墨谷を暴き、罰する為
悪役令嬢追放モノってコトォ!?
「墨谷七郎。この場所で魔力資源を掠め取り、何やら欲の為に利用している男の名! ……そうだな? シスター・シルヴィア」
シスターは言葉では答えず、ただニコリと一層深く微笑む。
「(信じられん……)」
10年にも及ぶ付き合いの中で、あの男が奪い、盗み、嗤うような一面を見せたことは無い。
不気味で得体のしれない印象が、無いとは言えないが……。
だが、同じく10年の付き合いとなる信心深い修道女の告発があるのは事実。
「(ライルに脅され、出鱈目を言わされとるのか? それとも……)」
――本当に、シルヴィアのいうことが……?
「何か証拠とか見つかったりしたんスか……? 墨谷サンが、そういう事シてるって」
櫻井桜が、状況に戸惑いながらも口を挟む。
「(そ、そうなんだよなぁ)」
桜の疑問に内心同意したのは、ライル側であるはずの小野道であった。
彼はライルに話を聞かされた時、控えめながらも物的証拠について尋ねたが、帰ってきたのは無責任な言葉。
――それは話を持ってきたシスターに考えがあるそうです。
不安なら、あなたも証拠を集める為に動くべきでは?
短い期間ではあるが、いちおう小野道は墨谷七郎の情報や、確認できる経理書類も調べた。
そして何も分からなかった。期間も人手も足りなすぎる。
「(特に、当の墨谷という男については……な、なにも情報が無い)」
分かったのは名前と、人づてに聞いた印象ぐらいなものだ。
こうなってくると、ライルではないがシスターに任せる他やりようがない。
小野道は妖しいシスターが持ち込んだ、都合の良すぎる話に疑いを持っていたが、欲に血走った眼をしてるライルを止める勇気も無いのだ。
「ですが七郎は証拠を掴ませず、逆に私達の不信が彼に知られてしまえば、こちらの身が危うくなります。彼は強い。彼の力を持ってすれば、私の口を封じることなど容易いでしょうから」
シスターは更に続ける。
「此処で話を聞いてくださった皆さんに、協力していただきたいのです。彼を暴き、この霊園山から追放する為に」
シスターの決意を聞き、誰よりも墨谷に対して怒気を発する少女がいた。
制服の帯剣少女。
烈剣姫、銀伽藍である。
「あの男が……そんな悪事を?」
確かにあの男は、屍鬼の狂爪を物ともしない力を持っていた。
それは掠め取った魔力資源を利用して得た力なのでは?
不死者を怪物と断じたことは、伽藍に足りない視野があったと認める。
しかし、どうだ。墨谷七郎は、横領、隠蔽、つまり大きな悪事に手を染めているかもしれない。
「(伽藍の憧れを、侮辱して貶して……どの口が……!)」
鋭く光り始める伽藍の瞳に不安を感じた桜が宥めようとする。
「でも確証は無いっスよ伽藍チャン。証拠もないのに、決めつけるのは……」
「その証拠をっ! これから集める!」
――そうでしょう!?
念を押す意味を込め、伽藍がシスターに強い視線を向ける。
シルヴィアはうなずいた。
伽藍が証拠もない墨谷の悪事を信じたのは、シスター・シルヴィアが話の発端者であることも大きい。
元から不信感を持つ墨谷と、自身の傷を治し見返りを求めず微笑んだ彼女。
比ぶべくも無い。
伽藍の沈んでいた心に、曇りのない白刃の鋭さが戻る。
「これからどうするというのだ。シルヴィア」
七郎を疑わなければならないという心の澱が竜子の口を重くするが、それでもシルヴィアへ問う。
七郎とシルヴィアが竜子の元に集まり、何気なく親交を深めた時間。
「(長く続いた安寧がこんな形で崩れようとは)」
知らず俯いた竜子は、”どろり”と不気味に溶けるシルヴィアの瞳に気付けない。他の者達も同じだ。
起こる未来が定まり、手に入れるモノを想像して、押し込めていた感情をシルヴィアは覗かせる。
しかしそれは一瞬のこと。彼女は何事もなく微笑みを保つ。
「嵐がやってきます。飢えた牙が黒いうねりとなって押し寄せる……血の嵐。皆様は時が来るまでこの件を口外せず、墨谷七郎に悟らせない様にしていただきたく」
「嵐?」
あまりに抽象的な表現に、伽藍が首を傾げた。
「ええ、ええ。かねてから不安視しておりました。霊園山という迷宮の魔力が溢れ、大きな魔獣魔物の波を生み出す予兆が視られているのです。こちらの言葉で表現するのでしたら……大狂行」
――魔物の波に立ち向かうには、どうしても彼の力は必要です
「あんなヤツの力が無くても、伽藍がすべて斬って見せる」
「烈剣姫の剣の冴え。頼もしい限りです。しかし……墨谷七郎が隠し持つ力を引き出し、それを証拠としなければ。本来日本義瑠土が管理すべき迷宮の魔力資源を、私的に利用して得た力を証拠として掴み、彼を追及できる確信を得たいのです」
墨谷七郎がきっと力を振るわざる得ない、これから起こり得る大狂行。
この対処に七郎の力を利用し沈静化した後、彼の不自然な身体強化強度と魔道具の由来を追及する。
つまり言い逃れできぬよう直接、大狂行の現場にて監査役のライルが証拠を押さえる計画である。
平常時の七郎の監視のみでは、証拠を押さえることが難しいと判断し、予想される大規模戦闘の最中に彼を暴こうという乱暴と言わざるを得ない計画。
だが未だ魔法関係の法整備が万全とは言い難く、証拠の立証が難しい日本で、異世界人ライルの証言が有効なのも事実なのだ。
自身が戦闘の渦中に立つことを予想だにしなかったライルが、分かりやすく焦りだす。
「いや、ま、待て。迷宮由来の大狂攻のなか、サプライ家の人間が立つ必要は……」
ウィレミニアにおいても迷宮に足を踏み入れたことのないライル。
戦闘経験の無い彼にしても、大量の魔物による指向性を持った進軍”大狂行”の危険性は理解できている。
日本にとっての異世界、ウィレミニア三国同盟においても突発的に発生する災害の一種……”大狂行”。
起これば必ず大きな被害が出る。
「別の者に任せれば……オノミチ、が……」
「!?!?」
急に意味深な目線を向けられた小野道が、真っ青な顔で必死に首を横に振る。
しかし柔らかく笑うシスターが、無意味な人身御供案に否を唱えた。
「いいえ、申し訳ありません。七郎が隠す証拠を測り、迷宮由来の魔力の無断取得を証明するには、魔法根付くウィレミニアのお生まれであるライル様でなくてはならないのです」
「まあ、私らが見ても魔法の詳細は判断できないッスね」
桜もシルヴィアの正論に追従する。
だがこの場には、ウィレミニア出身の人間がもう一人いるではないか。
「そ、それなら、オマエも」
「もちろん私も大狂行の場には居合わせ、対処にあたらねばなりません」
焦りにより小さくなったライルの声は、シルヴィアの言葉に遮られた。
そもそも前提として、これから起こるであろう嵐は人間の生死が関わる非常に危険な状況。
「証拠の確保も大事ですが……まず皆様は身の安全を最優先に行動し、霊園山の平穏を守り通さなければなりません。そのうえで、私の考えに賛同してくださる方のみご協力をお願い致します」
命の保証がない波乱が近づく。
桜や竜子も、経験したことのない大狂行を前に緊張せざるを得ない。
「(見ていなさい。あの男……必ず、悪事を暴いてやる)」
だが銀伽藍は、自身と相容れない暗い瞳だけを見据えていた。