表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/320

運命を違える少女たち


 燃料発電機と(つな)がる非常電源が、広間の夜間灯(やかんとう)に電力を送る。燃料の不足により明かりが点滅する都度(つど)、不安に(さいな)まれる避難者たちの顔が浮かんでは消えた。

 木霊(こだま)するのは、恐怖を吐き出すくぐもった叫び。


 ―― かつん かつん


 (よど)んだ空気に犯されない、高く乾いた音が繰り返される。


 「……イヤね、息が詰まりそうよ。ね、カツヤ」

 「ああ、そうかもしれないね」


 シクルナ・サタナクロンの小さな靴が、通路の床を軽やかに叩く音であった。

 

 少女に他の人間のような、飢餓(きが)ゆえの悲壮感は無い。彼女はロームモンドの持つ魔法(かばん)にあった、保存のきく焼き菓子を食べているのだ。味は普段食べている物より数段以上落ちるが、飢えを感じることは無かった。

 ロームモンドと、シクルナと共にある鋼城(こうじょう)も同じく。


 「マリアはどこかしら。最近、預言の調子がわるいみたいじゃない。ちょっととくべつな(チカラ)があるからって、聖女なんて呼ばれていい気になるから……これで勘違いも覚めるでしょ」

 「……すこし、相談があるんだけど」

 「なあにカツヤ」


 鋼城は密かに想いを寄せていた鷲弦愛魚(わしづるまな)の、異形に変わり果てた末の死を聞いてから、自身の在り方を後悔していた。

 恐怖に負けて戦いから逃げた自分を、目の前に居る少女を逃げ道にした自分を、好きだった子を守っていたのが獣牙種(オーク)なんかじゃなくオレだったらと……、ついに恐怖へ打ち勝とうとシクルナの元から離れようとする。


 「オレも――」

 「あっ、いたわ。マリアよ。また大人達に囲まれてる」

 「え……」


 そこでシクルナが真理愛(まりあ)と、彼女を囲む人垣(ひとがき)をを見つけ、鋼城は言葉を続けるタイミングを逃す。

 行動を起こす為にシクルナの許可がいるワケではない。だが一度はたったひとりで、安全区域の外へ飛び出したことのある少女だ。

 再びそうさせない為にも、しっかり納得させたうえで距離を置きたい。


 しかし、決意を(ともな)う意思表示を後回しにせねばならぬほど、少女真理愛の置かれている状況は異常だった。


 ――真理愛さまっ、次の預言は!? どうすれば助かるんですっ?

 ――ね? 教えて真理愛ちゃん。おばちゃんを助けると思ってっ

 ――なんで何も教えてくれないんだ


 「あの、そのね、ごめんなさい。何も視えてなくて……」


 余裕を失った避難者たちが十数人、真理愛を囲み予知の力に(すが)ろうとしている。血走った目の大人たちに、幼い少女は(おび)えを見せる。

 その様子を見ていたシクルナは、勝ち誇ったようにため息をついた。


 「なによマリア、ぜんぜんダメじゃない。……“聖女なんて噓だった”って、さっさとあやまればいいのに」

 「だけど、あれは少し……」


 ――やめろよ!!


 突然人垣の熱気を、少年の声が(さえぎ)る。

 声の主はいつか助け出した、真理愛と同じ養護院の男の子。少年は真理愛が怯えていることに(いきどお)る。


 ――真理愛が怖がってるだろっ。もうやめろよっ!

   コイツだってずっとがんばってて……

   真理愛を勝手に“せいじょ“なんて呼ぶな! 離れろよぉっ

 

 ――うるせぇっすっこんでろ!

 

 ――いでっ


 「やめてっ」


 押され倒れこむ少年を真理愛が(かば)う。突き飛ばした手も、突き飛ばされた体も、曖昧(あいまい)な月日の中で飢えに苦しみ、やせ(おとろ)えている。


 ――な、なあ。この子ホントに未来なんて見えてんのか?

   もうそんな力、無いんじゃねぇのか?

 ――じゃあアタシ達どうすればいいのよ

 ――教えてくれよ聖女さま。……へへ、へへへ


 「やめてちょうだい」


 混乱した集団が、行き場を無くした焦燥を不穏な熱気に変え始めた時。

 意外にも割って入ったのはシクルナであった。鋼城も少女へ害が及ばないよう(そば)に立つ。


 「シクルナちゃん……」

 「(よご)れた姿ねマリア? 身の程をわきまえたみたいだから助けてあげる」

 「すまないが、すこし離れてほしい。落ち着いてくれ」

 

 ―― そ、その(よろい)、あんたは魔導隊の……


 鋼城の姿を見てたじろぐ人々。第一世代魔法使いの高名はメディアによる宣伝と、なによりこの拠点での働きによって周知されている。

 集まっていた人々は、各々不安を吐き出しながら散っていく。


 ―― ……ちくしょうっ


 「っ、まって」

 「あら、あの男の子どうしたのかしら」


 悔し気に走り去る少年。真理愛の呼びかけに応じず振り向きもしない。

 見送る数人の中で、鋼城だけは彼の心情を察する。大事な人を守る力のない、自分への失望。


 「(オレも逃げずに戦ってたら……っ、このままじゃダメだっ、愛魚(まな)ちゃんもあんな姿になって……し、死んで、死んだのに、オレだけ何も――。せめてこれからオレも魔導隊らしく――)」


 「ねえマリア。わたしね、あなたとお友達になりたくて探してたの」

 「ぅえ? う、うん」


 シクルナの言葉に、鋼城は驚き思考を引き戻される。

 シクルナは(はばか)らず真理愛を目の敵にしていた。それが突然態度を変え、笑顔で友達になりたいと言っているのだ。

  

 「でもね条件があるの」

 「じょう、けん?」


 真理愛も訳が分からず首を傾げるばかり。それでもシクルナは、さも当然の願いだと言わんばかりの笑顔だ。


 「条件はね、もう預言なんて嘘を誰にもつかないこと。わたし嘘つきとお友達になんてなりたくないわ」

 「嘘なんて……ついてないよ」

 「いい? 誰にも、なんにも教えちゃダメ。マリアじゃなくて、わたしが聖女になるべきなの。お父様も、ほかの司祭様たちもそうおっしゃっていたわ。マリアもきょうりょくしてくれるでしょ?」

 「……私は……」


 預言の少女に味方はいない。保護者である二葉幽香(ふたばゆうか)は床に伏し、同郷の少年は場を去った。

 

 「(シクルナちゃんがお友達に……なってくれたらいいなって、ずっと)」

 「(うなずきなさいよマリア。……わたし、ほんとうに同い年くらいのお友達が、いてくれたらいいって……)」


 自身の持つ力で、人々を懸命に助けようとした勇気ある少女。

 自身の持つ運命が、人々の望むものであると信じる無垢な少女。

 

 彼女たちが求める物に、さほど大きな違いは無い。

 彼女たちが手を握り合う、そんな未来もどこかにあった。


 この時、真理愛の瞳に少し先の未来が映る。

 それは(ほころ)びと終わりの大狂行。


 「でも」


 ――今まで嫌われるだけだった、私の、真理愛の力で


 「虎郎(ころう)ちゃんと愛魚(まな)ちゃんがいなくなっちゃった。だから、七郎(しちろう)くんと璃音(りおん)ちゃんまでいなくなるのはイヤなのっ。真理愛の力がちょっとでも助けになるなら、視えたものをつたえる」


 「……っ、じゃあいいわよっっ。嘘つきの聖女をつづければ! 後悔しても知らないんだからっ」


 少女2人は決意と怒り、それぞれの理由で涙を()め背を向ける。

 真理愛は走り、戦いへ(おもむ)く七郎のもとへ。

 シクルナは歩き、ある1人の男のもとへ。


 「シクルナちゃん? どこへ」

 「ちょっと、そこのアナタ」


 「へ? へへへ、あんた奥の部屋に居るお人形さんみたいな……っ、魔導隊の人も」


 「アナタ、よくマリアを見てるわよね」


 声を掛けた男は真理愛を囲んでいた避難者のひとり。離れたようにみせて物陰から真理愛を見つめていた。

 実はシクルナがこの男を見たのは、今回が初めてではない。真理愛を気にするうち、この男が必ず真理愛をそばで見ていることに気づいていたのだ。


 「お願いをきいてくださる?」

 「はへ?」

 「マリアを怖い目にあわせてほしいの」

 「……へ、へ、なんでそんな」

 「おいシクルナちゃん!?」

 「大丈夫よカツヤ、ちょっと悪戯(イタズラ)するだけ。怖い目にあえばマリアだって考え直して、わたしに泣きついてくるわ。だってマリアはわたしと違って、助けてくれる人がいないもの。あの……ぅ、シ、シチロウってひとも、いつも戦いに外に出てるじゃない」

 「たしかに、そこのあんたと別の、怖ぇ魔導隊のヤツ最近ずっと外にいるよな。聖女様の親なのか知れない女も……へへ、倒れたらしいし」

 「あの子は聖女なんかじゃない、聖女になるのはわたしよ」

 「へへへへ、でもおれぁココに逃げてきただけで戦えねぇし、襲うなんて……見つかったら」 


 襲う、見つかる。

 まるで考えたことがあるかのような言い方だと、鋼城は感じた。しかし考えすぎだろうと思い直す。


 「怖いの? そうね、じゃあコレを貸してあげる」

 「なんだこれ?」


 シクルナが胸元から取り出したのは、魔石が輝く大きな首飾りだ。

 飾りをドレスの首元から取り出した瞬間、男の目が胸元へ注がれたのに少女は気づかない。


 「これはお守りの魔道具。守ってくれる壁を出してくれるの(渡したのはスミタニシチロウに割られて壊れちゃってるけど、ニホン人にはわからないわよね)」

 「へぇ……! へへへへへ。これがあればバリアが張れるのかぁ」

 「まりょくが無くても、首からかけて“守って”って思えば使えるわ」


 男が試すと確かに、薄い文字の浮かぶ球体が全身を包む。シクルナの思惑通り、ほとんど消えかけの障壁であるが、男は興奮したように笑う。


 「こ、これがあれば……へへへへへへへへ」

 「ちゃんと返しなさいよね」

 「なあ、こんなことする必要が――っあ、おい!」


 話も聞かず、男は小躍(こおど)りして通路の奥に消えた。

 上機嫌で私室へ戻るシクルナを追う内に、鋼城の心は自然と再び、魔導隊としての自問自答へ沈む。


 闇への恐怖、魔物への憎悪、仲間の死、こびりつく後悔。

 簒奪(さんだつ)への復讐。

 墨谷七郎がもがき、走り続けたには多くの理由がある。

 しかし流れゆく運命を否定し、死を()どめ救いを願う狂気の(はた)の誕生は、この瞬間にこそ定められたのかもしれない。


読んでいただき、ありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけましたら、

『ブックマーク』と広告下の評価【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ