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ガドランの手繰る記憶


 「な、なに?」


 先ほどまで受付業務にあたっていた女性は、担当を離れ支部の別棟(べっとう)へ来ていた。

 本棟(ほんとう)別棟(べっとう)は渡り廊下で繋がっており、建物内のみの移動ではあるが、いかんせんこの支部は大きい。

 受付フロアから別棟まで来るには距離を感じる。

 

 移動してさほど経たないうちに、本棟の方からなにか騒ぎの気配を(かす)かに感じていた。

 

 女性はひとりではない。見上げるほどの大きい男と一緒だ。初めて見るオークという種族の男性。


 筋骨隆々の体を獣毛で覆う男が受付で話しかけてきた時は、恐怖で体が強張りぎこちない対応をしてしまった。

 

 しかしこの口に牙を生やした男は、優しく落ち着いた口調で接してきたのだ。

 彼の人柄によって緊張が解れ、相談のあった宿の確保について協力している。

 

 オークの男性は ガドラン と名乗った。


 「騒ぎガ大きクなった……カ?」


 此処は別棟の簡易宿泊所の一室。宿のないガドランに、この宿泊室の利用を勧めるために案内していたのだ。

 

 ガドランは帝海都から賓客の護衛としてやってきており、日本義瑠土(ぎるど)にも情報が登録されている。

 ある程度身分が保証されている人物であるので、宿泊室使用の許可は下りた。


 その一室で2人は、騒ぎの音が大きくなったことに気付く。大きく床を蹴るような音も混じり、女性は恐怖を感じ始めた。


 「心配ナイ。見てコヨウ。ココに居てクレ」

 

 ガドランは彼女の肩に手を置いて(なだ)めてから来た道を戻る。


 「(大きな手、だったな……)」


 手の感触からじんわりと広がる安心感。

 女性は触れられた肩に自分の手を重ね、知らず顔を赤らめていた。


 ・

 ・

 ・


 受付フロアが見える廊下まで戻ると、(しろがね)伽藍(から)が起こした混乱は終息していた。


 伽藍は床に座り込み、見知らぬ老女と話している。


 危険は見当たらない。そう思い様子を伺っていた廊下の影から、フロアに入ろうとした時。

 ひとりの男の存在に気付いた。


 フロアの(すみ)でなぜか正座している男。

 修道服を着た女性になにか責められている様子。


 その男を見た瞬間、ガドランの子供の頃の記憶がフラッシュバックする。


 他の子供と共に遊びに(ふけ)っていた、青空の広がる草原。

 響く轟音。揺れる地面。

 

 突如として闇に包まれる空。


 獰猛(どうもう)な魔獣蔓延(はびこ)る夜の牢獄。

 まだ子供だった自分達を、必死に守る大人の背中。

 逃げ込んだ先でも、か細い(あか)りだけで恐怖に耐えた。



 ーーそんな顔しないの。カワイイ顔が台無しよぉ

 ーー大丈夫……?

 ーー呆れたね。ボクの頭脳がココを守ってるんだよ? 大船に乗った気持ちでいるといい

 ーーさ、早くベッドに戻ろう

 

 ーー必ず守るよ


 そして暗い夜の中、守るため戦ってくれた恩人……日本人の戦士5人の顔。


 「……?」


 だが、この違和感はなんだ。

 確かに覚えている、あの人は……あの事件の時の……。


 怯える者、戦えない者達を守りながら、血に飢えた牙に立ち向かう勇敢な顔は、暗い夜の中で見ていた。


 「(ソウダ。アノ人たちハ、あんな眼をしなカッタ)」


 人の心の内、精神が顔つきや外見に影響することは珍しくない。

 あの男の瞳はどうだ? あの暗さ。あれではまるで……。


 「恐ろシイ、夜ニ成ってしまっタ……」


 立ち竦むガドランは、フロアに入れないまま10年前の記憶と嚙み合わない七郎を見る。

 そこで目が合ったように感じた。

 

 ――せぎん……。

 

 彼の唇が動き、そう呟いたように思う。


 「ガドランさん!!」


 突然の声。後ろから自身の名を呼ばれ我に返ったガドランは振り返る。

 

 先ほどまで案内をしてくれていた受付女性だった。


 「帰ってこないから、心配で……。いったい何が」


 少し息を切らした女性がフロアの様子を察し、ガドランを不安そうに見つめる。

 女性を1人にしたことに罪悪感が()いた。


 「ス、スマナイ。危険ハ無いようダ。一度受付ノ場所に……」

 

 なだめながら、再びフロアへ視線を戻す。

 暗い瞳の男は、忽然と姿を消していた。


 「!?」


 何処に消えたのか。オークである自分を覚えていないのか。

 疑問は尽きない。


 銀伽藍は、老女に手を引かれ何処(どこ)かへ()ってしまった。

 取り急ぎガドランは事のあらましを知るべく、京弥のもとへ歩み寄るのだった。


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