ長さを持つ、金属の塊である。


 魔力強化された筋肉で軽々と振るった長棒(ちょうぼう)が、魔犬の体を打ち据えた。


 ――GAaaGu!


 獣らしい悲鳴を上げ、数メートル先へ転がり(かす)かに痙攣する。

 魔犬の骨を砕き、臓物を潰す手ごたえを感じたガドランは、目の前の魔獣の処理を終えたことを悟る。


 「話にハ聞いていたガ……」


 多い。犬の数が異常だ。

 墓地の巡回を始めてから時間は経っていない。しかし、ガドランは既に2匹の魔犬を(ほふ)っている。


 ――Gaaaaa!


 ――地ノ精霊ヨ、言祝(ことほ)ぐ我の石牙なりヤ


 「【 石礫弾(せきれきだん) 】」


 向かってくる追加の魔犬。

 距離を詰められる前にガドランは片足で大地を叩き、同じ側の片手を握りながら突き出す。


 詠唱と共に、拳の前に瞬時に生成される石塊。

 それは鋭利な突起を走狗(そうく)へ向け、回転と共に弾丸の如く射出される。


 放たれた【石礫弾】は的を外すことなく、悲鳴も許さず犬の頭蓋に大穴を穿(うが)った。

 これで3匹。


 故郷、獣人国家エイン=ガガンの魔獣蔓延(はびこ)る土地ならまだしも、日本で魔犬の群れに遭遇することは(まれ)である。

 ガドランは、(いま)だ幼少であった10年前の事件の(おり)にイヤと言うほど魔獣を見ているが、それでも霊園山での遭遇率は異常だと感じる。


 「本当ニ、大狂行(スタンピート)の前触れなのカモしれない、ナ」


 見た目通りの重量を持つ得物を握り直しながら、ガドランが気を引き締めてすぐ。

 今夜の巡回における相方が小走りに合流した。


 「ガドラン! そっちはどうだ」

 「今シガタ、3匹」

 「こっちも群れかよ」


 辻京弥(つじきょうや)が、得物である刀を抜いたまま辺りを見回す。


 ガドランが霊園山に訪れた初日に、すでに知り合っていた2人。今夜は辻京弥の強い希望で2人組のパーティーとなっているのだ。


 「まだ華瓶街(けびょうがい)義瑠土(ぎるど)を囲う魔物用の結界は余裕だけどな……何日もイヌの数が多い夜が続くと、流石に心配だな」


 「アア。だがソノ前ニ、巡回してイル登録員の消耗が激しい」


 「怪我人も多いぜ。傷用の回復薬があると言っても、こう戦闘が続くとな」

 

 霊園山義瑠土でストックしている外傷用回復薬液によって、切創(せっそう)咬傷(こうしょう)、骨折の部類は瞬時に回復する。

 しかし疲労は回復しない。

 むしろ体の治癒には相応の体力が消費され、回復薬を使用すると疲労感が増すばかりなのだ。


 生物としての体構造が魔力によって変異し、生命活動さえも魔力に依存する部分が大きい魔獣類は、体内の細菌が異常に少なく、受傷による感染症の心配がないのが救いではあるが……。


 「それにもう一つ、気になることがある」

 「ソレハ?」

 「不死者(アンデッド)を全然見ねぇ。これだけ魔犬が調子づくほど魔力が濃いのによ、不死者がいないってのは……どういうことだ?」


 疑問の答えを探る間にも、墓地区画内で接敵の声と照明弾が上がる。

 頭を切り替え、京弥とガドランは対処に追われるのであった。


 ・

 ・

 ・


 翌朝、霊園山義瑠土(ぎるど)には義瑠土上役の困惑する声が響く。


 「陸軍も魔導隊も派遣できない⁉ それに火器の使用も許可しない、ですって!?」


 上役の男は、魔術保護された回線で繋がる電話口に声を荒げている。

 霊園山の魔犬発生率が高まり続け、いよいよ危機感を持ち霊園山内の全面封鎖を視野に入れた事態となっているのだが、さっそく問題が起こった。


 帝海都にある日本義瑠土本部へことの次第を伝え、予想される被害を抑える為の応援要請を求めている。

 しかし帝海都や義瑠土本部は、大狂行(スタンピート)の発生について懐疑的なのだ。

 日本という国に定着する魔力は、異世界とは比べ物にならないほど少ない。


 ――日本で、異世界で起こる大狂行(スタンピート)など……


 霊園山の予想を「考えすぎ」と処理し、”そちらの独力で対処が可能だろう”という姿勢を日本義瑠土はとっている。


 ゲート開通後数年の混乱した期間であれば、多少の不確かな情報にも人命優先で軍を動かすこともあったが……起こる確証が心もとない災害には、対応が後手に回るのが現在の常識。


 混乱期には、機動性の高い初代魔導隊の存在があったことも大きい。


 となれば、突発した魔法的災害への対処をこそ主な活動とする、()()()魔導隊の出番。

 だが魔道隊は現在、ゲートを渡り異世界ウィレミニアへ訪問中で派遣できないというのだ。


 「一般人が多くいる観光地の隣で火器の使用など、誤射があればどう責任を取るつもりだ! 許可は出せん。義瑠土員で何とかしろ」


 と、火器使用制限のオマケまでつけて、日本義瑠土本部の人間は電話を切った。


 「応援の人員も来ない……。どうしろってんだ」


 霊園山義瑠土上役の男は、こめかみを抑え天井を仰ぐ。


 「まずは観光客の避難を優先せい!」

 

 その時、室内で響く一喝。


 守宮竜子(もりみやたつこ)が室内に入ってくる。

 そして上役の男の前に立つと、打って変わった穏やかな口調で語りかけた。


 「落ち着いて、ひとつひとつ片づけていけ。焦らず順番にな。お前さんならできるじゃろう?」

 

 竜子が語る言葉には、根拠がなくとも人を信じさせる信頼感がある。

 上役の男も竜子の激により気力を取り戻す。


 「まずは霊園山の避難誘導と封鎖を並行しなければっ」

 

 上役の男は、各部署への連絡を始めるのだった。


 ・

 ・

 ・


 「ゆっくり進んで、転ばないようにするッス」


 櫻井桜(さくらいさくら)は、華瓶街の中心地にて観光客の避難を誘導している。

 差し当たった危機を目の当たりにしないせいか、避難する人々に大きな混乱は見られないが、当然表情は固い。


 日本で珍しい迷宮という土地と、そこでの魔法技術や安全圏のツアーを目的に来ていた観光客は、【墓地区画と山中の危険が高まった為】という簡単な説明だけで退避を余儀なくされている。


 避難しているという状況への不安は大きい。

 誘導をしている中、母親に手を引かれる、今にも泣きだしそうな男の子が桜の目に留まる。


 「ボク~大丈夫っスからね。お姉さんが守ってあげるッス」

 「……こわくないもん」

 「お、偉いっすね。じゃあボクがお母さんを守ってあげるんスよ」


 「! うん!」


 男の子が機嫌を直し、礼を言う母親と共に去っていく。

 義瑠土登録員達は武装し、誘導や警戒を続けた。


 努力が実り、観光客の順次避難が9割がた終わった頃。そろそろ夕方、といった時間だろうか。


 華瓶街の中にいる櫻井桜は、墓所区画の方角から照明弾が上がるのを見た。


 夜ではない、日が照らす時間帯に接敵を伝える照明弾。

 燃焼の光というよりは、煙が狼煙(のろし)のような印象を与える。


 「(まだ夜じゃないのに、どうして)」


 桜の困惑はこれに留まらなかった。


 続けて上がる照明弾。

 照明弾。照明弾。照明弾。


 ―― な、なにが……

 

 周りにいる義瑠土員達にも困惑が広がる。


 桜は、急いで少し離れた箇所にある商業ビルに入り、身体強化を行い階段を駆け上っていく。

 ホテルを兼ねるビル内部に人の気配はない。息も切らさず昇り続ける。


 「(まさか、シスターさんが言ってた……)」

 

 ビルは華瓶街の中で墓地区画側に近く、十分な高さがあった。屋上に通ずるドアを開け、墓地区画の様子を伺う。

 見えたのは複数の魔犬と戦う、警戒に当たっていた義瑠土員達。

 

 そして、その後方。

 墓地に隣接する森から、無数に湧き出す犬達が横列(おうれつ)となり走ってくる。


 「なんスか、あれ……」


 夜を待たず、波が押し寄せ始めていた。


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