魔導機大戦(1)
きりもみしながら宙へ飛ばされたV号が、背中側から地面へ墜落する。
轟音。足場のコンクリートが砕けた砂埃が舞う。
「ぐおわああっ!? V―三〇三号ぉぉぉ!?」
衝撃で吹き飛ばされた尾後勉の悲鳴が聞こえた。彼自慢の機体は、裏側を観客に晒してひっくり返っている。
「頑丈だな。あれだけ力を入れても壊れないのか」
あくまで【愚か者の法衣】展開時の全力だが。
どちらにせよ、あとは操縦者を倒せばカタがつく。
「おぐぅっ!? 吾輩を狙ってきますかっ――しかぁし!」
尾後は前回の試合同様、背負ったバックパックから魔力を噴射させ空を飛ぶ。
こちらを見下ろす彼は、“どうだ”と言わんばかりの顔。
それじゃ、そこへ行こうか。
「ひゃーはっはっはっ。これなら届くま……いっ?」
膝を曲げ、足に力を貯めながら彼を見上げれば、一瞬前の余裕の表情は見る影もない。恐れが手に取るようにわかる引きつった顔だ。
あの程度の高さなら、一足で跳べる。
「待つんだ七郎」
だが俺の跳躍を、友の声が止めたのだった。
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魔力噴射を背にして飛ぶ尾後の心中は、墨谷七郎が思う通り“嫌な予感”に染まっていた。
「(あ、届く。あやつは吾輩の所まで跳んでくる)」
尾後に戦闘の経験は皆無。ルールのある魔戦大会ですら、V―三〇三号が無ければ出場する気など毛頭無かっただろう。
しかし魔法戦闘素人の尾後ですら、直後の展開を容易に想像できてしまう程の寒気は如何なる事か。
「(障壁のせいで、もう上には行けないですぞっ。金冠クラスの小娘らはここまで跳べなかったのに……!)」
だが尾後の予感は現実とはならなかった。対戦相手の墨谷七郎が跳躍を止め、きょとんとした顔で動きを止めたのである。
「(な、なんだ? なんにせよ助かった……いいやっあやつは最初から届かなかったのだ! 吾輩ともあろうものが、根拠のない予感などに怯えるとはっ)」
吾輩は優勝しなければならない。再び出世ルートに返り咲く為には、エキシビジョンマッチでV―三〇三号の性能を世に知らしめねばならないのだ。
「(黒騎士を相手に圧倒する様を見せつければ、吾輩のV号はまた日の目を見れるに違いない! 吾輩は主任補佐で終わる男ではなぁぁぁいッ)」
奇跡の発見よって実現した自律魔導機体という技術。その可能性は、こんな程度の状況など簡単にひっくり返すことができる。
尾後は余裕を取り戻し、操作タブレットで横転したV号に復帰指示を送った。
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「璃音、なんで」
急にかかったストップに首を傾げる。もう決着をつけられるのに。
「また憚らずに暴れるつもりかい。苦労して隠してる中身が漏れているんだが?」
促されて足を見る。思ったよりも【愚か者の法衣】が乱れていた。
これでは遠目からとはいえ観客にも気づかれてしまうかも……欺瞞継続への意識をおざなりにし過ぎてしまった。
「これ以上キミを調子に乗らせると、ロクな事になる気がしない。ここはボクに任せたまえよ」
「任せろったって……」
そうこうしている間にV号が六本の足を規律正しく蠢かせ、関節を180度反転させたかと思えば、“ズドンッ”と地面を強打。
衝撃が生む勢いで巨体を押し上げ、元の姿勢に復帰する。
「やはりっ、吾輩の魔導機体は世界一ィィィ!」
「既に死んだボクに出来ることは少ない……確かにね。でも、だからこそアレの出番というわけさ」
―― くく。魔導機体と聞いて黙っているわけにはいかないとも
璃音が悪だくみしている顔で笑う。あれぇ、もしや……。
「さあっ、派手にお披露目といこうか!」
「いやいや!? 持ってることバレたらマズいんですけど!?」
「なにを先ほどから1人でブツクサとっ! V号ッ、今度はもっと出力を上げて突撃ですぞぉーーッ」
尾後に従い、V号は足や機体全体に高濃度の魔力を溢れさせる。
機械が相性の悪い魔力をあれほど纏うなんて……確かに凄まじい技術だ。
「今度こそ七郎を驚かせてやるんだ。黒牢で見せられなかった、完全な性能でね! 自律起動したまえっ “明” ッ」
音なきハズの璃音の声で、影中の機体が反応する。
射出されたかのような速度で影が頭上を越えていく。畳まれたカラダを広げ、人間と変わらない動作で俺達の前に着地した。
≪墨谷選手の影から誰か出てきたっっ≫
―― V、Nッ
振り上げられるV号の前足。
こちらを潰そうとする象を想わせる巨大な足を、“明”の腕が掴んで押し返す。
「なあ!? 魔導機体ですとおおおおおおっっ」
≪こ、こっちもロボットぉーーーー!?≫
観衆の驚きを一心に浴びるのは、人の骨格を模す無骨な機体。
逆関節の2足歩行、直方体に近い頭部に並ぶ六つの視覚センサー。
巨大なV号と比べれば、どこか頼りない印象を受けるかもしれない。
だが知っている。痩躯に詰まった、友が組み上げた極限の性能を。
10年の間俺を手助けしてくれた、璃音最後の隠し玉。
〔 0100111011110……戦略支援を開始 〕
世界最初の魔導機体がいま、その存在を露にする。
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