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屍鬼は希い、伽藍は憎む(2)


 一番大事な光を探していた。

 魂と骨を混ぜた土くれから(かえ)り立った理由。

 大好きな姉。


 ――おね、エ、ちゃ……


 視界の端から、綺麗な青い炎の揺らめきが広がる。


 熱くは無い。身を苛んだ耐え難い苦しみも、嘘のように感じない。


 万力(まんりき)のような腕から逃れ、一歩、二歩と、進む歩みはすぐに止まり……振り返る。



 ―― ひかりだ



 自身の腕から跳ね起きるように逃れた屍鬼(しき)を見る。

 彼女は数歩先で、ゆっくりと振り返った。


 恐るべき屍鬼の執念。

 体が崩れてなお動き続ける不死者に、憐憫(れんびん)賞賛(しょうさん)、2つの気持ちを同時に抱く。


 彼女が何に(すが)りついているのかは分からない。

 いや、屍鬼と成り、おそらく生前と同じくらい流暢(りゅうちょう)に発していた言葉から、恋しい家族を求めていたことは想像がつく。


 そして屍鬼は前のめりになりながら、こちらに向けて歩き始めた。

 既に大爪も崩れ溶け、魔力が()()る炎に沿ってひび割れが広がる。


 「(まだ向かってくるならば)」


 俺はさらなる無力化を講ずる為、再び臨戦態勢を取り


 「……嗚呼(ああ)


 すぐに体の力を抜いた。

 もう彼女に、暴力は必要ない。


 屍鬼は横を通り過ぎ、倒れ込みそうになりながら後方へ小走りになる。

 

 その先には照明魔道具に照らされる櫻井桜がいた。

 

 桜も屍鬼から目を逸らさず、正面からその瞳を見据える。


 「(なんだか、褒めてほしそうな子供みたいっスね)」


 桜は戦闘の緊張も忘れぼんやりとそう思う。両手は無意識に、屍鬼を受け止めるように。




 大きな手と、力持ちになった体。


 怖いヒト達に負けないくらい、強かったでしょ。


 お姉ちゃん。抱き着いたらまた、子供っぽいって笑うだろうけど。

 

 褒めてくれたら、もっと頑張れるのに。


 もっと、頑張って…………今度は、私が――



 「まモる、のに」



 崩壊を続ける屍鬼は、照明の光で輝く桜へ両手を突き出し飛び込んだように見えた。


 だが屍鬼の体は、桜の体に触れることなく土に還り霧散する。


 形を紡ぐための魔力を失い、灰のような有様に。

 最後に何事か呟いていたが、言葉は誰の耳にも届かない。

 

 屍鬼は自らの背で守った姉の(ふところ)で、2度目の最後を迎えたのだった。


 ・

 ・

 ・


 日が昇り少し経った、闇ひとつない朝の一幕。


 墨谷七郎は”ある墓”の前にいる。傍らには、(しろがね)伽藍(から)櫻井桜(さくらいさくら)が立っていた。


 伽藍の制服の上着は半分着崩され、痛々しく血のにじむ包帯が巻かれている。

 肩の怪我を桜も心配していたが、応急処置を行いこの場に残っていた。

 魔力により自己治癒力を増強しているのだろうが、治療を受けた方が良いことには変わらない。


 辻京弥は、負傷した義瑠土員の搬送の護衛として現場を離れ、そのまま七郎達と合流はしなかった。


 昨夜は何処もかしこも不死者が立ち上がり、魔犬に襲われた者も多かったと聞く。

 朝を迎えた後も、霊園山は昨夜の混乱が収まりきっていないようである。


 朝特有の清涼な風に吹かれ、一帯を穏やかな静寂が包む。

 生けられた花が揺れ、灰となった線香の香りが残る。


 この墓は、昨夜(たお)した屍鬼が眠っていた墓。

 場所は霊園山に走る線路沿いから離れた墓地区画。


 全員で容器を墓に戻し、灰に戻った彼女の為に短く祈りを捧げた。


 「なんなの、あなた」


 破られた静寂。

 すべきことを終えたと立ち去ろうとする七郎に、きつい口調で伽藍が問う。


 「あなたの行動はっ、傷つく人間を増やすかもしれなかった! バケモノに情けを掛けるような……」


 「……結果的に、あれ以上の被害は出ていない」


 「運が良かっただけっ! それにあなたの頑丈さは異常ッ、いったい何者なの!?」


 「君に話す理由は無い」


 「……ふん。毎日あんな不死者のバケモノを鍛錬相手にして鍛えれば、そうなるの?」


 バケモノ。

 伽藍が口走るたびに、暗い瞳の冷たい圧が増す。

 

 彼女は強がりながらも何処(どこ)か恐れていた。墨谷七郎は何もできなかった自分を責めているのではないかと。


 「あなたは強くなんかない。強いって言うのは、守るために戦える正しさを持つ人! ……あんたみたいな男、伽藍は嫌い」


 だから少女は、自分を守るように男を憎み否定する。

 勝気な瞳が、自身の原点とも言える記憶を映しながら揺れる。


 「あなたは、伽藍がどうして剣を持って戦うか聞いた」


 「……」


 「伽藍には逢いたい人がいる。あなたみたいな……何も助けられない男とは違う強い人」


 ――その為に、剣を振るう


 「子供だった伽藍を助けてくれた。顔は……ヘルメットで隠れていて、名前も(おおやけ)にされて無かったけど……あの人は初代魔導隊」


 七郎の表情が、少し歪んだ。

 それが自らの言葉が届いているからだと信じた伽藍は、勢いを増し言葉を続ける。


 「きっとあの人。初代魔導隊で唯一今も戦っている彼が、伽藍の恩人。いつか必ずあの人の隣に立てるようになりたい」


 熱に浮かされた少女は、憧れの人を思い浮かべ顔を上気させる。

 

 「それが、伽藍の――」

 

 そこで、少女らしい一面を見せていた烈剣姫(れっけんき)の言葉が途切れる。


 原因は七郎であった。

 冷淡な嫌悪。膿んだ傷口に這う蛆虫を見るかのような表情と態度を隠しきれていない。


 「あんな男に憧れてるのか」

 

 「なっ……! あんな、男? あなたが何を知って……」


 さらに、この男から発せられる異様な圧と音。

 ぎしり、ぎしりと、筋金(すじがね)(たば)ねた重い鉄筋(てっきん)(きし)むような音がする。

 合わせ七郎が立つ地面から、重さに耐えきれず潰れていくような、形容しがたい振動が伝わる。


 暗い瞳と柔和な表情しか知らない櫻井桜は、息を止め後ずさる。

 想いを侮辱された少女も男の様子に怯み、結局怒りを吐き出しきれない。


 だが変容も一瞬のこと。

 七郎は一度目を閉じ、再び(まぶた)が開いたときは変わりのない普段の様子。


 「 お疲れ様 」


 労わりの言葉だけを残し、七郎は墓所から去っていった。


 ・

 ・

 ・


 「伽藍チャン、大丈夫ッスか?」


 「……ごめんなさい」


 伽藍と桜は、屍鬼の灰を戻した墓所に立ち尽くしていた。

 桜は先ほどの空気をいったん忘れ、怪我をしている伽藍の身を案じる。


 「ちょっと、言い過ぎた、かも。……ごめんなさい」

 「イヤ、私に謝られても……困るッス」


 「……そうね」

 

 桜のおかげで平静を取り戻した伽藍は、行き過ぎた言葉を後悔する。


 「(次会った時、謝って……あげなくも無い)」


 憧れの人を、どのような理由であれ侮辱した事は許せない。


 しかし冷静に考えれば、自身の剣が及ばなかった怪物を彼が斃したのだ。

 結果的に被害は広がっていない。

 感謝はすれど、あそこまで責められる(いわ)れは無いはずだ。


 自身の非を素直に認めてしまった故か、昨夜から張り詰めていた気が緩み、傷の痛みと疲労感が襲ってくる。


 「支部に……戻る」


 桜と共に、墓地から去ろうとした時。

 

 道を歩く、年老いた女性と目が合った。

 花と(おけ)を持っている。早い時間から墓参りに訪れたのだろう。


 女性はこちらを見たまま、自分たちが立つ墓所前までやってきた。

 どうやら目的地は伽藍が立つ此処(ここ)らしい。


 「どちら様?」

 「あ、すいませんッスお邪魔して。私たちは霊園山義瑠土の登録員ッス」

 「あらまぁ。こんな若くて綺麗な娘が2人もお参りに来てくれるなんて、嬉しいねぇ」

 「へへへ」


 綺麗と言われた桜は、さっそく上機嫌だ。


 「この前も来たばっかなんだけどねぇ。今日は迷わず来れた」


 風に枝葉が揺れ、どこからか舞う花びらが視界を(かす)める。



 「妹も、同じくらいの年の()と話せて喜んでるだろうて」



 ――ひゅ、と喉奥から漏れるような息をしたのは、伽藍か桜か、その両人か。


 「……妹さん、っスか?」


 「ああ、若い時分に病気で()っちまったねぇ、かわいい妹さ。唯一の家族だった」


 ――今は息子も、孫もいるけどねぇ

   

 年老いた女性は笑う。


 「ろくでなしの父親から2人して逃げて、生きて……ようやくこれからって時に病気でね。背が伸びても、抱き着いて甘えてくる困った妹だったが」


 年老いた女性の声は明るいが、(うつむ)いているので表情は見えない。

 墓石の前にしゃがみ込む小さな背中の奥から、線香の煙が上がり始める。



 「妹は死ぬ前に、私にね。お姉ちゃんが守ってくれたから、生きてこられたなんて言ってたけどね、それは違う。守られてたのは私のっ…ほうだった。あの子が居たから…頑張ってこれたんだよ。病院のベッドの上でも、逆に私を励ましてくれるような……強くて優しい”人”、で……」


 女性の声が(かす)れて(ふる)え、流す涙は失った妹を想うが故に。

 


 ――バケモノに情けを掛けるような

 ――毎日あんな不死者のバケモノを鍛錬相手に

 ――君は剣で”人”を斬るのか


 ………………。


 ――強いって言うのは、守るために戦える正しさを持つ人!



 「う、えぇぇぇ」


 伽藍は吐き気を必死に抑えていた。

 血の気が引き、手足の先が冷えて痺れる。

 呼吸しているのに、胸が詰まる息苦しさが増していく感覚。


 魔獣の牙に立ち向かい、伽藍を救った憧れの人。

 

 その隣に並べるよう積み重ねた修練。それは強く正しくある為に。


 誰かの大切な人をバケモノと言った。

 人ではないと罵った、正しい伽藍の、振るう剣。


 「げ、ぇ」


 少女を刺すのは誰でもない己の刃。

 ついにはその場に留まれず、口元を抑えながら走り去った。


 人の過去と魂は、死した後にも消え去ることなく、残された誰かと共に在る。


読んでいただきありがとうございます。

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