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聖剣の記憶(1)


 既に日も沈みきる宵の口。

 (しろがね)伽藍(から)はメセルキュリアに連れられ会場を抜け出し、ホテルの庭のような場所に来ていた。

 枝を整えられた木々やライトアップされた噴水などが、人々の目を楽しませる美しい庭園である。

 普段であれば宿泊客が訪れる憩いの場も、今は伽藍達2人のみ。

 室内からの明かりが、噴水の縁に腰を下ろすメセルキュリアと、彼女の横に立つ伽藍の影を朧げに浮き上がらせる。


 「墨谷七郎という男は……伽藍(カラ)のパーティーメンバーか?」


 メセルキュリアは肩の力を抜いたように足を組み、窮屈そうな胸元を空けながら伽藍へ問う。


 「メンバー……? ギルド冒険者のような、ということ? 日本の義瑠土(ぎるど)はウィレミニアと意味合いが違う。チームで名前を登録しないから、パーティーとかも無い」


 「そうだったな。ふむ、未だに混乱する。名前が同じせいだぞ、まったく」


 本題とは全く関係の無い話題だが、これもメセルキュリアなりの気遣いなのだろう。事実、伽藍は異世界【星譚至天】と2人きりで相対し、なおかつ聖剣の話題に触れようと言うのだから、強張るのも仕方ない。

 メセルキュリアの意外な親しみやすさに、伽藍も緊張を解く。


 「聖剣のこと、ウィレミニアで騒ぎになってるのよね……迷惑だった?」


 「……なに?」


 「伽藍だって、急に聖剣の適合者なんて言われてもよく分からないし、実感も無いっ。……でもコレ、ウィレミニアだとすごく大切な剣なんでしょ? 第一、元はあなたの物。伽藍は別にこんなチカラに頼らなくても、誰にも負けない剣士になって見せるッ……だから、このチカラをあなた達へ返す方法があるなら教えて。協力する」


 「……ふ、ふ……あっはっはっはっはっはっ!!」


 「な、なによっ。伽藍は、本気でそっちの世界の事情を心配して――」


 「寄らば斬るとばかりに振る舞う少女かと思えば。聖剣を手にしたことを喜びもせずっ……――ふふ、ふ、ワタシの心配をしてくれるのかっ……かわいいなぁ!」


 「ホントになに!?」


 「かわいいなぁ。かわいいぞぉ。ニホン人はこんなに可愛らしい少女を放っておくのか」


 「ちょっ、撫でるのやめ――ッわぷっ、抱きしめ、ないでっ」


 メセルキュリアの大きな胸に、伽藍の顔が抱き寄せられて埋められる。身長差もあり、完全に伽藍の体は軍服の影へすっぽりと収まってしまった。

 異世界きっての最高戦力、銀髪の戦乙女が普段の威厳をかなぐり捨てる姿は、見る者が見れば卒倒する光景であろう。


 しかしメセルキュリアは、眼前の小さく健気な、不幸にも聖剣に選ばれてしまった少女を心から愛らしいと思ってしまった。

 

 長い生で初めて出会った聖剣の後継者……自分と同じ運命を持つ者。


(随分と)年の離れた妹とでも言えばいいか……ともかく最強の聖剣遣いは、かつて経験したことの無い庇護欲を感じているのである。


 「ねえさまも、こんな気持ちだったのだろうか」


 「んむぐ、ぷはっ……ねえ、さま?」


 「…………聖剣という女神の御業は、必ずヒトの手に与えられる」


 メセルキュリアは伽藍を一旦離して、噴水の縁に座り直す。同じく隣に座るよう促された伽藍も、やや遠慮がちに腰を下ろした。


 「女神が何を以て聖剣を託すを選ぶのか……それは、未だ誰にも答えられない。だがワタシは思うんだ。確かなのは、聖剣はヒトという種の分岐点に現れるのだと」


 「分岐点……」


 「誰か1人の為では無い。ヒトの多くが死に、ヒトが持つ価値を全て塗り替えるような、運命の分かれ道に聖剣はもたらされる。要は、ヒトの世界が危ぶまれる瞬間だ。聖剣の秘める無尽蔵の魔力は、何か……時々の時代に求められる、ヒトに予測しえない“意味”を背負っているんだろう」


 「本当に神様が、人間世界の為に適合者を選んでるっていうの……?」


 「運命神はワタシ達を見ている。それは、伽藍(カラ)も聖剣を持った時から感じているだろう?」


 確かに伽藍は、朧気ながら人ならざる声を聴いた記憶がある。

 魔戦大会、リンカとの決着の折、負けたくないという気持ちが“誰か”に届いたのだと思った。

 

 ……今は、当時の直感に違和感を感じている。聖剣が光るのは、何か別の理由があったのではないかと。

 例えば、聖剣で倒すべき世界の敵が、傍に居ただけだった……――。


 「(どうしてこんな事を思うの? どうして、あの時……あの男の顔を見た途端――)」


 「本来聖剣は、司る女神につき1つ。同じ世界、同じ時間に2つは存在しない。適合者も然りだ。……今回は、歴史上初めての出来事でな。前例がない以上、現適合者であるワタシの証言が大きな意味を持つ。今のところは期限付きの“特例分譲”であるとウィレミニアには伝えた。これでウィレミニアからの追及は、一旦は抑えられる」


 メセルキュリアは、自身の聖剣を顕現させ夜空に掲げる。

 伽藍も習い自身の剣を鞘から抜けば、両剣は同じ極彩色の光を纏い、剣身は宙の如き光と闇を内包していた。

 

 「じゃあいずれ伽藍の剣も……元に戻る」


 「確証は無いが、少なくともワタシはそう感じている。伽藍が選ばれた理由、対峙すべき運命を斬り伏せた暁に、ニホンの聖剣は役目を終えるだろう」


 「メセルキュリアは」


 「メセルでいい。親しい者はそう呼ぶ」


 「……メセルは、自分が聖剣に選ばれた意味がわかる? 女神に何を求められたの?」


 「……ワタシは、100年も前にこの剣を手にした。だが一向に役目から解かれる事は無かった。……こう思うんだ、ワタシの役目は聖剣を“継ぐ”事だったのではないかと。聖剣を掲げることで、混迷の時代に在った3国同盟に結束を()()()()()()。……カロねぇさまが救った世界を失わせないために」


 伽藍は、自らの聖剣を撫でるメセルの、あまりにも寂し気な顔にかける言葉が見つからない。

 この瞬間だけは音に聞く戦乙女が、見た目相応の女性に見える。


 「……少し、話していいだろうか? 国を踏み潰す魔王を倒し、ヒトの生きる世界を救った、ワタシの前の聖剣遣い。……ワタシの、ねえさまの話を……――」


 戦乙女の視線は空へ。星の輝く、世界異なるも変わらぬ夜空へ。

 

 思い出すのは過去の憧憬。最強最美の彗天聖剣。


 遥か遠くも懐かしい、慕う姉代わりの優しい笑顔。


 此処で語ろう。

 如何にして彼女が、魔王亡き後の世界を生きたのか。

 

 そして世界が、如何にして彼女を


      ――…… 永遠に 失ったのかを


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