語る墓土、そして屍鬼(1)
烈剣姫騒動から2日後の午前。霊園山義瑠土では、参加必須のミィーティングが行われていた。
夜間巡回の帰還者と日中の業務人員、その他出席が可能な者は必ず出席する。
それだけ重要な情報が公開される場なのだ。
頑強な素材で作られた一室は、小規模な劇場ほどの広さを持つ。
現在はスクリーン投影の為、室内は薄暗い。
「”語る墓土”の出現が予測される」
今回のミーティングを開いた、霊園山義瑠土の現場指揮を担う男がスクリーンの横に立った。
”語る墓土”。
その名が聞こえたミーティング参加者達の……特に墓地巡回者の空気が変わる。
「センパイ、語る墓土ってなんスか?」
「後で説明してやるから、今は聴いてろ(いいぜ、もっと頼ってくれ)」
櫻井桜はいじけたように口を尖らせ、視線を再びスクリーンへ。
説明が続く。
「知っての通り、墓地区画魔力深度の上下変化には波がある。周期と呼べるほど安定はしていないが、必ず魔獣が活発化し、還り立つ死者が大幅に増加する期間が存在する」
―― そして先日から、墓地区画にその傾向が見られ始めた
「魔犬との接敵報告数も異常といっていい。調査は継続しているので、各員観光客の避難誘導が必要になる事態も考慮してほしい」
―― なにより自身の身の安全も
締めくくりに安全意識の向上を伝え、ミーティングは終わろうとしていた。
「ちょっといいかい」
スクリーンとは逆、ミーティング室の入り口付近から声が響く。
守宮竜子である。
この女性は予告なく突然場へ参入してくることが多い。
現場指揮の男を含め、霊園山義瑠土員にとっては慣れたもの。好意的に受け入れられた。
――竜子さんだ。おはようございます
――今度お邪魔するので、頭撫でてもらっていいですか
――い つ も の
……好意的である。
しかし今日は、彼女の後ろに続く人物へ注目が集まる。
華奢な体に学生服。
烈剣姫こと、銀伽藍だ。
ちなみに理由はわからないが、今日の彼女は素足でなく、スカートから伸びる足を黒タイツで覆っている。
突然現れた噂の烈剣姫に、室内のざわつきも大きい。
竜子と伽藍がスクリーン前に立ったタイミングで、外光を取り入れる窓のシャッターが明けられ2人は朝日に照らされた。
「知っている者も多いだろうが、この娘は銀伽藍。数日前からあたしの家で世話しとる。伽藍には今日からしばらく、霊園山で腕を振るってもらおうと思う」
「……よろしく」
朝日に照らされた伽藍の髪と白い肌が、光を蓄え纏っているようだ。
彼女に魅入るも者も少なくない。
「慣れないことも多いだろうから、面倒を見てやってくれ」
――頼む。
そう言って、竜子は聴衆の前で頭を下げた。それを見た伽藍も慌てて頭を下げる。
聴衆からの返答は拍手によって返された。
頼まれずとも、かの有名な烈剣姫。願ってもない追加戦力だ。
ついでに、とても可愛らしい。男性陣には特に喜ぶ者も多かった。
「すまんな。世話を掛ける」
――ああ、それと
竜子は続ける。
「霊園山での先導役は、墨谷七郎に任せる」
「え……!?」
予想していなかった言葉。養父からの指示で探していた”墓守”の最有力候補。
そして竜子の言葉に、伽藍以上に驚愕している男がひとり。
「なぜに……?」
室内後方の隅にいつの間にか立っていた墨谷七郎が、目を見張っていた。
ミーティング室に集まる人々の目線が、隅にいる七郎に注がれる。
先日自分を亀甲縛りで縛り上げ、辱めた男が件の墨谷七郎であった。
いや本当は……薄々あの男が、探し人であることは察していた。
縛られ激しく混乱している最中、茶髪の男……辻京弥がシチロウと呼んでいたのを微かに聞いていて。
認めたくなかったのだ。
尊敬する養父が名指しする墓守という男。強く、正しい心を持った人間。
その密かな期待が、不気味な瞳と亀甲縛りという結果で裏切られる。
「(墓守はあの男じゃ無い。そう。そのはず、なんだ)」
縛られた状況を思い出す度、勘違いだと自らに言い聞かせ、記憶に蓋をしてきたのに。
敵を見るような目で、伽藍は七郎を睨む。
竜子は、悪戯が成功した子供のように笑っていた。
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場所は移り、華瓶街にある洋菓子店。
日当たりの良い4人掛けのテーブル席に座る3人の男女がいた。
――じゃあ、チョコケーキとブラウニーと……紅茶でお願いするッス
――かしこまりました
――……相変わらずメニューがチョコで真っ黒なの、どうにかならないスか?
――なりません
いくつかの菓子を注文する櫻井桜。
その隣で無言で向かい合う男女……墨谷七郎と銀伽藍の姿を見ることが出来る。
「……」
「……」
伽藍は腕と足を組み、人を殺せる目つきで正面の男を見ていた。
七郎は真っ直ぐな姿勢で、顔を窓の外に向けている。
ちょうど日の光が七郎を照らしているが、眩しくないのだろうか。
話し始めたのは、眼光鋭い伽藍だ。
「あなたが墨谷七郎だったのね」
「そうッス。このヒトが墨谷七郎サンッス。で、私が櫻井桜っス」
「桜はもう知ってる」
桜には態度を軟化させる伽藍。
女子2人は数日前の初対面の記憶が新しい。比較的年齢も近いことから気安いのだろう。
さっそく伽藍は望む答えに迫る。
「墨谷七郎。あなた、”墓守”って二つ名持ってる?」
「いいや、知らない」
伽藍の疑問に、ようやく七郎は顔を正面に戻す。
――視線は合うけど……でも、わたしを見てない
勝手にそんな直感に駆られた伽藍は、機嫌をさらに悪くした。
「伽藍の蹴りが当って、無傷なのは納得いかない」
「身体強化は得意なんだ」
伽藍と七郎の会話が途切れる。
この居た堪れない空気を打破すべく、櫻井桜が会話に参戦。
「あー……。墨谷サンは結構長く霊園山にいるらしいッスからねー。どこかで歪曲ってゆうか、誇張されてるんじゃないッスかね」
――それよりも、”語る墓土”ッス
墨谷七郎の元に桜と伽藍が集まったのは、2人が知らない語る墓土について知るためだ。
桜に促された七郎は、語る墓土について知る知識を簡潔に伝え始める。
「語る墓土は――」
語る墓土。
歩く白骨が魔力により肉や肌を模した土を纏い、生前の姿に近づこうとした姿。
多くの場合、白骨にはない表情と、何より発声があり生者へ語り掛ける。
未練や後悔を語るが、死により魂が損壊し不安定な場合がほとんど。
語る墓土による人的被害事例は少ない。
「へーえ。じゃあ危険は少ないってことッスか?」
「危険、ではある。歩く白骨より単純に存在強度と質量があるから。でも、みんなはその先を恐れているんだ」
「先?」
「”屍鬼”だ」
霊園山で出現記録のある、最も厄介な不死者の名。
屍鬼。
語る墓土が、より強力な未練や怨念を以て変化したモノ。
屍鬼は’白骨’’墓土’とは比較にならない危険度の不死者である。
白骨、墓土が脆く悲しい不死者であるのに対し、その次段階の屍鬼は明確に人間へ害意を持ち、戦闘能力が突然別次元へと変わる。
肉を簡単に引き裂く爪、獣のような俊敏性、人間ではありえない肉体の可動域と強靭さ、そして再生力が備わる。
墓土から突如、このような危険な存在へ変異することがイメージできない者も多く、被害が拡大する場合がある。
人間を襲うのは、魂の欠損による苦痛を生者の血の潤いで癒そうとするから。
「墓土と比べて屍鬼は、本当に危険度の桁が違う。屍鬼への変異を未然に防げるかどうかのターニングポイントになる墓土の名前には皆神経を使う……ということなんだ」
――屍鬼になんかさせないように、霊園山には義瑠土の人間がいる
屍鬼の危険性についてを伝えた七郎は、すでに運ばれていた紅茶を一口啜る。
紅茶は冷めてしまっていた。
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洋菓子店には、櫻井桜と銀伽藍の2人だけが残る。
――また、夜に。それまでよく休んだ方がいい
そう言い残し七郎は3人分の紅茶と菓子の代金を払い、菓子店を後にしている。
伽藍はまだ七郎へ問いただしたいこともあったが、次の機会に持ち越すことにした。
「いやぁ、気合入れないとッスね。伽藍チャン!」
「……問題ない」
修練を積み重ねてきた、伽藍の剣。自身の夢の為に磨き続けることは変わらない。
その想いと共にチョコケーキを頬張る。
「んぅっ!?」
口の中で滑らかに溶けるチョコの舌触り、絶妙な甘さと苦み。
かつて経験したことのないレベルの甘味に、伽藍の体が無意識に飛び上がる。
「ぶふっ。伽藍チャンのッ……フフッ、動き、おもしろいッス」
「甘いものは……その……家では食べる機会が少なくて…って、笑いすぎだ!」
女子2人の時間は、もうしばらく続くのだった。