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真理愛の危機


 蠢く魔物の姿は、輪にかけて不気味なものばかり。

 体の大部分が裂けた口の、猪のような四足獣。翼を前足にして地面を闊歩する鳥と猿を合わせたような異形。

 飛行する魔物は居ないが、地を走る魔物はおおよそ脳が理解を拒む造形をしていた。


 俺は奇怪な鳴き声を上げる魔物の群れを、4階建ての建物の上から見下ろす。


 「今だっっ、起爆!!」


 下へ合図を送ると、獣牙種(オーク)のひとりが両手にそれぞれ持った銅線の端を触れさせ火花が散る。


 爆音、そして土煙。


 以前、セギンが不死軍を止めるに使った起爆罠、それと同じ物である。

 そしてコレが、最後の罠。


 「拠点南を守るバリケードに戻ろう。救援を求める信号弾が見えた」


 ――ワカッタ。我らは戦士トシテ、最後マデ共に在ル

 ――我ラが宝、魔物ニ触れサセテなるモノカ


 「……ここに、居るのは……」


 ――5騎。ウルグーンとタイダリグが逝っタ

   グスカンは(はぐ)レ、行方がシレヌ

 ――勇気アル戦士達ヨ

   彼らの魂は、宝ノもとへ


 彼らも自分の家族を守る為に戦った。誰かが戦わなければ、拠点に居る人間は全員死ぬ。

 ……自らの意思で選んだ戦い。それを理解していても、心がひび割れていくように苦しい。

 

 今は先を見ろっ、何ができるかを考えろ俺! これ以上死なせない為に戦ってるんだろっ。


 「――っ、来た道はもう使えない。不死軍の黒土も広がってきて、近くの安全区域は此処だけだ。迂回(うかい)して、魔物との戦闘を避けてバリケードに戻る」


 スキルークに(またが)り、共に戦う獣牙種(オーク)たちを見回す。彼らも覚悟を決めた顔つきだ。

 伝えられるうちに感謝を伝えなければ。


 「ありがとう、一緒に戦ってくれて。特にさっきは助かったよ、ダグルガラン。急に現れた不死兵に反応が遅れた。槍で防いでくれなかったらどうなってたことか」


 共に戦う戦士の名と顔は覚えてる、獣牙種(オーク)の顔つきは無論、人間と大きく違うが、慣れてくれば見分けるのは簡単である。


 ―― ……?


 しかし、自身を救ってくれた戦士の返答は無い。みな一様に不可解げな表情をしている。


 「ダグルガランは? さっきまでそこに――……」


 ――ダグルガランは、ココに居ナイ

 ――騎士蜂トノ戦いで、死シていル


 ……そうだ、彼らの言う通り。

 ダグルガランは、騎士蜂に殺されている。妻と息子を残して。


 「でも、間違えるはずがない。俺を救ったのは、確かに、彼だった。そんな……なにが……」


 疑問はそのままに、とにかく一秒でも無駄にしない為走り出す。

 セギンの槍で、スキルークの背から魔物を薙ぎ払う。夜空の星が、いよいよ激しく燃え輝く夜の中、風より速く闇を進む。


 「…………ぁ」


 視界の(はし)、闇の向こうに、見覚えのある姿が現れては消える。それは共に拠点を守り、そして死んでいった人々によく似ていた。


 ・

 ・

 ・


 「移動の準備を急ぐんだ。防衛線が機能しているうちに、拠点を北の廃校舎に移す!」


 魔物の侵攻は主に南より(せま)る。しかし報告によれば、東西の2方向からも魔物が溢れ始めているのだ。これでは明らかに防衛線は維持できない。


 「(いつまで経っても、ボクにできるのはその場しのぎの一手……か。……いまは拠点を落ち着けて、はやくバリケードの指揮へ行くんだ。持ちこたえてくれ七郎)」


 握りしめた地図にしわが広がる。激しく混乱している拠点内で、璃音は生き残った陸軍兵士と共に、状況の収拾を(はか)っていた。


 「場所とルートは地図で確認しました。我々が避難者を数グループに分けて先導します」


 「頼んだよ。防衛線が破られれば、市街の中央にある此処も飲み込まれるんだ。救助が来ると仮定して時間を稼ぐ」


 女性兵士が璃音の指示のもと、慌てる避難者へ移動の準備をするよう叫ぶ。


 《聞いてください!! これより陸軍が皆さんを先導し、別の避難所へ案内します。落ち着いて行動を――……?》


 女性兵士が、かろうじて動く拡声器を手に作戦を語ると、大声量が閉じた空間に響き人々の意識が集まった。

 同時に、突然動きを止めた女性兵士の困惑までもが静寂の中で伝播(でんぱ)していく。


 《そこの、あなた……なぜそんなところにつる下がって……?》


 拡声器をもったまま視線は上へ。製鉄機械が並ぶ広場の吹き抜け、その2階と呼べる高さには、作業員用の簡易通路が壁から壁へ橋を渡す。

 常夜灯の無い暗がりへ通路の先が消えているが、ちょうど(あか)りと(やみ)(さかい)で、通路から男が頭を下に垂れ下がっていた。

 

 兵士が、携帯ライトを徐々に上へ。


 気づけば()せ返るような血の臭い。液体の(したた)る音。男の下半身を飲み込む、醜いコウモリのような顔が、ライトの光で(あら)わになる。大きな目玉がぎょろりと不規則に動いた。


 拠点広場が、阿鼻叫喚の地獄へ変わる。


 ・

 ・

 ・


 広場がまだ混乱の坩堝(るつぼ)にあった頃。

 織使(おりづか)真理愛(まりあ)は、常夜灯の消えてしまった拠点通路を歩いていた。


 「((じょう)くんとはぐれちゃった……。でも丈くん、獣牙種(オーク)の人達のところの女の人と一緒だったし、平気だよね……)」


 真理愛も丈少年と共に、獣牙種(オーク)の妻である女性に手を引かれていたが、途中で人ごみに圧され(はぐ)れてしまう。

 すぐに追いかけようにも通路の灯りが消え真っ暗闇に。周りに居た人々もパニックで走り消え、いつの間にかひとり残されていたのである。


 「くらい、けど、だいじょうぶ。みんなの所に」


 いまの少女の眼には、真の闇しか映らない。少し前まで、離れた距離どころか時間の先をも視た瞳は、黒く塗り潰されることが多くなった。

 外で戦う人々、とりわけ魔導隊の力になれない無力感と、世界が途切れ失われたかのような不安が真理愛の心を塗り潰していく。


 「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、七郎くんも璃音(りおん)ちゃんも強いんだもん。真理愛だって、がんばれる」


 お腹が空いて、体に力が入らなくても、みんなといっしょならだいじょうぶ。

 視える“いま”と“先”がまっくらやみでも、きっと明日にはみんないっしょに助かって……。


 「せんせいも……どうなるかなんて視えないもん。朝がきたら病院に連れていってもらって、それで、っ。魔導隊の人達に助けてもらったんだよって……虎郎(ころう)ちゃんと愛魚(まな)ちゃんと璃音(りおん)ちゃんと……七郎くんが、がんばってくれたんだよって……ありがとうって、ちゃんと」


 「――へへへ、どうしたんだ真理愛さま」


 「ふぇ!? びっくりしたっ」


 暗い通路の曲がり角、死角から突然男が少女へ声を掛けた。

 男はなぜか声を掛けた後に、キーホルダーのような小さなライトの灯りをつける。


 「ぅ、……くらくて、広場に行く道がわかんなくて」

 「へへ、ここの奥はボイラー室ですよ。この辺、入り組んでるからなぁへへへへ」


 どうやら少女は、鉄工所の相当奥まった場所に迷い込んでいたようだ。男と少女以外に人の気配は無い。


 「おじさんも迷っちゃったの?」

 「へへ」

 「でもよかった。そのライトがあれば前が見えるよ」

 「聖女さまに、見えないものはないだろ? へへへ」

 「真理愛は、せいじょなんかじゃない、よ。前はいろいろ視えたのが、最近あんまり視えなくなっちゃった……。養護院で、視たくない時にはあんなに視えたのに……」

 「へ、へ、落ち込んでんのか。ほらコッチだ」

 「え? 痛っ」


 男は真理愛の細い腕を掴み歩き出す。遠慮も何もない男の行動に、真理愛の顔に恐怖が浮かんだ。


 「そっち、ぼいらー、室?」

 「……へ」


 向かう先にはボイラー室と書かれた鉄の扉。少女は恐怖のおかげでようやく思い至る。

 

 どうしてこの人は、誰もいない通路の奥でひとりだったの?


 「い、やだっ、離して」

 「静かに、しろっ」


 さらに腕を強く握られ、男の体に引き寄せられる。荒い呼吸がよりいっそう少女の恐怖を(あお)った。


 「へへっっ、へへへへぇ! 守ってやるんだ、これからは()()でっ。だから来いよ、ホラッ」


 男が見せびらかしたのは、宝石のはめ込まれた首飾り。真理愛にはまったく何のことか分からない。


 「ひ、やだぁっ」

 「ほらっ、ホラっ」


 奥の密室に連れ込まれる前から、こらえきれない男の手が少女の体を撫でまわす。花柄の薄いワンピースの上から、痣が浮くほどの力で。

 小さな肩から薄い胸、ついにはスカートの中にまで手が伸び、尻を掴んだ指が少女に痛みを与えた。


 「痛いっ、きもちわるいっっ、さわらないでっ!!」

 「は、ひ、へへぇ」


 可憐な少女の怯え顔に、男はさらに興奮。抵抗し、涙を浮かべ見上げる少女の瞳には、万華鏡のような極彩色が激しく光る。

 その清い美しさもまた、男を魅入らせ欲望を加速させた。


 いつのまにか投げ捨てられた小さなライトが、ボイラー室とは逆、通路の奥をぼんやりと照らす。


 ――カツンガツンカツンガツン


 「――へぁ?」

 

 通路に木霊(こだま)する奇妙な音が、ぎりぎりで男の興奮を押しとどめる。真理愛は懸命に男の体を蹴り、拘束から抜け出そうと必死だ。

 なおも音は続く。


 ――……カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツッ


 固いものを、激しく打ち付け合うような音。

 男と、異変に気付いた真理愛も自然と音の発生源……ライトが放られる通路へ顔を向ける。


 目に入ったのは白い歯だった。一本が人間の(てのひら)ほどある(むご)たらしい牙が、すき間をあけて醜く並ぶ。

 次に浮かぶのは大きな頭。既存の動物に例えられない、(ねじ)じれる角がそこかしこから突き出る黒い顔。


 音の正体は、打ち鳴らされる怪物の歯であった。


 「あ゛、ああああああああ!?」

 「きゃあっ」


 男は恐怖に叫び、真理愛を突き飛ばしてからボイラー室へ走る。しかし動きを見せた獲物に反応し、魔物が壁をひっかきながら追い始めた。

 迫る魔物の体躯は、動物の足が昆虫のごとく無数に生えた異形のもの。特に大きく発達した後ろ足だけで体重を支える。


 異形の魔物が、建付けの悪い扉を叩く男に噛みつく直前。


 「守ってくれぇぇぇぇぇ!」


 光る(まく)が、魔物の牙から男を守る。だが膜は歪み、ひび割れていく。


 ひ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛


 男の(わめ)くような悲鳴を(あと)に、真理愛は夢中で逃げ出すのだった。


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