語る墓土、そして屍鬼(2)
水影山、墓地区画前の弐番駅。
そこには墨谷七郎と銀伽藍、辻京弥と櫻井桜の4人の姿を見ることが出来る。
澱む暗闇が圧し掛かってくるような夜。
不死者が呻く、波乱の夜間巡回が始まった。
―それでな、桜。語る墓土っていうのは……
―あ、もう聞いたっス
―え……そう……
京弥と桜の話し声は、静かな墓地区画の奥へ消えていく。
京弥と桜、そして七郎と伽藍が2人1組に分かれ行動を別にしてから、しばらく。
それぞれの距離は離れており、浮遊照明の魔道具があっても、お互いの位置の把握は難しい。
夜の空、暗い歩道、黒い墓石。
見る景色の輪郭全てがぼやけていくような錯覚に陥る。
華瓶街や墓地街灯の灯りだけが、息が詰まりそうな巡回者達の心を休めた。
「あなた、なぜ霊園山で働いてるの?」
不機嫌顔であった伽藍が口を開く。
「なぜ、とは?」
「……おばあちゃっん˝んッ…………竜子さんにあなたのこと聞いた。あなたは10年位前に突然現れて、ずっと霊園山に居るんだって」
「ずっと? 偶に外出くらいはするさ」
七郎の不真面目な答えに、少女の反応は無い。
はぐらかすように答えた男は、ひとり暮らす竜子が孫を世話するように張り切る様子を想像し、内心微笑ましく思っていた。
「(ずいぶんと、仲良くなったみたいだ)」
少女の言葉端に滲む、竜子への信頼。
たった数日間だが、きっと厳しい口調で随分と甘やかしたのだろう。
「君は?」
「は?」
「君はどうして剣を持って戦う?」
逆に剣を振るう理由を問う。
少しの逡巡。そして、伽藍が口を開きかけた時。
「伽藍、は――」
突然、静寂を破る悲鳴が聞こえた。
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耐えられない寒さと、孤独感に似た焦燥。体が軋むたびに悪寒が増す。
過去も現在も未来も、何も感じない。思い出せない。
頭に霧がかかるどころではない、脳のすべてが欠落しているような感覚。
――いいや、思い出せることがひとつ
誰か怖い人に殴られていた記憶。
魂にまで、こびりついた恐怖。
そればかりが、がらんどうの頭蓋の中でリプレイされていた。
「うわ、やめろ! 離せ!」
油断していたところを、墓所の影から急に現れた”歩く白骨”に組み付かれた。
この義瑠土登録員は、霊園山で働き始めてから日が浅い。
数度の夜間巡回を経て仕事に慣れてきたが、今回初めて歩く白骨と接触した。
この男と組んでいたベテランの義瑠土登録員は、先ほど他チームから入った応援要請に向かった。だから1人で待機していたのだ。
男は咄嗟のことで義瑠土支給の呪符の使用に思い至らず、歩く白骨は縋りつくように男の服をつかんで離さない。
「離せ!」
男は、白骨を殴って引き離した。
衝撃。
必死に縋りついていた温もりに裏切られ、恐ろしい暴力を振るわれる。
痛みは感じない。いや、痛イ。怖い。ワからナイ。
歩く白骨は、肉のない体を少し散らしながら地面に手を着き、倒れる。
「こっの……! 人間みたいな仕草をするな!」
男は息を荒げ、呪符を歩く白骨へ投げた。
瞬間、魔力の霧散を表す青い炎が燃える。
だが突然、歩く白骨が体を崩しながらも炎から抜け出したのだ。
白骨は墓地区画の間を縫い、素早く這うようにして姿を消す。
呆然とする男。
応援に出向き離れていたベテランが、呪符の炎を見て丁度戻ってくる。
「歩く白骨だな。処理は成功したか?」
「に……逃がしちまった」
「は? 逃げた?」
「お、襲ってきたから……殴り飛ばしてやって……でも、呪符効かなくて」
殴った。
それを聞いたベテランは、苦虫を嚙み潰したような表情を相方に向ける。
経験の浅い男は、今度は白骨でなくベテランの登録員に怯えた。
「それは殴ったから、呪符で斃しきれなかったん……だろうな」
死により摩耗しきった魂でなお、還り立つほどの未練や後悔。
または、死んでも逃げ出したいと思うほどの恐怖。
還り立つ理由は不死者の数だけある。
そして呪符だけで静かに苦痛なく処理することが可能な、歩く白骨へ危害を加えることは霊園山では悪手。
夜に澱む魔力は、不死者の未練や恐怖といった負の感情によく染みる。
結果、呪符に抗えるほどの体を不死者は手に入れてしまうのだ。
藪の中を這いずる白骨に、魔力が纏わりつく。
纏った魔力は、空骨の体に土を被せ、被った土が肉と成った。
がらんどうの眼孔にも土が入り、光が宿る。紛い物の眼球が不規則に動く。
――あ˝ あ˝ あ
喉の肉土から音が出る。
空洞の頭で繰り返し再生するしかなかった感情を、”語る墓土”はようやく吐き出すことが出来るのだった。
「koわイぃぃぃーーやaaaDAぁぁぁ」
いつまでも憑いて回る恐怖。
その恐怖から逃がれたくて、語る墓土は泣きながら這い動く。
そうして、再び見つけた。温もりの気配。
墓土の体に成り果ててしまった、彼女にとっての温かい記憶。
「――お姉ぇチャン」
語る墓土は藪の中から、櫻井桜の細い足首をつかんだ。