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伽藍の過去、硝子の夢


 広いとは言えない和室だが、伽藍(から)(さくら)竜子(たつこ)がちゃぶ台を囲んで座っても息苦しさは感じない。

 窓からの光が部屋を照らし、湯飲みから立ち(のぼ)る熱い茶の湯気が見える。

 

 布団を抱いていた桜を引きはがした伽藍の顔は、平静を(よそお)うも羞恥でほんのり赤い。

 竜子宅で下宿?中だが、遠慮を許さない竜子に毎日風呂を使わせて貰っている。

 

 臭いは無いハズだ。してもシャンプーの匂い。

 そのはずだ。


 すん、とさりげなく制服の襟元(えりもと)を嗅ぐ。

 いまいちわからない。


 「伽藍チャン。肩の怪我治ったんスか?」


 「ん……。義瑠土の外傷用回復薬液、使わせてもらった」


 「霊園山(ここ)って、ほかの義瑠土とか政府施設ですっごい貴重品扱いされてるモノが普通に使えるんスよね~」


 「確かに、驚いた。優遇されてるってこと……なのかしら?」


 魔法が現実と成った世界の、黎明期(れいめいき)である日本。

 ゲートが繋がったのは十数年前であり、日本は原色の流星と共に初めて魔法に接したのだと、当初多くの人々は考えていた。


 しかし、ゲート開通の混乱が落ち着きを見せ始めた数年後。

 政府からの発表で、実はゲート開通の数年前より、異世界との交信を秘密裏に続けていたことが明らかにされている。

 

 「あたしは霊園山(ここ)の外のことはわからん。だがまあ、此処が大きくなり始めてから、魔法の薬なんかは使えるようになってたな。恵まれてるっちゃあ……そうか」


 竜子も、霊園山が他所(よそ)より優れた魔道具の数と質を持つことについて同意する。


 「まあ、帝海都のゲートが開く前から日本があちらさんと交流してた時、日本に魔獣なんかが生まれる予想はしてて、準備してたくらいだ。霊園山のことも不死者へ対応する大事さを承知して、数を(おろ)してくれてるんだろうて」


 ゲート開通当初。

 日本に魔力が急激に浸透、日本各地で”魔獣”や”不死者”が発生し人々を恐怖と混乱に陥れた。

 しかしながら、かねてより異世界との情報交換があったおかげで、魔物の発生を予測していた日本は対抗策を立案し準備。

 それは近代兵器と破魔儀式の同時使用による駆除作戦である。


 その際、異世界より戦闘実力者が派遣され、彼らの活躍も情勢の混乱を収める大きな要因となった。

 魔法による戦闘は、電子機器が使用できる幸運な現場の映像を用い一部テレビ中継もされ、お伽噺(とぎばなし)が現実に成る光景は大人子供問わず、危険も忘れ熱狂していたものだ。

 

 日本以外の国々では魔力現象は確認されず、今や魔法は世界における日本の独占技術・外交カードとなっている。

 日本から魔法に関する力・物品を国外に持ち出そうにも、魔力という存在が日本にしか定着せず、国外で同魔法現象は未だ実現できてない。


 「とにかく! 伽藍チャンが元気そうでよかったッス」


 「……伽藍は強いからこれくらいの傷、問題ない。……でも心配かけたみたいね」


 「何が問題ない、だい。真っ青な顔して帰って来やがって。風呂にぶち込もうと思ったら怪我があるわで、問題だらけだったよ!」


 ――それに……

 

 竜子はさらに続ける。


 「それに、聞いたら七郎が伽藍の心痛に一枚噛んでるそうじゃないか。あの男を伽藍に付けたのはあたしだ。霊園山で実力的に一番信頼してた男を頼りにしたつもりだったが……目が曇っていたかもしれないね。悪かったよ」


 「いや、それは伽藍が……初日に騒ぎも起こしてたから、伽藍の様子を見る為でもあった。そう…だよね?」


 竜子も予想はしていたが、七郎を伽藍に当てがった真意を見抜かれ目を伏せる。

 伽藍も、騒動を起こした件や親身になって手当してくれていた竜子に負い目を感じている。

 

 照れくさく言葉にはできないが、伽藍は竜子に心から感謝していた。そんな自分の心情をごまかす為、まだ冷めない茶を(すす)る。


 「で、伽藍チャンの好きな人についてなんスけど」


 しんみりとした空気を一瞬で壊す、脈絡(みゃくらく)なく落とされた爆弾発言。

 伽藍は小さく茶を噴き出す。


 「ッ、ゲホッ! なに!? いきなり何の話!?」


 「ほ~う。それは初耳だね。何処のどいつだい。かの烈剣姫(れっけんき)を射止めたヤツは」

 「おばあちゃん!」


 竜子も面白い気な話に気を持ち直し、気色(けしき)ばんで身を乗り出す。

 コイバナというものは、時代や年齢の境なく女たちを夢中にさせるものらしい。


 「誰かをす、好きだなんて、言ったことないでしょ!」


 本当に、好きな人の話をした覚えはない。

 知るはずがない、と胸を張る。


 「初代魔導隊の~?」

 「うあああううぅぅぅ」

 

 あった。そういえば。

 冷静さを欠き、桜の前でいろいろと口走っていた瞬間が。


 「いやっ……それは、違っ…! あの人は恩人で、憧れてるけど」

 「七郎サンに一生懸命魔導隊の話をする伽藍チャン。かんっぜんに恋する乙女の顔だったッス」

 「ぅぅぅううあああう」


 「ほう。最初の魔導隊」


 普段の鋭利な目つきからは想像もつかないほど、可愛らしく慌てる伽藍。


 その反応を栄養にして生きるモンスターと成り果てた桜。


 竜子は桜の口から出た魔導隊という、予想外の単語に目を細める。


 「最初の魔法使いだけで固めた……小隊、のようなものだったか? 世間には顔も、名前も明かされとらん。報道されるときは必ず、けったいな面と防具で誰だか解らんくしてた」


 「そうッスよね。私も、子供のころテレビで見たアノ人達を覚えてるッスけど……異世界の金属で作られた防具で、全身覆ってたッスもんね。男子たちに超人気だったっス」


 「伽藍を魔犬から助けてくれた時も、顔はわからなくて……覚えているのはあの背中だけ」


 思い出せば思い出すほど、胸が熱くなるものがあるのだろう。

 伽藍は当時の記憶をなぞりながら、自身の幼少期を含め語り始める。



 ―― 伽藍は本当に小さい時から、剣を握ってた。



 伽藍の生まれた家は、古くから剣術の道場をしてた。けど伽藍が覚えているのは、門下生なんて誰も居ない寂れた道場。


 「実の父親が道場主だったけど、稽古が苛烈すぎて誰も寄り付かなかったって聞いた」


 話し始めた伽藍は困ったように笑う。


 家系には警察官になる人が多くて、血筋なのか父親も正義感に溢れていて。

 「悪を剣で打ち砕くことこそ、我が家の本懐である」と繰り返し伽藍に言い聞かせていたのを覚えてる。


 伽藍も、実父(ちち)言葉を信じてた。

 すごく辛い修練だったけど、耐えて、剣ばかり振って。


 でも5歳くらいの時。虹色の流れ星が流れてから1、2年位経った日。

 父親と一緒に魔犬の群れに襲われて、父親は大ケガして、伽藍も噛み殺される寸前だった。

 今までの修練が何も役に立たないまま、怖くて体が動かない。


 その時、魔犬を払いのけて、群れに一歩も引いかないで立ち塞がってくれた人。


 恐ろしい牙を体で受け止めて、伽藍を守ってくれたの。

 あの景色はいつまでも焼き付いてる。


 伽藍は無傷で助け出されたけど、父はその傷がもとで剣が握れなくなって、数年後に病気で死んでしまった。

 それから伽藍を、実父(ちち)の知り合いだった今の養父(とう)さんが養子にして育ててくれて……。

 今度は養父(とう)さんが剣の師匠になった。

 すごい人で、今は魔導隊の一員。


 「伽藍を守ってくれた恩人に会って、お礼を言って、隣に並ぶ為にここまで頑張ってきた」


 桜は、伽藍が並々ならぬ道筋でどれだけ血と汗を流したか想像もできない。

 彼女の本懐が遂げられることを心から願う。



 「だが……初代の魔導隊は、あの事件で1人を除いて……」


 ――死んでしまっておる。結局名すらも明かされずに


 「でも!!」


 竜子が、いまや誰もが知る初代魔導隊の末路を語る。

 それを伽藍が息も荒く遮った。


 「でも、生き残った彼。【黒騎士】が伽藍を守ってくれたひと。事件でも沢山の人達を守り続けて、今も魔物から誰かを守ってる! きっと、あの人が……」


 自身の想い人は、10年前の事件で死んでいるかもしれない。

 (かす)かに(よぎ)る考えを否定し、伽藍は信じている。

 夢が果たされる日が必ず来ることを。


 「伽藍チャン……」


 必死の願いに、桜はかける言葉が見つからなかった。

 しかし伽藍の言葉から連想し、思い出したことが自然と口から洩れる。


 「でも、墨谷サンはどうして、あんなに……」


 ――なにかに怒って……


 その時、玄関のインターホンが鳴った。


 「今日は、客が多いな」

 竜子が来客を迎える為、腰を上げる。


 「待って」

 その腰が上げ終わらない間に待ったが掛かった。


 「? どうした」

 「庭から声がする」


 伽藍は敏感に玄関とは別にもう1人、庭に誰かいることを聴覚で感じ取る。

 庭の声は聞き覚えのある……護衛をしていた期間に、全く良い印象の湧かなかった男のモノだ。

 苦虫を噛み潰したような表情が、彼女の心情を物語る。


 「ライル・サプライ…」


 どうやら、訪れたのは招かれざる客。


 室内にいた3人は、縁側と庭が繋がる客間へと急ぐ。

 戸を開け放てば、我が物顔で庭に居座る恥知らずな男の姿。


 「お前、何しに……?」


 嫌な笑顔を浮かべるライルサプライの姿に、辟易(へきえき)する竜子。

 しかしその傍らにいる人物を見て竜子の表情が変わった。


 なぜ。

 なぜ彼女があの男の(そば)(たたず)むのか。


 車椅子に座り、変わらない笑みを浮かべる修道女。


 「シルヴィア……おまえ……?」


 その男は、あんな(きたな)らしい悪意をお前に向けたじゃないか。

 

 予期しない組み合わせが、竜子を途方もなく不安にさせるのだった。



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