死せれど魂は其処に
はやく、はやく、はやく。
元は桃色、今は黒く変異した弓を射ながら気だけが急ぐ。
鷲獅子の足は悪路をものともせず、飛ぶように闇のなかへ突き進んでいた。申し分のない速度だが、それでも焦燥は募る。
「(防衛線……っ。璃音が北に撤退するまで、持ちこたえられるかっ?)」
幾度も夜空へ浮かんでは消える信号弾。南側だけでない、東と西にいくつも分かれた防衛要所から、絶え間なく援護を求める明かりが見える。
やはり、東と西からも魔物の侵攻が始まったのだ。予想はしていたが順当に最悪。
これでは璃音も、安易に拠点を離れられないだろう。
「バリケードが抜かれれば鉄工所まで大通りで一直線っ……あの数の魔物を、一匹も撃ち漏らさず止める事は不可能だ」
――不死者ノ軍勢ダ!
――行く手ヲ塞がれたゾ!
「くっそおぉぉっっ、邪魔をするなあああ!!」
立ちふさがるのは骨の軍壁。槍弓の不死兵、剣の騎士、死馬の騎兵、そして英雄じみた”不死将軍”。
姫を頂く守護兵たちが、生あるものを悉く殺さんと立ち還る。
「お前らは……! おまえらはあああああ」
どこまで俺達を殺せば気が済むんだ!? お前らも元はヒトだったんだろうっ?
どうして骨になってまで戦うっ?
なにがお前たちをそこまで駆り立てる!?
スキルークの背から跳び降り、肉体強度頼りに正面から槍衾を打ち払う。
騎士鎧の剣が、騎兵の突撃槍が、魔力の光を帯び威力を増して振るわれる。しかし俺の握る大槍は数多の鉄激に晒されながらも、折れず歪まずびくともしない。
彼の……元の持ち主の生き様が乗り移ったような槍を、変異した膂力で振り回す。だが俺の渾身の重撃は、馬上の不死将軍によって受けられた。
将軍を乗せる死馬が黒土をまとい嘶く。
――いケっ、防衛線マデ僅カ
――不死者ハ我らガ請ケ負ッタ
眼前の不死将軍を襲う礫の魔法。獣牙種の戦士たちが鷲獅子を巧みに操り、不死兵たちを粉砕する。
スキルークも俊敏に跳ね回り、骨兵を爪の餌食とした。
「――! 無理はするなっ、絶対に外からの救助は来る! 死なないでくれ!」
不死将軍の意識は戦士達へ。
無茶を通さねばならない場面だと分かっていても、彼等には死んでほしくない。ありったけの想いを、槍の石突で地へ奏でた律動言語と共に叫ぶ。
「「「O o o II :: L O o o O ll O:;;――――――!!」」」
【戦士の咆哮】で返される勇壮な鼓舞。何よりも頼もしい不沈豪傑の姿は、また会えるという希望を俺に抱かせる。
黒の四肢に目いっぱい魔力を回し、全速力で地を駆け屋根を飛び越えた。
この獄夜において俺の膂力は、戦う技は、最も強いと自負がある。
虎郎が生きていれば、俺などより多くの人を救っただろう。愛魚なら人が傷つく前に、弓矢で敵を射抜けただろう。
セギンが、ダンが――、戦い散った陸軍の皆も生きていれば、こんな蹂躙されるままの状況では無かったのかもしれない。
「(でも。もう俺しかいナい。俺が一番敵をコロせる。助けるために、俺が出来るコトを――)」
全ての人を救うには、俺の両腕ではまるで足りない。
なにより大切な仲間さえ、俺の手からはこぼれてしまった。
これ以上は奪わせない。失いたくない。
璃音や真理愛……せめて俺の小さな腕で抱えられる人くらい、守らせてくれよ!
防衛線は死守して見せる。北以外の方角すべてに魔物が湧こうが関係ない。それぐらいの距離、俺が殺しまわってやる。
あと少しで南のバリケードが見える距離。そこで遠くに上がる信号弾を見た。
「あれは――、拠点の襲撃? 鉄工所が襲われてる!?」
打ちあがったのはバリケード各位でなく、防衛の目的たる避難拠点からのSOS。
――陥落危機、至急救援求む
切羽詰まった意味の信号弾は、明らかに俺へ向け発せられたモノ。俺以外に、市街から拠点へ火急に駆け付けられる移動力を持つ者はいない。
「……ぁ……ぐ……璃音……真理愛……、頼む、頼むよ――鋼城ぉ、俺が行くまで守ってくれっ」
動揺した俺の脳裏によぎったのは、仲違いした仲間の顔。
俺は、鋼城を心から信じれていない。だが俺では、すぐに拠点へ手が届かない。情けなくも、自ら突き放した男へ、心内で必死に“助けてくれ”と懇願する。
――死をもたらす狂気の気配
叫び出したくなるひどい焦燥と、魔物を鏖殺せんとする覚悟。それらで磨かれた俺の五感は、鋭敏に迫る脅威を感じとった。
「――、っ」
幾重にも重なり襲う絶望に、もはや言葉も無い。
白い影が闇夜に尾を引き、美貌と剣が宙に踊る。
1歩で髪が、2歩で瞳が、鮮明に映る距離まで近づいた。鮮やかに輝く細剣が求めるのは、再びの死闘。
怒りが沸点を超える。
さんざんに死を与えた殺戮姫は、こと此処に至るまで未だ死神として在るのかと。
握る手により、不死将軍の剛撃さえ受け止めた槍が軋む。
セギンの大槍、この感触のおかげで瞬間、自身が今どこに立つのかを理解した。
積みあがる瓦礫、砕けた建物の基礎。此処がどこであるかを頭で言葉にする直前、俺の心は無音のまま動きを止める。
驚愕を超える忘我。崩壊の跡、地面に広がる瓦礫の山より、殺戮姫の胸骨を掴んで離さぬ腕が伸びたのだ。
躯を埋める岩の重みを、起きる勢いで吹き飛ばす。赤に濡れる、傷つき尽くした戦士の巨躯。
こう在りたいと憧れた大きな背中は、片腕を根元から失うもなお勇壮。
息を吸う。彼の名を、喜びをもって力の限り叫ぶために。
息を止める。彼の瞳が、喪失をもって命亡き者と叫んだために。
頭蓋の大半を失うかつての友は、それでも戦士としての守りを成す。
殺戮姫の剣をその身で受け止め、同時に隻腕で骨を砕く。
――……不死者は終わらなイ苦痛ニ苦しム。我らト同じく過去を持ち、トキにその過去こそガ、彼の者らに強大な力を与えル
不死者とは、魂無きまま彷徨い殺す魔の存在。この獄夜に囚われるうち、憎しみだけが積もっていた。
そうではないのだ。不死者は、彼らの魂は、死してなお――
「(確かにっ、其処に在るんだっ!)」
セギンっっ。
友に守られ、与えてもらった、仲間の元へ帰る道。
彼は殺戮姫を通さない。信じたままに振り返らず駆け抜ける。
征ケ、友ヨ――と、微かに聞こえた優しい声は、きっと幻聴なのだろう。それでもいいと思いながら、背からの励ましを胸にしまう。
しかしようやくたどり着いた防衛線は、すでに空しく崩壊寸前。俺と獣牙種が魔物を抑えた南側バリケードのみが、辛うじて士気を保っている有様だ。
――行ってくれ、託したから、俺の家族を守ってくれ。
死屍累々の志願兵達が、切なる望みを込めて俺の背中を押す。防衛線をすり抜けた魔物が、拠点にとりつく光景が見えた。
助けるために、守る為に、再び風より速く走り出す。
どうか、どうか、間に合ってくれと、血を吐く思いで願いながら。
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