嵐の前の まじかる☆フレイヤ
竜子邸で行われた、罪人の告発から翌日。
シルヴィアとライル、小野道が去った後、流石の竜子も憮然として考え込んでいる様子だった。
まあしかし今日の朝には、気にするそぶりも無く庭の菜園の世話に精を出しているのだが。
伽藍も竜子に、七郎について聞いたが、
「何かの間違いだと思っとる。だが事が小さくない話ではあるし、今は七郎にも問いたださず見守る」
そう答えたきり、竜子からこの件を話題に挙げることは無かった。
そして伽藍であるが、本日から霊園山義瑠土の巡回に復帰し、現在は華瓶街の昼の見回りに参加している。
シスターシルヴィアからもたらされた、大狂行の情報。
義瑠土としては調査中の段階であり、未だ霊園山の一般人や非戦闘員の避難指示は出されていない。
だが夜間の魔犬との接触報告は増加を続けており、伽藍にシスターが恐れた通りの事実を予感させる。
霊園山の魔力深度が深まる時間。これはやはり夜である。
濃い魔力により墓所区画のみならず、山中の異界……自身らが立つ現世と異界座標が繋がり、魑魅魍魎があふれ出る。
魔犬達は異界の壁の隙間をすり抜け、森から這い出ているようなのだ。異界と現世の両方に、どういうわけか異常に数を増やした魔犬が蠢いている。
魔犬の出現は魔力が濃くなる夜に限定されているが、いつ犬共が森から襲いくるかわからない。
近々、霊園山で避難と入山禁止の厳命が下される可能性が高い。
華瓶街や義瑠土支部周辺には、異世界からもたらされた技術である、強力な対魔物の結界が施されているが現在の状況では不安が残る。
取り急ぎ霊園山義瑠土は日中、夜間共に巡回の人員層を厚くし備えていた。
伽藍も、本日は日中の華瓶街の巡回に参加している。
あの墨谷七郎が華瓶街の巡回に出ていると受付から聞き出し、多少強引に日中巡回の人員にねじ込ませたのだ。
伽藍はひとりで街並みを歩きながら、鋭い目で睨みつけるように辺りを見回る。
一般観光客は、伽藍のその様子に怯えて離れていった。
伽藍は街の巡視のことなど頭になく、墨谷七郎を見つけ出すことに神経を注ぐ。
「どこにいるんだ……あいつは」
墨谷七郎……やはり信用ならない男なのだ。
父から言われた‘墓守’に会う目的が、とんだことになってしまった。
横領まがいの行為に手を染める男など、間違いなく伽藍の夢には何も関係がない。
いや、そもそも養父が名を挙げるような男と墨谷七郎は別人なのだ。そうに違いない。
頭の中で不信感を吐き出す伽藍は、騒がしい場所があることに気づき足を止める。
なにか催しを行っているのか。
魔道具か、魔術保護された音声拡張器かは定かでないが、拡大された女性の声がここまで届く。
伽藍はそこへ足を向ける。
見えたのは人だかり。近づいていくごとに熱気が肌に届く。
「なんのイベント?」
更に辺りを見渡したところで、イベントタイトルが描かれたプラカードを掲げる人物が目に入った。
それは伽藍が先ほどまで、人を寄せ付けない目つきで探していた人物。
「墨谷……! …………?」
だが伽藍は、なにか無常を悟ったような様子の墨谷を見て足を止める。
墨谷七郎は死んだ魚のような目でプラカードを掲げていた。視線は虚ろに空へと向く。
プラカードに書かれている文字はファンシーにデフォルメされ、低学年女子が好みそうなポップタイトル。
魔法少女 まじかる☆フレイヤ
はぴはぴパワーじゅうてん完了♡
「…………」
男はただ愚直に、ショーステージと観客の間でプラカードを掲げ続けている。
魔法少女 まじかる☆フレイヤ ショーのボルテージは最高潮を迎えていた。熱気に当てられた観客が、ステージ前の立入禁止線を越え、壇上に迫る勢いで近づき始める。
まじかる☆フレイヤのグッズで身を固めている、どう見ても成人の男性が多数。
墨谷七郎が男達を制止する。
「はーい!! お兄さん、線を超えない!」
――フゥゥレイヤちゃぁぁぁぁん˝!!
「撮影NGィ!」
――写真とらせてぇぇぇぇぇ!
「ヒトを辞めるな! 正気に戻れ!」
――ん˝んぁぁぁぁぁぁぁぁぺろぺろぺろ
――ウチのチョコは世界イチィィィィィィィ
「どさくさに紛れて宣伝をするな! やめろ! 近づくなぁ! うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
墨谷が肉の壁に埋もれていく一部始終を見ていた伽藍。
その後ろから、偶然通りかかった辻京弥が話しかけてきた。
プライベートなのか、ラフな服装だ。
「おっ! 烈剣姫じゃねぇか。どうしたんだ?」
「……」
「んー? ああ、まじかるフレイヤのショーか。華瓶街でたま~にやってるヤツ。アレ毎回義瑠土から警備に誰か出されるんだよなぁ。見ての通り熱気がヤバくてみんなやりたくねぇから、くじ引きになるんだけどな」
「……」
「あーあ。今日も荒れて…………ぁ」
‘なんで密着して公式フレイヤダンス踊るのぉ!? たすけてーたすけてー!’
「……」
「……スゥー……。おつかれッシター」
辻京谷は、見なかったことにしてその場を去った。
「……あいつは、悪」
ーー伽藍も、見なかったことにしよう
伽藍はこの素っ頓狂な光景を、冷めた目で眺めるしか無かった。
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