地獄は独りじゃ生まれない(1)
女王の一声で、復讐を誓う娘達が弾かれたように飛び立つ。
どのような理屈か、魔力と振動で推力を得る騎士蜂は10年前の記憶以上の加速度で飛行していた。
全方位を障壁に囲まれる限られた空間のなかでも、ヤツらは一糸乱れぬ飛行を行う。
「後ろだ七郎!」
璃音の声を信じ、見るより先に体を回避させた。いつのまにか編隊を抜け出していた騎士蜂に一匹が、すぐ後ろの空を刺し貫いていく。
だが回避した先に、今度は銃弾の雨が降る。別の騎士蜂の腹の先から、銃口のような機構が伸びていたのだ。
「陽動だね。蟲のクセに小賢しい事だ。ああちなみに、後ろからの攻撃に気づいたのはボクじゃなくて君だよ。半無意識下での反射を、君の頭がボクの声に変換して喋らせてるんだ」
「ただの銃弾なんて効くものか。それと後半の説明いま必要!?」
「騎士蜂は君に対してのデータが黒牢時代で止まってるんだよ。だけど効かないと分かれば、次は学習したプランに変えてくる」
璃音の予想通り、騎士蜂共は次の手に出たらしい。浮遊飛行している元V号の本体……おそらく女王の頭上に3匹の騎士蜂が集結し急停止する。
次の瞬間には3匹からの集中射撃に、女王が伸ばす副腕からの魔力射撃が加わり、正面の視界が射撃光に埋め尽くされた。
「ぐっ――ガッッ!!」
銃撃乱射から明を庇いつつ、とっさに防御姿勢をとったのがいけなかった。
次の瞬間、腹に大きな衝撃を感じる。
体ごと後ろに吹き飛ばされながら、尚も殺意を押し付けてくる正体を睨む。
銃撃の雨に紛れ、一直線に針を突き立て高速突撃してきたのは、翅を青く光らせた騎士蜂。
「オマエまさかッ、“青羽”かあああああっ!」
―― Zィギィィ!
ついに障壁へ押し付けられ、針の圧力で壁に縫い付けられながら正体を察する。
黒牢で俺達を散々に翻弄した騎士蜂であるが、中でも機動力が段違いであった個体。
黒牢で共に生き延びるために戦った獣牙種……ダンを刺し殺した仇っ!
他と機械の翅色が違うだけじゃない。わかるぞっ。
オマエの速さが、オマエの複眼が、ずっとずっと憎かったのだから!
破壊してやろうと爪を振るうも、“青羽”は瞬時に離脱し空中を飛行する。
いかに変異した俺の黒体でも、当たらなければ意味が無い。
≪え、ヤダ、ちょっとなにっ? ドローンが壁に攻撃してる!?≫
「七郎! ヤツら障壁を破って外に逃げる気だっ」
見れば女王の後ろで、騎士蜂の一匹が障壁に針を突き刺しヒビを入れ始めている。
外に逃がすわけにはいかない。逃がせば黒牢と同じ惨劇が観客に対して行われるだろう。
好きにさせるものか!
〔 魔導機関砲を使用します 掃討開始 〕
明の持つ2丁の機関砲が、重い射撃音を絶え間なく発し始める。
俺は魔導機関砲掃射に合わせ、騎士蜂の群れに走っていった。
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「なぁぜだV―三〇三号! なぜ止まらないっ!?」
尾後勉は上空でタブレットを操作し続ける。しかしV号の暴走は続く。
「なにがいけなかったっっ? これでは吾輩の出世が――っ。吾輩のV号が魔導外殻に劣っているとでも言うのかぁ!?」
――10年前、まだ吾輩が陸軍省開発局に入ったばかりの頃だ。
黒牢事件解決後に回収された、魔力・魔法由来の様々な研究素材。
その中の1つにアレはあった。
無機質な機械であるのか、命を持つ魔物であるのか。
正体のわからない、巨大な昆虫のような残骸の数々。
大きさ以外は、特にスズメバチの種に似ている気がする。
(……奇跡ですぞ)
感動してしまったのだ。あまりにも完璧な混沌に、吾輩は未来を担う技術を見たのだ。
動かしてみたかった。吾輩の作品として作り直し、命を吹き込み、賞賛を浴びたかった。
分解と改造を繰り返すうちに気付いた事もある。この残骸は元のカタチ、元の機能を再現したほうがスムーズに動く。
生きていた頃の記憶が残骸に宿っているかのような動作を時折見せる。
「(そうだ……吾輩は、当然わかっていた……気づいていたのだ。コレが黒牢の中で動いていたのだと……コレが生き物ならば、何をして生きながらえるのか)」
残骸を幾度も分析した。顎や針にあたる部分に血痕が残っていたことも、生検を担当する者から聞いた。
何人、何十人分の痕跡、臓器組織の一部が付着していた事もある。
だが吾輩は考えなかった。無視した。それは吾輩が考慮すべき分析ではないと。
「この作品を……魔導機体を……吾輩の功績として歴史に残すべくぅ!」
≪観客席にいる皆は避難してっっ。落ち着いて、転ばないようにね!≫
―― なんだってんだよぉっ
―― お父さんっ怖いぃぃ
―― うああああああっっ
恐れ逃げ惑う大勢がいる。まだ子機が外へ飛び出さないとはいえ、大障壁に亀裂が入り始めたのだから当然。
「V―三〇三号……」
303回の試作を重ねた、機体名V e s p a。吾輩の苦労の結晶。
吾輩の作品が、吾輩の意思を離れ暴れている。
本当に、吾輩が欲しかった景色はコレなのか?
吾輩の開発の夢が、こんな恐ろしい事を起こして――。
―― Viiィィムッ
「ふぉう!?」
V号の子機が、吾輩のバックパックをすれ違いざまに切り裂いた。爆発と熱さを感じ、推力を失った生身は重力に任せて落ちていく。
〔 バイタルチェック……問題なし 〕
地面に叩きつけられる直前、墨谷七郎が繰り出した機体に抱きかかえられて助かった。
一見して理解できる。この機体は類まれなる才能を持ったものが、全身全霊で造り上げたのだ。
0から、必死に造り上げたに違いないっ。
それと比べれば、吾輩は理解の及ばない魔物を再利用しただけに過ぎないぃっ。
「吾輩はなんと言う事を……っ」
タブレットも落として壊れた。音声指示も届かない。もはや出来ることは無い。
墨谷七郎はV号と戦い続けている。
吾輩は魔導機体の手から離れ、安全な場所を探さなければ。
その時、突如足元に大きな揺れが起こった。
「むぅおおっ!」
足場が変形し開いたのだ。これは選手の登場や石畳の交換に使われるアリーナのギミック。
吾輩もV号を地下空間に収容していたので知っていたが、突然の足場の消失に成す術がない。堀にある大量の水と共に下へ落ちていく。
溺れかけながら落ちていく最中、入れ替わるように上昇していく人影を見た。
軍服を着る数人が上昇用エレベーターで上がっていく。
「(陸軍兵士っ、軍が鎮圧に動いたか。吾輩の出世の夢は……終わりぃ)」
尾後の意識は、闘技場地下の空間に水ごと放り出され途切れていった。
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