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語らいの一幕


 今回も何とか(しの)いだ。だが次の保証はない。


 「ボクとしたことが、何を弱気になってる」


 様々な動物の特徴が入り混じった気色の悪い魔獣の、安全区域への侵攻が続く。

 攻められる前に、大きな群れにならないよう先んじて魔物を駆除する戦略も限界だ。


 それはそれは効率的に(もう何もかもに余裕が無いから)、あらゆることを采配(さいはい)したつもりだがね。

 頭を動かすだけの糖分が無いし、なにより少しも楽しくない。達成感や好奇心を刺激する瞬間がほしいものだよ。

 

 「(まあ元々、ボクは魔導隊の中で正義感っていうのが薄い自覚はあったけど)」


 降って湧いた魔法適性のおかげで集められて、怪しい実験部隊で働かされて。


 「(そりゃあボクだって嫌々働いてた訳じゃない。魔導隊でいるおかげで、一般人じゃ触れられない魔法技術を知る機会を得た。……ついでにそれが人助けになるならと、思ってたさ)」


 でもこの状況は、いくら何でも想定してないぞ。

 

 ボクらの着る鎧が役に立たない魔獣・魔物に囲まれ救助を待つばかり。いくら市街を盤上に見立てても、動かすのは(こま)じゃなく生きた人間。

 自分が立てた作戦で人が死んで、肩に重いナニカがのしかかる。それは避難者たちに、責めるような眼で見られるたびに重さを増すんだ。


 “じゃあ君たちで勝手にやったらいい。ボクは友達とボードゲームしてるから”


 そんな言葉が、何十回も喉から出かかった。でも言えない。それこそ友達を裏切るような気分になる。

 魔導隊はもう立ち直れない。

 虎郎(ころう)愛魚(まな)が逝って、鋼城(こうじょう)は戦うことを拒んだ。

 

 ボクと、七郎……キミしかいないんだよ。


 愛魚の居た階段上の部屋を目指す。扉の壊れた入口から部屋の中を(のぞ)くと、外が見える壁の大穴から、はるか遠くに矢を放つ七郎の姿がある。

 一射ごとに凄まじい衝撃が空気を震わす。あれは不死領域の殺戮姫を狙っているらしい。

 例の、光る大破壊から殺戮姫は動かない。それを焼け残った愛魚の弓で、ヒマを見つけては撃っている。

 

 七郎いわく“たまに当たるが、すぐに再生してる”、と……拠点からじゃ、ボクには見えないけどね。


 「(ニーナ教官に座学を学んでいた頃が懐かしいよ。……七郎に“秀でたところがない”なんてもう言えないなあ。あのころと逆転して、いまはボクが役立たず、か。……ふん)」


 認めてあげようじゃないか。キミは、ボクら魔導隊の中で一番強くなった。

 例えその腕が人間以外の黒いモノに変わっても、キミがディフェンスウォーを愛する同志には変わりない。

 

 「(だから少しだけ、ボクの気晴らし……そう、パフォーマンスを保つリフレッシュに付き合ってもらうよ)」


 弓の(げん)を引く度に、憎悪にまみれた目を燃やしても。

 腕から溶け出す黒い血で矢を(つく)り、獣じみた咆哮と共に放っていても。


 「七郎。ちょっと盤上遊戯(コレ)で作戦会議でもしようじゃないか」


 ボクが廃材で作った遊戯盤を見せれば、ほら、すぐに困ったように笑って来てくれる。


 作戦会議っていうのは(もっと)もらしくてイイ表現だろう? 別に噓じゃない。


 キミは拍子抜けするぐらい変わらないなあ。


 ・

 ・

 ・


 蝋燭が燃えるだけの部屋で、璃音(りおん)と遊戯盤を囲む。盤も、駒も、廃材から作ったにしてはよく出来てる。

 変異して戻らない黒の指先で、駒を潰さないよう慎重に並べた。


 「そういえば、璃音の作った――」

 「ん?」

 「俺も弾を造るのを手伝わされた、あの……」

 「魔導機関砲かい? もう弾を造る素材がないんだ。あの造形に難のある魔獣は核もなにも残さず塵になるからね。 いま残ってる数百発が最後だよ」

 「そうか……騎士蜂の時はアレのおかげで拠点が破壊されずに済んだ」

 「その為に作ったんだ。当然さ」


 〈女弓手〉の駒を有利な地形に移動させる。しかし〈デスペガサス〉の駒がダイスロールを成功させ、予想外の近距離に移動。次の手で〈女弓手〉の位置を変え他の駒で防御する。


 「……二葉さんがもう起き上がれない。真理愛もどんどん瘦せてきて……」

 「食料は、次に配る分が最後だよ。シクルナ嬢とロームモンドは、魔法鞄とやらに多少備えがあるみたいだけどね。……あっても数人分だ、いまさら取り上げても意味のないことさ」


 互いに駒を動かし、10手ほど手が進んだ盤面は、俺の操る人類ユニットの圧倒的劣勢だった。

 孤立させられた人類ユニットを、魔物ユニットが数倍の数で包囲する。


 「俺達、生きて帰れると思うか?」

 「ボクは死ぬつもりなんてない。ここから脱出したら鎧なんてすぐ突き返し、実験部隊なんて辞めてやるとも」

 「俺も、家に帰って祖母の……家族の顔が見たい」

 「そうするといい。ボクは両親と……幼い妹が居てね。コレがボクに似て利発なんだ、特別に登山とディフェンスウォーを教える約束をしている。ボクの眼鏡に適ったんだ、将来は天才として名を馳せるだろうね」

 「登山とディフェンスウォー……」


 璃音ってシスコンだったんだなぁ。そして小さな子に教える内容じゃないことはツッコまないでおこう。

 

 そんな会話の合間に、次々とコチラの陣地が削られた。しかし打つ手が無い。圧倒的な劣勢である。


 「奇しくも盤面は、いまのボク達を表しているわけだが」

 「……笑えないな」


 ここからは勝負というより、互いの提案を持ち寄った意見交換となった。ここから人類ユニットをどう勝たせるか。だが解決策は出ない。

 盤外に置かれた〈女弓手(おんなきゅうしゅ)〉と〈大剣剣士(たいけんけんし)〉、地形とユニット移動制限のせいで置物と化した〈鎧騎士(よろいきし)〉。

 〈大剣剣士〉の駒を撫でれば、不思議と虎郎や、みんな揃って戦った記憶が蘇る。

 

 「なあ璃、……」


 皆がそろう一番古い記憶には、ニーナ教官による戦闘訓練の景色があった。その情景にある璃音と、今の璃音の顔は大きく違う。

 やつれ、眼の下には深い(くま)

 作戦を立て指揮を()る。他人の命を(ひき)いる重圧は、とてつもなく重い。


 「なんだい?」

 「璃音が居てくれてよかった。虎郎も愛魚ちゃんも、セギンも……もう居ない。俺だけじゃどうすればいいかなんてわからない」

 「当たり前のことを言葉にしなくてもいいよ。キミだけじゃ、状況がこの盤面みたいになるのはもっと早かっただろうね」


 辛辣(しんらつ)な皮肉だが、それも含めてこの時間が心地いい。実際、様々な意味で先の見えない地獄を生き延びれたのは、璃音の戦術眼あってこそである。


 「得た情報から先の展開を読む。出来て当然のことだ……ふん」


 俺の弱音が可笑(おか)しかったのだろうか。璃音の疲れ切った顔が(やわ)らぐ。


 「ボクなら10手先を読むけど、七郎はまず……2手先くらい考えるように」


 そういって璃音は魔物の駒で、最後の人類ユニットの駒を倒した。


 「じゃないと“こう”なるって? 有意義な作戦会議だなぁ……」

 「はっ、そう落ち込まなくてもいい。ボクだって間に合わなかったんだから」

 「? なにが?」

 「いいや、何でもない。お開きにしようか。不死軍がいつ動き出してもいいように準備しなくちゃだ」


 俺も出来る事なら殺戮姫を倒したいが、拠点の守りが優先だ。虎郎どころか、セギンまで……許せるはずがない。もう死んでるが、絶対にもう一度殺してやる。

 だが現実的に、倒す(すべ)も思いつかない。


 「(……2手先か)」


 自分の出来る、先の為の1手。


 璃音と一旦別れ、ある場所へ向かう。そこはシクルナ・サタナクロンの私室。


 「(鋼城にあやまろう。そしてもう一度、一緒に戦ってくれるように頼もう)」


 拠点の守りは限界だ。外に出て戦う戦力は一人でも多く欲しい。獣牙種(オーク)の戦士も、志願兵も傷つき数を減らす一方。

 特に避難者の中から立ち上がった志願兵は、絶望的な状況に希望を失い、戦えなくなった者も多い。


 鋼城にわだかまりはあるが、璃音の負担が減るなら安いものだ。

 ノックをして扉を開ける。


 「入ってよいと許可した覚えはありませんぞ」


 室内に居たのは予想に反し、ロームモンド・ミケルセンひとりであった。彼は立ったまま俺を(にら)む。


 「……鋼城は?」

 「シクルナ様の護衛です。迷える民へ、聖女を(かた)るマリアという少女に(だま)されぬようにと忠告を」


 真理愛(まりあ)を詐欺師にように扱う事へ怒りが湧くも、ロームモンドの老け込んだ表情を見て言い争う気も失せた。

 また(しわ)が増えた気がする。


 「シクルナ様こそ、聖女として見出(みいだ)されるべきお方。マリアという少女、いいえ、此処にいる人々はその運命をこそ――」

 「……実際」

 「は、はい?」

 「これから、どうなると思う?」

 「う……む」


 俺は何も含みなく聞く。単純に気になったのだ。獣牙種(オーク)と住む国が異なる異世界人が、今の状況をどう考えているのだろうと。

 なにか有益な知識を持っているのではないかとも、ほんの少し期待して。

 ロームモンドは2、3度口を開いては閉じ、結局手近な椅子へ(ちから)が抜けたように座った。

 

 大きく憔悴したように息を吐き、手を(ひたい)へ置き(ひじ)をテーブルに置く。


 「……ワタクシめは……シクルナ様に付き添い、こちらに渡って来ただけ。それが、こんな事に巻き込まれるなんて……」

 「ウィレミニアで、こういう災害は」

 「迷宮(ダンジョン)の“大狂行(スタンピート)”かもしれませぬが……広大な土地を夜で覆うなどありえん。ウィレミニア王立図書館を(あさ)れば、あるいは記録があるやも……。はっ――、どのみち、関係のないことです」


 いままでの態度とは違い、素直に受け答えを行うロームモンド。思った以上に話しやすい。

 彼も終わりの見えない異常な環境に、立場やプライドを捨てどこか吹っ切れてしまったようだ。

 俺が彼にとって、価値観や常識の異なる異世界人であることが、逆に内心をぶつけるのにちょうど良かったのかもしれない。


 「お前達マドウタイは、ニーナラギアールの教導を受けたとか。どうにかなりませぬか。せめてワタクシめやシクルナ様だけでも」


 自分勝手な言い分だが、結局叶わない希望だ。淡々と、事実として“それを約束できるほどの強さはない”と伝える。

 仲間の(かたき)すら討てない俺には、不相応な期待だ。無論、力の続く限り拠点を守るつもりだが。


 「はは。魔法が息づいたばかりの国の人間に願うは、的外れですな。兵士になって何年です?」

 「……兵士じゃない。1年前に魔法が使えるからと集められただけだ。それまでは学生だった」

 「学徒(がくと)、ですと? 年は?」

 「16……いや、17」

 「ふ、はは……では、成人もしてない学徒の働きに、ワタクシめ()の命がかかっていると……! ははは、ははははっは」


 絶望したかのようにロームモンドは笑いだす。

 鋼城も戻る気配は無い、こちらから探しに行こうか。


 部屋を出て行こうとした直前、あることを思い出す。これもウィレミニア出身の彼に聞こうと考えていたことだ。


 「そういえば、ウィレミニアの言葉について聞きたいことが」

 「くく、はは……はぁ……。なんです」

 「俺の仲間と、セギンを殺した殺戮姫が(しゃべ)ったんだ。獣牙種(オーク)の言葉じゃ無い。もしかしたら、ウィレミニアの言葉じゃないかと思う。翻訳魔術のおかげで、俺達にはアナタの言葉が日本語に聞こえるから」

 「魔物でしょう、ただの鳴き声では?」

 「たぶん、ソッチの世界の不死者(アンデッド)だ。元はヒトだよきっと。彼女はこう言ってた――」


 ――ヴぇざる、で……カリバー、る


 「こんな発音だった。なにか思い当たる言葉は?」

 

 「………………ふざけた聞き間違いです。出ていきなさい」


 そうかもな、聞き間違いか。それに殺戮姫は、どんな過去があろうと虎郎とセギンの仇。話し始めたところで、許し合う事などありえない。


 恨みの炎を再び燃やしながら部屋を出る。

 なにやら外が騒がしい、魔物の侵攻が始まったのかもしれない。

 俺は急ぐべく、シクルナの私室を後にしたのだった。


 ・

 ・

 ・


 墨谷七郎が去った室内。

 ロームモンドは内心必死に、ある可能性を否定する。


 現在女神の(ウェザルディ)聖剣(カリバール)

 

 そんな言葉が、過去に(すが)(けが)れた不死者から発せられていいはずがない。凄まじい範囲を破壊したという光の瀑布(ばくふ)は、自身の思う(チカラ)でなく、何らかの魔法によるものだ。


 第一、現在聖剣の保有者はウィレミニアにて健在。であれば聖剣が、ここにあるはずが……。


 「いや……まて……?」


 確かに聖剣は資格を受け継ぐ。聖剣保持者から次代の適合者へと神性を譲渡する。

 それは女神様が、その深淵なるご意思により神託としてお選び召されるのだ。


 “現在聖剣“とは、剣の金型(かながた)に収まる女神の御業(みわざ)

 次代の適合者へ剣が(ゆず)られた瞬間、(ふる)い剣は新しき“勇者(適合者)”のもとへ造り替えられ消失する。


 「だが……例外が、ある……過去数百年に何度か」


 旧い剣が、女神さまのご慈悲により“名残り”を残すことが。


 「(しん)を失う彫刻(ちょうこく)の様に外側だけ……“譲渡直前に残っていた魔力を貯蔵する入れ物”のように、存在し続ける……ことが……ならば」


 ならば、その剣の持ち主はすなわち、前任の――!


 「ありえないっ! あり得てたまるかっっ! そんなことがっっ」


 王家の血族にして“星譚至天(せいたんしてん)”。精霊種の血により、伝説と美貌は老いることなく。

 今代の現在聖剣保持者、【聖剣】メセルキュリア・ロンダニエ。


 その先代は、メセルキュリアにとって家族のような存在であったと伝えられている。



読んでいただき、ありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけましたら、

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