夢は十分に楽しんだ(1)
「めせるきゅりあ。あなたはまーだ、じゅんばんじゅんばん」
「ご婦人を離せ。さもなくば――」
「きゅくく。やー」
人形のような超絶美少女が、居合わせた女軍人に物おじせず、紅の瞳を細めて笑う。
やー、て。随分可愛らしい声だ。……違う、そうじゃない。それどころじゃないだろっ。
「ロリコンかい? 残念だよ、友達が異常性癖の道に走るとは」
璃音の呆れ声に心の中で反論しつつ、状況について真面目に考える。
2人は知り合いではあるが、お友達なわけではないらしい。金髪少女の真紅の瞳が、興奮した猫のように開かれる。
「(祝賀会に居ると思わなかった竜子さんの姿を見つけて来てみれば……なんだ、この娘は? 恐ろしく綺麗だけど、なにかっ……?)」
おかしい。絶対におかしい。この娘は唯の子供じゃない。
「(俺の直感が大音量でアラームを発してるっ)」
訳も無く怖い。この娘がじゃない。竜子さんが、俺の嫌いな闇夜に引きづり込まれていく事が恐ろしいのだ!
理屈の通らない、自分でも理解不能なレッドアラートに突き動かされ、竜子さんの顔に伸ばされた細腕を掴む。
「離し――いや……許してほしい。連れて行かないでくれ。竜子さんも望んで無い事だ。それにその人は、俺達をずっと救ってくれた人なんだよ」
俺だけじゃない。シルヴィアも竜子さんには甘えて……竜子さんが居なければ、シルヴィアは笑顔を作ることさえしなかっただろう。
彼女が真に狂わなかったのは、竜子さんの優しさのお陰なのだ。
そんな恩人が、俺と同じ場所に連れて行かれてしまう。この確信じみた予感が俺を突き動かすのだ。
黒いドレスを着た子供に膝を着いて懇願する。この子に願うことは、許しを請う事と同じなのだと、本能で理解した故の選択。
正体不明の緊張がテーブルを包む。
メセルキュリアと銀伽藍だけが、俺と少女の行く末に固唾を呑んだ。ヴィトーラと少女を抱く竜子さんは気の抜けた顔のまま。
不思議とテーブル以外の世界は俺達を気にも留めず、別世界のような時間が流れている。
「ん~? ん~? ん~? あなた…… だ ぁ れ ?」
気づけば少女の手が俺の額に触れ、一瞬意識が遠のく感覚が襲う。
しかしすぐに持ち直し、再び少女と顔を突き合わせる。ルビーのような真紅の瞳に、無限の奥行きを感じさえした。
「 ―― びっくりぎょうてん。”いれもの”も”なかみ”もこわれかけなのに、まだ“まもる”つもりでいる」
少女がうってかわって口角を歪め、心臓を弄ばれたような寒気が走った。
湧いた庇護欲が……埒外の可愛らしさへの感動が嘘のように消え、目の前に在る存在が底なし沼に思える。
少女の姿は別段変わってなどいない。錯覚だとわかっていても、彼女がまたあどけなく笑うまで、審判を待つかの如き緊張が続く。
「きゅく、きゅくくくくく。ひさびさのだんすたのしかった。……いいよ、あなたにめんじて‘わえ’がまんする。いとしいかがやきを、こんやはあなたへゆずってあげる。さいごにはみーんな‘わえ’のものになるんだから、いいの」
言葉の真意は掴めないが、どうやら許してもらえたみたいだ。
かの【聖剣】メセルキュリアも安堵した顔である。俺の姿勢は間違っていなかったらしい。烈剣姫は変わらず不思議そうな様子だが……。
「あっ申し訳ない。こちらにお邪魔していましたか」
緊張を解く最中、タキシードを着こなし髪をキッチリ整えた、見覚えのない男がテーブルにやってくる。
彼の探し人は黒ドレスの少女らしい。少女も顔を緩ませて青年を呼ぶ。
「おお~ぱぱ~~」
ぱぱ? 父親なのかな?
「パパじゃないです」
違うんかい。それとも、なにか複雑な家庭の事情が……?
「あなた様の奴隷ですよ」
あ、思ったよりヤバい人かも。爽やかな笑顔が逆に怖い!
「欲しがってらっしゃったデザートをご用意しました。さ、参りましょう」
「ほおおおおおおお↑」
「そのかわり後で野菜も食べましょうね」
「おおおおううぅぅ↓」
タキシードの男は自然な動作で、エヴァと呼ばれた少女を竜子さんから引っぺがし、慣れた手つきで抱えてしまう。
「失礼しました。では、私共はこれにて」
「ごきげんよう、ちいさな“けもの”。かがやくあなたも、‘わえ’がほしくなったらいつでもきてね」
「……うん?……?…… ! 七郎じゃないか。なんだ、跪きおって。なにしとる?」
少女が竜子さんに手を振ると、ようやく竜子さんの目に光が戻る。何が起こったか分かっていない様子だ。
「いったい、なんだったの?」
「わからない」
俺は烈剣姫と同じように首をかしげ、去っていく謎の少女と男を見送るほか無かった。
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