今日のガドラン
「昨日の夜、屍鬼がでたらしいぜ」
「マジか? ……それでどうなったんだ」
「あの烈剣姫が倒したって聞いたぞ」
「流石だなぁ」
白捨山義瑠土支部内の食堂は、昼時ともあり賑わっている。
食堂を利用する人間の話題は、昨晩の混乱に対してのものが多い。
その食堂の一角に、人探しの目的を秘め霊園山に訪れた獣牙種、ガドランは腰を下ろしていた。
決して小さくないはずのテーブルとイスであるが、彼の巨体を収めるにはやや窮屈そうである。
彼の目の前には大盛りのカレーが置かれている。
銀色のスプーンでひと掬い。口に運ぶ。
まず感じるのは強烈なスパイスの香り。刺激的な香りの奥に、溶け込んだ野菜と肉の旨味を感じる。
ジャガイモとニンジンは舌で崩れるほど柔らかく、ルゥの中でしっかりと存在感を残す溶け切らないほどの肉の脂身。
カレールゥとコメをガドランは夢中で頬張っていた。
世界の別次元、ゲートの向こう。
獣人国家エイン=ガガンの故郷では、子供のころにイモや豆を煮るシチューをよく食べていた記憶がある。
食卓に肉があればお祭り騒ぎだ。
10年程前の転移事件。
生き残った獣牙種は、日本に設けられた特殊区画で住居を与えられ生活するが、まず食文化の違いには衝撃を受けた。
確保できる肉の量、野菜の質、主食の種類、調味料の多彩さ。
どれをとっても、エイン=ガガンでの水準とは比較にならない食文化の多様性。
日本は飽食が許されるほどに食料が溢れている。
故郷の味を懐かしむ氏族も多い。
だが日本の食事の味には、故郷の料理では太刀打ちできないとガドランは思っている。
日本にいるオーク氏族全体として、もちろん自分も……故郷に帰りたい気持ちは本心である。
しかし、もし故郷に戻れたとしても、だ。
この美味な料理の数々が食べられなくなることを考えると、ガドランは複雑な気持ちになるのだった。
「(アア、ダガ……カレーはいつ食べてもウマイ)」
日本で食べることが出来る料理の中で、ガドランはカレーライスを最も好む。
複雑なスパイスによる、食欲を掻き立てる香りと味。
コメも好きだ。
カレールゥとコメを同時に掻き込む時間は、ガドランにとって至福の時。
数分後には、大盛りのカレーは綺麗に食べつくされ皿のみとなる。
「(シカシ食べてイルだけでは、気がトガメル。早く巡回にデル申請が通らないモノか……)」
数日前から義瑠土支部内の一室が生活拠点になっているガドランであるが、墨谷七郎について調べるほかに、霊園山で働けるよう支部に申請している最中なのである。
昨夜を含めここしばらく霊園山の夜は、不死者や魔犬の増加で慌ただしいと聞く。
少しでも力になりたいと、ガドランの気は急いでいた。
「(霊園山の義瑠土支部ニ初めて来た日カラ、伽藍ト、あのライルとオノミチ、そして墨谷七郎トハ会えていない)」
七郎についても気になるが、それ以上に伽藍のその後が心配である。
「(ダレかに聞いてみるカ)」
カレーライスを乗せていた皿を返却口に返しながら、この後の予定を考える。
調理員の男性が食器返却の礼を伝えてきたので、ガドランも味の感想と礼を返す。
食堂にいる人間も最初こそは獣牙種に驚いていたが、数日たった今では挨拶を交わす仲だ。
ガドランの人柄を知り、警戒することは無くなったらしい。
「こんにちは、ガドランさん」
「おオ、アヤノ」
食堂の出入り口でガドランに話しかけた女性。初日にガドランを案内した受付担当の妙齢女性である。
名を、望月綾乃。
「また、カレーライスでしたね」
「アア、やはりカレーは好きダ」
綾乃はガドランの案内を誰かに任されたわけでは無いが、何かにつけて傍にいて、聞いたことを丁寧に応えてくれる彼女をガドランは頼りにしてしまう。
――ソウいえば……
彼女は食堂には入っておらず出入り口で会った。なのになぜ、カレーライスを食べたことを知っているのだろう?
ガドランに些細な疑問が浮かんだが、特に気にすることなく銀伽藍や昨夜の墓所区画の様子について綾乃に尋ねるのだった。
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