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遥か遠くを呼ぶ


 光の柱から不穏(ふおん)な音がする。摩擦(まさつ)凝縮(ぎょうしゅく)の甲高い震え。

 光……魔力……ありきたりな表現に収まらない神々しさ。

 前に在るだけで肌に痛みを感じる。自身の鎧とも言える、黒く変異した箇所が我知らず(きし)んだ。


 「何を……する気だ」

 

 なにをするのか?

 自身の無駄な考えを恥じる。決まっているじゃないか、彼女が行うことはひとつ。

 

 「退()ケ、シチロウ!」


 戦い、殺すことだ。


 殺戮姫は、魔力の大河(たいが)へ身をまかせ夜空へ。

 光の速さで遥か上空へ飛翔し、天蓋(てんがい)の果てで極彩色の光を天の川のように広げたのだ。広大な夜空に曲線を(えが)き方向を変え、殺戮姫自身を先端とした光の奔流(ほんりゅう)が視界を白と絶望に染める。


 「(もう、体が)」


 血を流し、魔力も枯渇。足が思うように動かない。

 (まばた)きの間に破壊の光は地上へ迫り、建造物を(ちり)に変える勢いでなぎ倒す。

 受け入れられない悔しさと、逃れらえない死の予感。それでもなお、足掻(あが)くように体を必死に動かして――……

 

 ―― WEzaruDiy CaliVAAAAAAaaRッッーーーー!


 光が駆け抜け、体が浮遊感に包まれる。意識を奪われる直前、俺は確かに殺戮姫の叫びを聞いた。


 ………………。

 …………。

 ……。


 「…………う」


 何かが焦げつく臭いで目を覚ます。

 頭を上げ、揺れる視界を支えようと手を地面に付けば激痛が走る。足を曲げても、膝を着き体を起こしても激痛。


 ど、どうなった……? 俺は、生きてる……?


 二重三重にぼやける視界が、徐々に落ち着きを取り戻す。思いのほか世界は明るかった。

 火だ、あちこちに燃える炎が揺らめいている。

 辺りは一面焼け野原。いやもっとひどいかもしれない。

 原型をとどめない車から油が漏れ、高温にさらされたのか、ガラス化したような箇所もある。

 土地を(えぐ)るような破壊の後が数十メートルの幅で伸びていた。

 その破壊の中心地に白い人影が立っている。燻り、火の粉漂う殺戮姫だ。


 「さつ、りく」

 「立テ、シチロウ」


 ‘ぐい’と、体を引っ張る力があった。腕を持ち上げられ体を支えられる。

 耳鳴りのせいで聞こえづらいが、どうやらセギンの声。大きな手が肩にまわされ、走ることを(うなが)される。

 「セギン、無事で、よか」

 「……、……」

 強張(こわば)る足を懸命に動かしセギンに従う。視線を後ろにやれば、殺戮姫は停止している。

 地面に突き刺す細剣は光を失い、剣姫自身も指先ひとつ動かさない。白金の髪だけがさらさらと揺れた。

 「止まった……?」

 「足ヲ動かセ」

 言葉少なく()かすセギンを疑問に思うが、周囲に(うごめ)き始める気配で納得した。黒土が(きり)のように地面を()い、白骨を形作りながら追ってきているのだ。

 腕や頭蓋が‘カタカタ’と、不完全な形で必死に立ち上がろうとしている。

 

 殺戮姫と俺達の戦いを見守った、誇りある姿は何処にいったのか。


 (さいわ)い、黒土と混ざる不死兵の足は速くない。徐々に引き離すことができ、追いつかれることは無かった。

 だんだんと意識が明瞭になり、体中の痛みもはっきりとしてくる。


 「……この6階建ての市営団地、見覚えがある。俺達ずいぶん吹き飛ばされて……」


 記憶にある街並みは、俺達が殺戮姫と戦った領地より離れた、どちらかと言えば拠点付近の安全区域に近い場所だ。

 殺戮姫が繰り出した意味不明の超攻撃の余波で飛ばされたんだろう。自重を重くして耐える余裕も無かった。


 「ふ、……フ、……ッ」

 「大丈夫か?」

 「ナニ、もう少しだ」


 もう少しで……安全区域か。

 

 セギンは服の切れ端で愛用の大槍と、回収してくれた虎郎剣を体に巻き付けていた。縛り方がかなり乱れていて、槍が不安定に揺れている。


 「槍が落ちるぞ。俺はもう走れる……ほら、不死兵が速度を上げた、離してくれ」

 「……」


 はるか後方で、骨の体を組み終えた不死兵が走り始めた。このままでは追いつかれるのも時間の問題。

 そこで俺は急に倒れこんでしまう。セギンが俺を離して立ち止まったのだ。


 「ごめん、つまづいただけだ。ホントに走れる。悔しけど今は逃げて、殺戮姫を倒す方法をみんなで考えよう。璃音(りおん)がきっといい作戦を立ててくれる」

 「……スマぬ、もう走れン」

 「セギン?」


 振り向き、セギンを正面から見て――絶句する。


 俺を支えていた腕と逆側、彼の片腕は肩ごと(えぐ)れて消えていたのだ。

 星光が月のように、セギンの悲惨な状態を(うつ)し出す。


 よくそんな体で、動いて……俺を……。


 「行ケ。ここまで来れば、拠点からの助けも近イ」

 「ッ、一緒に逃げよう。置いてなんていけない」

 

 セギンは器用に片腕で、槍と虎郎剣を俺へ放る。彼の槍を(つか)めば、虎郎剣よりも重い。苦労して持ち上げる。

 

 「その剣はコロウの形見ダロウ? 手放すナ」

 「なんで、槍も」

 「モハヤ振るえン。ソレを我が“宝”に届けてクレ。そして伝えてホシイ、この身は最後まで、お前達を想っていたト」

 「セギンっっ!?」

 

 「シチロウと戦えタこと、生涯の誇りとしよウ」


 彼の優しく、どこか悲し気な顔に掛ける言葉が続かない。

 もう数十メートル先まで不死の軍勢が迫る。

 

 行けと言われたところで、できるワケ――……。


 そこで気づく。この地形、高層の建造物。ここは璃音の指示で、爆薬を設置した巨大な罠。

 爆薬は、市街で回収した燃料と複数の薬品により璃音が作ったもの。コンクリートで出来た6階建てアパート群を、倒壊角度を計算して爆破し、魔物の群れを一網打尽にする為に用意された。

 セギンも設置を手伝ったのだ。


 「(だから、セギンも起爆方法を知ってる、っ)」


 起爆方法は(もと)配電盤(はいでんばん)のショート。その1か所を破壊すれば、すべての起爆装置に連鎖する。


 片腕と胸の一部まで失ったセギンがゆっくりと、しかし堂々とした足取りで遠ざかる。

 そこへ一騎の不死騎兵が軍勢から突出して走り出してきた。大剣を握る不死将軍である。

 

 「LHhiII::LOooOllO:;;--!!」


 セギンは咆哮し、瞬間彼の纏う圧が増す。獣牙種が得意とする【戦士の咆哮(ウォークライ)】。

 不死将軍が突き出す大剣を、なんと片腕で弾いたのだ。そのままセギンは腕を伸ばし、拳の前で回転する石の弾丸を作り出す。

 詠唱も無く、半ば崩れかけの【石礫弾(せきれきだん)】。


 不死将軍の返す刃が、セギンの体に突き刺さる。

 それでも彼は決して倒れず――


 遠い世界の向こうを想い、いつか聞いた妻と娘の名を呼ぶ。


 石の魔法が配電盤に刺さり、火花が散った瞬間に爆発、そして連鎖。

 コンクリートの散弾と土石(どせき)の滝が、セギンと不死軍が居た場所を押し潰す。


 そこから先はよく覚えていない。槍と虎郎剣を(かか)え、半死半生(はんしはんせい)(てい)彷徨(さまよ)っていた俺を璃音たちが見つけたらしい。

 

 この地獄に終わりはあるのだろうか。

 朝は来るのか? 預言にあった救いの鳥は?


 手から(こぼ)れたモノが多すぎて……。

 もう俺に、夜明けは訪れないのだと、そう思わずにはいられなかった。


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