招かれざる客
竜子が縁側の戸を開けてすぐ、インターホンを鳴らしていた小野道も庭へ姿を現す。
ライルはインターホンへの応答を待たず庭に踏み込んだのだろう。
「ふん。随分、優雅な暮らしをしている」
「はん。それがどうかしたかい? なんの用だ?」
――何を考えてる?
竜子には、ライルの顔に傲慢な自信が滲んでいるように感じられた。
無礼な言葉と視線を真っ向から見つめ返すが、ライルの隣に控えるシルヴィアの笑みが竜子の心をざわつかせる。
数日前、監査について話し合いの場が設けられたが、ライルの非常識な態度と行動には度肝を抜かれたものだ。
同席していた霊園山義瑠土の上役も憤り、帝海都の本部に抗議を行った。
しかし待っていた結果は、予想していたお決まりのモノ。
事実関係を調査する。以上。
以後、返答なし。
――握り潰しやがった。
上役の男がそう呟き、電話口で苦い顔をしているのを竜子も見ている。
「なんの用? いえね少し……話をしたいだけですよ。霊園山の、外に知られたら困る内容について、ね」
「……?」
言葉の意味を捉えきれず、不審がる竜子にライルは続ける。
「やはりダンジョンという莫大な価値を持つ場所は人間を狂わせる……! 魔法を手に入れたばかり、発展途上国にいるあなた達は特に!」
「……」
変わらず意図は読めない。
「いやぁ、驚きましたよ……くく。 予想はしていましたが、やはり此処では金と資源を掠め取り私腹を肥やす人間が蔓延っていた。その不正を憂う者から、助けを求められたのですよ」
「不正だぁ?」
確かに自分はこの山を所有する地主。
最低限、霊園山で行われることは知っていられるよう努めてきた。
だが迷宮を実質的に管理しているのは日本義瑠土であり、政府。
霊園山の魔力資源も竜子が管理するものでは無いし、華瓶街の経済活動はテナントやホテル、それこそ霊園山を観光資源として考える行政の思惑も絡み混沌としている。
守宮竜子は、霊園山という迷宮を管理・所有しているつもりなど無い。
土地を貸すというよりは国へ譲渡しているに近い。
「まあ、これだけの人間が関わる場所だ。そういった褒められない行いが無いとは言い切れまいよ。でもねぇ、それをあたしに話すのはお門違いもいいところだ。あんたを此処へよこした、帝海都のお偉いさんにでも話せばよかろうて」
「おや、いいんですかぁ? 不正を行っているのは、あなたの良く知る人物だそうで」
「へぇ。誰だい」
竜子が名を問う。
すると、ゆっくりと前に進み出たシルヴィアが、ライルの代わりにその人物を明かすのだった。
「……墨谷七郎。彼が、行っていたことです」
その人物の名に竜子はもとより、伽藍と桜の顔色も変わった。
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数日前、霊園山に到着した翌日であったか。
ライル・サプライは、宿泊するホテルの一室で酒を嗜みながら思案していた。
「(さて、どこからつついてやろうか……)」
必ず霊園山には後ろめたい恥部がある。不正で利を得ている人間がいる。
ダンジョンの利権を握る組織とは必ずそういうもの。
ダンジョンから得られた資源、それに限らずギルドに持ち込まれるモノや資金を上へ過少報告し、余剰を懐に入れる。
何処でも行われていたことだし、自身も当たり前のように行っていたことだ。
「サプライ家の人間が使う金。これはウィレミニアの発展、ノルン神教の権威を輝かせ、ひいては下々の人間の為になる。ギルドに吸い上げられるだけの金を有効に使っているのだから、感謝してほしいものだな」
そう言ってライルは、自身の行いを正当化させている。
自身の権力の源。ノルン神教での権力者としての家柄。
サプライ家の力は10年程前、ノルン神教上層部に対し起こった大規模クーデター事件によって、明らかに萎んでいる。
ノルン神教事体の権威信頼が国内で失墜しているのだ。
当たり前だった贅沢で煌びやかな金回りは無くなり、他の上流家から借金をしている始末。
ライルは実家の金が自由に使えなくなると、さも当然のように横領に手を染めた。
気づいた人間は、サプライの名を使い遠い場所へ左遷させたりもした。
財政難とはいえ、サプライの名を恐れる人間はギルド上層部にもいる。
「(オノミチに証拠を掴むよう命じたからには……あとは待つだけでいいか)」
自分の足を動かす気がないライルは、さらに酒を煽る。
「こちらの世界は、酒だけは多少マシだな」
マシだと、したり顔で呟くが、日本に来てから酒の量は増える一方である。
小野道が間に合わせで購入した、コンビニの量産品ワインの美酒をさらに口に含む。
その時、部屋のドアが開いた。仕事を終え帰った小野道だと思い振り向く。
「ほぉ、思いのほか早っ………?」
いつの間にか一室の椅子に腰を下ろすのは、金の髪を揺らす修道女。思考が止まる。
「こんにちはぁ、ライル様♪」
シルヴィアの蕩けるような声と美貌がすぐ傍に。
なぜこの女がここに?
どうしてこの部屋に泊まっていることが分かった? どうやって椅子に座った?
「(……そうか。あの脅しが効いたか)」
ライルは酔いの回った頭で、妖しい修道女が室内にいる状況を都合よく解釈する。
「は……くっくく。やはり、このライルを頼りにしたい理由がお前にあると」
――まあ、あの醜い火傷痕に目をつぶれば、多少慰みにはなる
シルヴィアに手を伸ばす為腰を浮かすが、彼女の後ろに立つ壮年の男に気付き止まる。
鬼のような顰め面だ。どこかで見たことのある顔な気がするが……思い出せない。
「……」
「な、なんだお前。誰の許可を得てここにいる……!?」
赤ら顔を急に青くし、慌て始めるライルを傍目にシルヴィアは口を開く。
「実は、助けていただきたいのです。霊園山で生み出されるモノを掠めとる人間がいるのです」
「は、あ?」
「私は女神のご慈悲により、この場所で祈り続ける意味を得ました。その静かな日々が、不義の人間によって脅かされております」
――どうか、あなた様の力を貸してはくださいませんか?
訴えを区切り、修道女は微笑みを深める。
「む、む……。不義を行う者がいるとは、聞き逃せない話、だ」
「不義を行う人物は強い力を持ち、私などでは暴力を以て害されるほかなく……こうして身を潜め、今日のような好機を伺っていたのです」
降って湧いた好機に、酔いの冷めたライルは内心ほくそ笑む。
「いいだろう、力を貸す。……だが」
「この不義が正された暁には私にできるお礼を、いかようにでも差し上げます」
「いかようにでも、か。……くくっ」
ライルの視線がシルヴィアの体を嘗め回す。
視線に晒されている間も、シルヴィアは表情を変えない。
後ろに立つ壮年の男の顔が一層険しくなるが、欲に塗れたライルは気づかない。
「正していただきたい、人物の名は――」
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あらましを伝えたシルヴィアが、壮年の男に車椅子を押され部屋から去る。
―― 女神の御心のままに
そう言い残し、流し目でライルを一瞥すると姿を消した。
「くく。くくくははは。やはりこのライルは、他の愚者とは違う!」
舞い降りた幸運。霊園山の不正に切り込む糸口。これを脅迫材料にして、迷宮の利を貪る為の道筋が開ける。
おまけに、あの女を玩具にできる言質も取ってやった。
悦に浸ったライルはまた酒を煽り始める。
自身の欲を解放する、明るい未来を信じて疑わずに。
こうして竜子たちの前に、ライルが訪れるに至ったのである。
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