殺戮姫(2)
そうこうしているうちに、続々と物資を抱えた獣牙種の戦士が帰ってくる。食料に水、燃料がジープに積まれた。
「……とにかク、まずハ物資を持ち帰ることが先決。不死者達が陽動に気を取られているうちに戻ル」
「よし。不死軍領地への侵入は最低限に」
再び走り出すジープを守る。
陽動を行える時間にも限界がある。俺達の帰還が遅ければ、その分陽動の負担が増すのだ。
鷲獅子も獣牙種を乗せながら、俊敏に瓦礫を避け疾走。獣牙種の手綱さばき、そして鷲獅子との信頼感関係があればこそ、悪路でこれほどの速度を生む。
まさしく人馬一体。野性的で、美しさすら感じる光景である。
「……静かダ」
「……」
セギンの呟きで、俺も周囲の異常に気付く。
何かがおかしい。やむを得ず不死軍の領地を跨ぐも、今度は骨兵の出現が無い。
陽動が上手くいっているとも言えるが……不気味だ。
「一旦止まろう。俺が……そうだな、あのアパートの屋上で周囲を見て来る」
「ワカッタ。止まレ、戦士達よ」
走りながらセギンと話し、俺は5階建てのアパートを登る。ベランダを足場にして数度飛び上がり、簡単に屋上にたどり着いた。
騎士蜂の哨戒があった頃は、悠長に屋上へ立つ事などできなかったが今は違う。鉄の毒虫は、すべて愛魚が焼き払ったのだ。その命を引き換えに、ダンを殺した魔物を一匹残らず根絶した。
今や夜空に覇者は無く、満天の星が広がるのみ。
最後に彼女は、あの星々に少しでも近づけたのだろうか。
動きの見えない市街を観察していた時、拠点方向に発煙筒が矢で打ち上げられたのが見えた。塩や鉱物を使って炎の色を調整されており、照明弾のように意味を伝える。
「――異常発生っ? 即時撤退?」
異常の詳細までは分からないが、撤退は俺達に向けられた指示。幸いなことに物資は確保し、すでに拠点へ向かう途中である。
後はとにかく最短距離を全速で――。
「いかンッ、囲まれタ」
珍しく動揺を隠せないセギンの声。下を見れば、状況は最悪へと急変していた。
ジープは退路を断たれないよう、十字路付近に停車させている。そうすれば襲撃時、袋小路に追い詰められることを避けられるからだ。俺や鷲獅子に乗る獣牙種は、建物を飛び越え立体移動できるが、物資を積んだジープはそうもいかない。走行通路は確保しなければいけないのである。
「なのに全方向を……囲まれたらっ」
襲われればその逆方向に一旦ジープを逃がせばいい。走行ルートは複数ある。
だが今、突如大軍を成した不死軍に全方向を囲まれてる。すべての不死兵が黒土から体の生成を終え、盾を構えた横列での道路封鎖を完璧なものとしているのだ。
瞬時に視覚と脳を回転させ、次とるべき行動を選ぶ。
「(不死兵のいない動線は無い。物資は捨てられない、みんな食料と水を待ってる! ジープを突破させるには、どこかの封鎖を食い破らなくては……どこをっ?)」
おそらく不死軍総量の大多数の兵力で囲まれた路地。一瞬で、それもこんな力技で退路を断たれるとは思わなかった。
その時、わずかだが包囲兵力に偏りを見出す。東側の兵力がやや薄い……いや、後ろの兵が黒土から立ち上がる途中で、隊列が完璧じゃないんだ。
「東側だっ! 一点集中で突破するっ」
「オオッ」
――【石礫弾】ッ
――押し通ル!
獣牙種騎兵による猛攻が封鎖にひびを入れ、自らも密集陣形の頭上から斬りこむ。虎郎剣へ魔力を込め、ひと薙ぎで数十の骨兵を吹き飛ばした。
辛うじて俺達は突破に成功し、道路を全力で駆ける。不死軍も騎兵部隊を動かし、追跡を開始していた。
――追っテ来るゾ
――走レッ、鷲獅子ニ追いつけルものカ
闇夜のなか全力で走る。ジープのライトが、先導する俺と鷲獅子スキルークに乗るセギンを照らす。
「陽動部隊が全滅した? そんなはずっ」
「誘ワレテイル」
誘われている……罠に嵌っていると?
「狙いヲ、我ら捜索隊に絞っタ」
「陽動を見破ったのか」
「否。アの軍の動きニ明確ナ意思を感じル。備えていタのだ。我らを安全区域カラ懐へ誘い込ミ、包囲するためニ」
「まさか、陽動に引っかかったのはわざと!? 俺達に作戦が上手くいってると思いこませて?」
不死者がそんな思考を持てるのか。疑問を呈しながら、脳裏に悍ましい不死姫の姿が浮かぶ。
どうしてそこまでして俺達を狙う。何が目的で殺戮姫は戦い続ける?
彷徨う亡骸たちの執念に恐怖を感じ、その怖気に導かれるように視線が横へ流れ――。
そうして視界に広がったのは、跳びあがる死馬に跨る“不死将軍”が大剣を振り上げる姿。
「ムぅンッッ!」
―― !
反応が一瞬遅れた俺の代わりに、セギンの大槍が不死将軍の一撃を受け止める。派手な火花が散り、両者は鍔競り合いへ。
「こ、のぉっ!」
そこへすかさず俺は、不死将軍に魔力の斬撃波を叩きつける。将軍の巨体は押し返され、走り続ける俺達から引き離すことに成功する。
「助かったセギン。……だけど、今通り過ぎた道に戻らなきゃ拠点から離れる。この先は隙間なく不死軍の領地だ。Uターンを……」
「ドウやら、遅かっタ」
「は、……あ」
冷たく、それでいて乾ききったような殺意の視線。たなびく白金の髪、豪奢な刺繍のスカートと銀鎧。
剣掲げる殺戮姫の瞳に、壊れてなお其処に在り続ける意思を感じる。
この絵図を引いたのは、間違いなくあの殺戮姫だ。陽動の裏をかく包囲、突破方向を誘う兵配置の偏り、追跡と……そして、殺意の終着点。
どうしてそこまで、俺達を狙うのか。
その疑問は殺戮姫の意志ある瞳、その視線のおかげで氷解する。まっすぐに、俺だけを見つめる冷たい美貌。
「(狙いは、俺か……)」