夢は十分に楽しんだ(2)
「エヴァめ、どうやってゲートを…………いや、今さらだな」
謎の少女はタキシード男の手で別のテーブルへ。テーブルには、これも異世界からの来客と思しき人々が集まって少女を嬉し気に迎えていた。
赤黒い毛並みが美しい、犬耳を尖らせながらフォーマルに着飾る獣人の男。
黒髪黒肌……ラコウ人であろう青のドレスを着た美女。
そして少女を回収していったタキシード男の3人が、特に存在感を放っている。
「当然のように“3大病魔”もそろい踏み……か。奴らに本気で魔力を隠蔽されると、どうしても後手に回る。まったく、頭の痛い……」
「メセルキュリアの知り合いなの?」
「知らなくてもいいことだ、関わる必要はない。……お前は……墨谷七郎といったか。エヴァを引かせるとは何の冗談だ? 気に入られたぞアレは」
「そう言われても、最初から最後まで意味が解らなかった」
「まあ、いい。彼女にはもう近づくな。……ご婦人も無事でなによりだ」
「よくわからんが、ありがとよ」
「――んあっ!? なんだっ? っ、【聖剣】サマかよ、脅かすんじゃねぇ。……七郎も居んのかっ」
ヴィトーラもようやく意識をハッキリとさせるが、どうも先ほどの出来事を覚えていないような様子。
……まあいいか、竜子さんが無事なら。
「オイオイ七郎、大会じゃご活躍だったじゃねぇか。やっぱてめぇアタシの船にさ――」
「墨谷七郎、あの魔導機体について説明しなさいっ。それに知ってるのよ、あなた黒牢で――」
「伽藍、先に時間を貰えるか」
解き放たれたように身を乗り出してくる烈剣姫とヴィトーラであったが、メセルキュリアの声で止まる。
有無を言わさない美しくも硬質な声は、先ほどの少女とは違った意味で頭に残るのだ。
「で、でも、この男に聞かなきゃいけないことが」
「聖剣について話そう」
「 ! むぅ……わかった」
聖剣と聞けば、烈剣姫は名残惜しげでありながらも席を立ち、メセルキュリアに連れられテーブルを離れていく。
聖剣……これも俺達“白旗”の目的にとって無視できない脅威。シルヴィアからも何度か話しに聞いてるが、実際に見ると如何に危険なシロモノかがよく分かる。
カラダが訴える恐れ、拒否感……背筋が冷たくなる感覚など、殺戮姫と殺し合った時以来だ。
「なんだか妙な心地だが……時に七郎、随分久しぶりじゃないか。顔も見せんで……また何かやらかしとらんだろうな?」
「え……いや……ナニモシテナイデスヨ?」
俺、霊園山を追い出された事になってるからなぁ。……そういえば、竜子さんがここに来ることをシルヴィアは?
シルヴィアが竜子さんに記憶改竄を行うとは思えないけど……。
「――心配せんでも、異世界人ひしめく此処で口を滑らせたりはせん。事情は知らんが、最低限察しが付くわ。……いつかの“バカ”みたいのが湧いても困る」
「……ありがとう」
「ふん。異世界のあーだこーだより、孫娘の平穏の方が万倍大事だわ」
「(ついに孫娘って言い切ったよこの人……シルヴィアが聞いたら、泣いて喜ぶだろうなぁ)」
「(シルヴィアの奴も、自分で七郎を追い出したクセに”なんで七郎はもっと頻繁に会いに来てくれないのか”とよく泣きつきに来よって……横領の話が自作自演だったと、自分で白状してるようなもんだよ)」
「なんだ、女の話か? …………どうなってんだ、競争相手がフナムシみてぇに次から次へと……」
俺の心配を察したように、竜子さんはこの場でシルヴィアの名は出さんと確約する。
“バカ”とは、いつか霊園山に訪れたギルド職員にして、ノルン神教高官の息子であったライル・サプライの事だ。
気になる事は多いだろうに、それでも彼女はそこらの有象無象よりもシルヴィアが大事だと言いたいのだ。
本当に、俺達2人は最後まで竜子さんに頭が上がらない。
だが……最後に俺達は、彼女の夢を食い破っていかなければ――。
「聞いてくれよ竜子婆さん。コイツ、女を何人もその気にさせてるクセに手前は興味ない素振りでよぉ」
「捏造過ぎる」
「そりゃ七郎が悪いね」
「竜子さんも悪乗りしないで……というか、一瞬で仲良くなり過ぎじゃ……?」
竜子さんとヴィトーラは、まるで長年の知り合いみたいに息があっている。
確かにカラッとした性格が似ていないこともない。通じるものがあるのだろうか。
「あながち冗談でも無いだろうて。いつも”今みたいな顔”で居てみろ。そうすれば幸せも向こうからやってくる」
「今みたいな顔?」
「霊園山の誰もかれもが怖がっとった人相がマシになった。お前、存外子供っぽい顔をしとる。……つまりはまあ、前みたいな誤魔化し笑いで無く、そうやって自然に笑っとればいい。何が楽しいのかは知らんが」
子供みたいとは心外だ。
……でも……そうか……俺は笑っているのか。
「楽しいよ。友達が一緒だ」
「あん? アタシを勝手にダチ扱いすんなっ、……アタシは……もっとな、こう……こう……」
「はは」
「…………そうか。友達かい」
―― そりゃ誰の事なんだろうね……
竜子は七郎の笑顔に、自分の愚かな勘違いを悟った。要らぬ藪をつついてしまった。
七郎の言葉は本物だ。それはわかる。彼の言う友達がヴィトーラで無い事も。
長年もてなしを生業とし、人との数え切れない関りを経験した自分の眼が、10年を密に過ごした男の意図を読み取るのだ。
目線、仕草、体の置き方……七郎の一挙一動が、“友達”の存在を如実に語る。
「(隣に居るってかい。その、誰も座っとらんイスに……誰かが)」
いつの間にか微笑む男の隣に、さっきまで無かったはずの椅子がある。
七郎が持ってきたのか……それとも……。
竜子は軽い寒気を感じた。
「(霊園山の外でイイ出会いでもあったんかと思ったが、これは違う。……ともすれば、霊園山に居た頃より酷くなっとるんだ、こ奴は。あの笑い顔は泣いとるのと変わらん。……哀れな)」
泣けることが嬉しいか。
泣くことさえ、今まで出来ておらなんだか。
竜子は、七郎へ問おうとした言葉をぐっとこらえる。聞いてしまえば、今の笑顔さえ奪ってしまうような気がして。
「…………七郎、お前達にゃ笑っていてほしいと願っとる。もう叶わんと思っとったアタシの夢を蘇らせてくれた。旦那と切り盛りした風景を、もっと華やかに思い出させてくれた。……だけど物事には、必ず終いがある。アタシは夢を、もう十分に楽しんだよ。霊園山はお前達がくれた場所だ、この先どんなことになっても後悔はない。わかったな?」
「――……っ」
だがせめて、これだけは伝えなければ。
老い先短いこの命、旦那の迎えに付いてく前に、お前達の手を取った10年に悔いは無いと、アタシこそが笑って見せてやりゃあならん。
「え……死なないでくれよ竜子さん!」
「ド阿呆ッ誰が死ぬか!!」
「だって急にしおらしい事言うから」
「――まったく……叫んだら喉が渇いたわ。水を貰いながら、知り合いに挨拶してくる。……気を使ってやるんだ、2人で色っぽい話でもしたらどうだい?」
「えぇ……」
「っ、な、なんだ藪から棒によっ」
「かっかっか!」
そうだ。笑える時に笑え。泣けるときに泣け。好きに生きていくといい。
七郎……シルヴィア……、お前達が何かを、狂おしいほどに求めとるのは解る。
お前たちの道のりに終点が近い事もな。婆の勘をなめるんじゃないよ。
助けにはなれん。だがあたしは最後まで、お前達の味方だ。
何やらかそうとしとるが知らんが、ちょっとばかりお前達の幸せを願うことぐらい、神様も許してくれるだろうて。
まだ死ねん。手のかかる身内2人の行先を見届けるまでは。
だから迎えは、もう少しだけ待っといとくれよ旦那様。
―― わかったわかった
「 ! ……かっかっか」
竜子は恩人たちの旅路の先が、輝くものであることを願う。
たとえ、己の願いを利用されていたのだとしても。
たとえ彼らが、復讐の炎に燃える罪人であったとしてもかまわない。
2人と過ごした10年は。思いやりと、寂しさに微笑む2人との10年は。
竜子にとって掛け替えのない、夫と暮らした時間と同じくらいに大事な過去なのだから。
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