地獄は独りじゃ生まれない(2)
「あの魔導機体、暴走したまま外に出るつもり? そうはさせないっ」
銀伽藍は闘技場の異変を見るや否や、特別観覧室の窓から下へ飛び降りる。
「七郎に加勢した方が良さそうだな。障壁に穴開ける役は嬢ちゃんに譲ってやるよ」
ヴィトーラも気合十分で、逃げ出す観客を縫うように降り立つ。
闘技場では、未だ墨谷七郎が魔導機体“明”と共に、姿を変えたV号に対抗している。しかし空中を縦横無尽に飛び回る蜂に似たドローンに苦戦している事は明白だった。
「待ってなさい。いますぐ障壁を斬って中に――」
「待て、伽藍。お前は【聖剣】に慣れていない。それに、まだ手出しすべきではないな」
「あぁん? 中の状況が見てわかんねぇのか聖剣サマよ」
日本刀の形をした【現在聖剣】を抜き放ち、大障壁を斬り割ろうとした伽藍に待ったをかけたのは、銀髪を広げて着地したメセルキュリアであった。
あまりに悠長な言葉にヴィトーラの語気も荒々しい。
「いまの伽藍なら障壁を斬れる! メセルキュリアも【聖剣】で障壁を斬ってた。なら伽藍にだってっ」
「見てわからないのか。この障壁が檻となり、あの暴走した魔法人形の動きを制限出来ている。魔法人形というより、もはや魔物に見えるがなアレは……」
「その聖剣があれば、あんな鉄のバケモノ消し飛ばせるんじゃねぇのか」
「飛び回る蟲……なかでも、あの青く翅を光らせる個体は別格だ。空中での動きが、今まで見たどんな魔物よりも速い。障壁の外へ出してしまえば、聖剣でも打ち漏らす可能性が高いな」
「それじゃ、観客が襲われて……」
「うむ……ともかく障壁の破壊は、観客の避難が終わってからの最終手段にするべきだ」
「かといってよぉ……どうもあの蟲共には魔術を妨害する能力があるらしい。この障壁もあおりを喰らって長くねぇぞ。このまま攻撃を許しゃあ内側から破られるのも時間の問題だぜ!?」
「ここは墨谷七郎とやらの働きに期待しよう。相当な身体強化と火魔法の遣い手と見たが……。ニーナラギアールが観客の避難を急がせている。ゴルドスとクジャクにもアリーナの上層で警戒にあたらせた。万一障壁が破られても彼らが止めてくれるだろう。ワタシ達が突入するのは、この場の安全が確保されてからだ」
メセルキュリアは冷静……ともすれば冷徹ともとれる対応をとった。凛々しい美貌を一切歪めず、ヴィトーラの反論を抑え込む。
「はがゆい……!」
「アタシに指くわえて見てろってか! 早く観客の避難が終わってくれなきゃよぉ、七郎が……っ」
墨谷七郎は闘技場内を飛び回り、蜂の形をした機械相手に戦っている。彼の形相は、飛行速度に翻弄される劣勢のせいとも見て取れるが、ヴィトーラや伽藍はそれ以上の何かも感じていた。
…………。
時を同じくしてアリーナ内部通路の一角。
関係者以外立ち入り禁止の場所で、警備に当たっていた魔導隊が険しい顔で現状把握に努めている。
「そうですっ、そちらには2名配置を――いったい何がどうなって」
「落ち着くがよい裕理。いまだ“墓守”が奮闘している、気を乱さず事に事に当たれ」
「墨谷七郎ですか。確かに相応の実力はあるでしょうが、単独では限度があります!」
隣り合い警備への指示を飛ばすのは、灯塚裕理と藤堂領の2人だ。彼らは魔導機体暴走と言う異常事態へ迅速に対応している。
しかし当の魔導機体V―三〇三号の鎮圧は、メセルキュリアと同じ理由で墨谷七郎へ丸投げしているのが現状。裕理が焦るのも当然と言える。
「――騎士蜂……ッ」
「 ! ああ、よい所に――」
そんな2人の前に、黒い鎧を装備した鋼城勝也が歩み寄った。
彼も事態収拾に駆り出されたのだろう。援軍の登場に安堵した裕理であるが、鋼城の様子がおかしい事にも気づく。
兜の下の表情は伺えないが、息が荒く震えすら見て取れる。
「どうしました? それに、騎士蜂とは?」
「騎士蜂とは、黒牢の中で暴れまわった魔物の名よ。お主と同じ騎士の名を冠していても、あちらは人を食い殺す捕食者であったとか」
「あ、あの魔物は夜の闇の中で人を狩り殺す! どうして、いまさら……!」
「ッ、アレが黒牢の魔物……陸軍開発局っ、なんて悍ましいものを持ち出してっ。ですがともかく、黒騎士が来てくれて助かりました。これで魔導機体の制圧に不安が無くなる」
「オレ……むりだ」
「え?」
「オレは無理だ! 闘技場にはお前達だけで行けッ」
鋼城は叫んだかと思いきや、止める暇も無く通路の向こうへ走り去った。鎧を着た英雄の情けない遁走に、裕理は面喰ってしまう。
「なっ、黒騎士ッどこへ――!?」
「追うな裕理」
「で、ですが」
「恐怖に呑まれた者を戦わせたところで足手まといよ」
「黒騎士が……に、逃げた……。もうっ、犬神といい彼といいっ、どうして魔導隊の男は――!」
「……耳が痛いな…………それに、おそらくだが……この戦いは彼らが決着をつけるべきなのだ」
裕理が苛立ちを足に込め壁を蹴り飛ばすと、揺れで積もった埃が舞った。やり過ぎたかと反省する有利であったが、揺れが闘技場の戦闘の余波である事に気づき意識を切り替える。
いまだアリーナの安全は、騎士蜂の矢面に立つ墨谷七郎にかかっている事を思い出し仕事に戻るのであった。
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