殺戮姫(1)
夢を見ている。
違う。これは過去の記憶。ひかり輝く栄光の時、厄災へ挑む試練の時、そして……すべてを投げうつに足る恋。
虚しさと憎悪のなか想う。運命の女神よ、なにが御身の怒りに触れたのですか?
かつて争う、魔王たる巨獣の十字瞳。おまえの憤怒が、我らの魂を引きずりこんだ。
冷え切る骨の絡み合う音こそ、乙女の様に願った輪舞曲。
死してなお共にある兵たちよ、永遠に師たる剛の忠臣よ。すまない、そして感謝しよう。
我らが怨念を晴らせと、我が未練を叫ぶが正しいと、声なき死声が世界へ仇なす義を示す。
人の為、ただ世界の為に、奔り捧げたこの命。
その結末が、人による裏切りだというのなら。
その運命が、愛は不要だと断じるのなら。
愛しい男と骨を咬み、世界の果てまで斬り踊る。勇者の剣にて裏切り者に死の贖いを。
かわいいワタシの■セ■。その憧れを穢すことをどうか許して。
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「第1部隊は西側で陽動を頼んだ! 第2部隊は突破口を開く援護をしてくれっ、俺とセギンの一団がジープを守る!」
「征くぞ戦士タチよ!」
――オオ!
――精霊の加護は我らにアリ!
戦意と緊張が高まっていく。虎郎剣の峰を肩に置き、鷲獅子の速度に並走できるよう四肢へ魔力を通す。
「物資のありそうな地点は粗方調べつくしたし、戦える人間も少ない。……おそらく、これが最後の物資探索になるだろう。ここで水と食料を得られなければ、いよいよボクらは死ぬしかない……頼んだよ七郎」
「真理愛の予言があるんだ。物資は必ず手に入る」
「……やっぱりボクもジープに乗って同行を」
「さっき話し合ったろう? 物資を乗せられるスペースを少しでも多く確保するためだ」
「は~あ。キミに気を使われるなんて、屈辱の極みだよ」
わかってるなら、そう厭味ったらしく睨まないでほしいものだ。今回向かうのは不死軍領地を跨いだ先。いや、すでに探索地点も不死軍の領地にすげ代わっているかもしれない。
長時間の戦略指揮で疲労しきった璃音を連れてはいけない。今回の作戦は、四肢の変異のおかげか、体力が有り余ってる俺が適任なのだ。
俺に璃音のような戦略は練れないが、現場の戦術レベルなら指揮できる。
「なんとかしてみせる」
「安全区域からの援護はするよ。まったく、キミが愚かしい判断ミスをしないかが心配だ」
「ひどい」
軽口を叩いたおかげで肩の力が抜ける。あとは命を燃やして、俺の出来ることをするのみ。
「行くぞっ」
「共ニ駆けるゾ、シチロウ」
拠点の正面からジープと、それを囲むようにして獣牙種の騎兵が走り出す。俺も先頭で走れば、陽動地点で作戦開始を告げる発煙筒の光が見えた。
すこし走れば黒土の境界線。超えた途端に数体の骨兵が還り立つも、獣牙種の槍が砕く。
「(! 運がいいっ)」
続いて正面に現れたのは奇形の魔獣。これも囮に使える。
「はあっ」
――Gyaうッ!?
わざと力を抑えて、異形の魔物に傷を与えた。のたうち回る魔獣にトドメをささず、物資探索部隊は前に進む。
すると湧いた骨兵が魔獣を相手取り足が止まる。
なんの理由かは知らないが、奇形魔獣と不死軍は敵対関係にあった。魔獣は肉のある人間を優先して喰いに来るが、骨兵は意外なほど積極的に奇形魔獣を殺しにかかる。
通常の魔犬小鬼にには、領域を侵されない限り興味を示さなかった不死軍が、なぜ奇形の魔物にはあんなに……。
どちらにしても、俺達にとっては利用しない手はない。
領地は広く、出現も地面から湧くように一瞬だが、不死軍が一斉に現れる総数には限りがある。無限ではないのだ。
蘇るのは黒土の地に繋がる特定の不死者だけ、というのが璃音の仮説。
「予想以上ニ陽動が上手くいっていル。不死軍の兵力が散っタ」
「ああ! これなら物資を探す時間が多く確保できる」
ついに黒土の線を再び跨ぎ、真理愛の予言にあった地域に入った。素早く各々が数人ずつに分かれ、物資を探し始める。
俺とセギンはジープを見張りながら、2人だけで周辺の捜索を行う。すると多くの缶詰や保存食が見つかった。
「よし大量っ」
「ウム。これでマタ少しの間、子らが飢えずに済ム」
魔物の気配も無い。予想以上の成果に叫びたい気分だ。
食料品の確保がまず成功したことで、ふいに思考が別に向く。目下最大の脅威となっている不死者について気になることがあった。
「セギン、聞きたいことがあるんだ」
「ナンダ?」
「元居た世界……エイン=ガガンでもああいう不死者は、多い?」
「フウム……。そう珍しくハない。往々にして、未練ヲ残す魂は多い。……ダガ……」
「だが?」
「アのようニ統率された不死軍となれバ、話は別ダ。よほど優れタ術師が居なければ、不死者は軍を成さないハズ。ソレニ死者の蘇生は、ウィレミニア三国同盟においテ重罪。不死者ノ軍勢など企めバ、ギルドと国、その両方から討たれるダロウ」
「……日本では、骨の体で甦った人を“歩く白骨”と呼んでる。……何度か“処理”した。でもこの市街に現れる不死者は、それとは次元が違う。軍として動いてるし、なにより虎郎を殺した“殺戮姫”っ……」
美女の頭を白骨の上に乗せた不死者。相対した魔物のなかで最も強く、一度見れば二度と忘れられない悪夢のような姿形。
俺の手で倒すべき、憎い仇である。
「アレも異常ダ。強さの話ではナイ。見たところサツリクヒメは、魔術ヲ用いズ不死者を統率スル。それは操るのでなく、兵こそが自らサツリクヒメに仕えているというコト。肉体の有無に関わらズ、魂ソノモノを魅了するという“吸血女帝”でもあるまいニ。生前、よほど強い力を持っていたのダロウ」
「生きていた頃は関係ない。アイツは虎郎を……獣牙種の仲間も殺した。絶対に仇はとる」
今度こそ倒してみせる。愛魚のように命を燃やすことになっても構わない。
「……ダガ覚えておケ。不死者は終わらなイ苦痛ニ苦しム。我らト同じく過去を持ち、トキにその過去こそガ、彼の者らに強大な力を与えル」
―― ……、不死者トいえば
そこでセギンは、逢禍暮市における不死者について、別の疑問を語る。
「ナゼ、こんな濃イ魔力の中“幽霊”を見なイ? 濃い魔力の只中で多くの死が積み重なれば、まず現れるのが“幽霊”。それどころか、軍勢以外の不死者ハ皆無。……七郎ト世界を同じくスル人間の魂は何処へ消えタ? ココで何が起こっていル?」
答えは誰も知りえない。夜空に光る無数の星が、燃えるような輝きを増すだけであった。