鳥の予言と生じた亀裂
空き缶と油と紐。そんなありあわせの材料で作ったランタンが、部屋で唯一の光源だ。
ある程度の広さを持つ部屋で、少なくない人数が横たわっている。戦闘でケガをした志願兵、高熱を発した病人……部屋の数に限りがあり、看護が必要な人々が分け隔てなく集められていた。
その一か所に顔色悪く横たわる二葉幽香の姿がある。彼女は真理愛を見ると体を起こして迎え入れた。
「だいじょぶ? 先生」
「真理愛ちゃん。それに魔導隊の……すみませんわざわざ」
二葉幽香は少し前に倒れ、それからなかなか起き上がれずにいる。過労と栄養失調だ。怪我人の手当てに走り回り、自分の食べ物も真理愛や他の子供達に分け与えていたらしい。
真理愛と、同じ養護院の子供達。少女達が絶望せず拠点で暮らしていけるのは、自身の身を犠牲にするほど献身的な、この女性のおかげなのである。
「もう少し休めば……またお手伝いを」
「いやっ、そうじゃないんだ。お礼を言いに来ただけなんだよ」
「そうだよゆうか先生。倒れるほどがんばったんだから、もっとお休みしなくちゃ」
「いいえ、何か力になりたいんです。みなさんが命を懸けて戦ってくださるのに、なにも出来ないなんて、いやでしたから」
「……虎郎なら、気の利いた言葉が出てくるんだろうけど……俺は上手く言えない。でも二葉さんが倒れたら、養護院の子供達に……もちろん真理愛も悲しむ。今は休んで」
付近の家屋から手に入れたマットレスを、天井近くに張ったロープとシーツの仕切りが囲う。有って無いようなパーソナルスペースだが、けが人の手当ての音やうめき声で俺達の会話も喧騒の一部となっている。
特別扱いは良くない事だが、まあいいか。
ポケットから飴の入った小袋を取り出す。魔物駆除の合間に、建物内で偶然見つけた物だ。真理愛と二葉幽香にそれぞれ一個づつ手渡す。
「まあ、こんな、いけません。貴重な食べ物なんですから、みなさんで」
「俺が渡したことは秘密だ。それに拠点全員分の食料に充てると、真理愛にもあげられない。ほら、飴に釘付けなのに」
隣には飴玉を物欲しげに見つめる真理愛。よだれまで垂れてる。その顔がよっぽど面白かったらしい。二葉幽香は笑いながら飴を受け取ってくれた。
「ほら、真理愛も」
「へへへへへへ」
「ふ、ふふっ……真理愛ちゃん……よかったわね」
さて、そろそろ外の戦場に戻ろう。次は物資集めに、不死軍の領地を突っ切る予定だ。今度ばかりは志願兵じゃなく、セギンに手伝いを頼む。
「あ、まって」
久しぶりの甘味に顔をほころばせる2人を見届け、この場を去ろうとした時。一転、真剣な表情の真理愛から呼び止められる。
「この前ね、寝てるときにスゴイ夢を見たの」
「夢……未来の?」
「わかんない。わかんないけど、わかる。あれはね、七郎くんのための夢なの」
「俺の、ための?」
いったいどういう意味だろうか?
よく聞けば彼女自身にも不可解な感覚で、未来の光景というよりは、もっとあやふやな……それこそ微睡む“夢”のような体験だったらしい。
なのに何故、俺の為だとわかるのだろう……やはり真理愛の予知には謎が多い。
「光る“鳥”さんがね、七郎くんを助けてくれるの。つばさをケガした鳥」
「鳥かぁ……翼を……、じゃあきっと、愛魚ちゃんが天国から助けてくれるんだ」
翼。俺は翼を得て燃え尽きた仲間を真っ先に連想する。彼女が助けてくれるなら、これほど心強いことは無い。できればそこに、ダンと虎郎にも居てほしい。
ありえない話だと分かっていても、心に確かな勇気が湧いた。
「じゃあ、心強い助けが来ることも分かったし、俺は行くよ」
「あら。また未来が視えたなんて話?。ホントかどうかあやしいけど」
カーテン代わりのシーツが翻る。そこに居たのは、この場に似つかわしくない身綺麗な少女シクルナ・サタナクロン。
その後ろにはロームモンドと……暗い顔をした鋼城勝也が立っていた。
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「探したわよマリア。いつもみたいに聖女ごっこしてるかと思ったのに、こんなところにいるなんて……ムダに歩き回されたわ。また着替えなきゃ」
「後でお召し物をお出ししましょう」
「……墨谷」
……正直、あまり歓迎できる気持ちにはなれなかった。威丈高なシクルナに、一方的に真理愛を責める資格があるように思えない。そして共に並び立たなくなって久しい鋼城にも、わだかまりを感じる。
そんな考えが態度に出てしまったのだろうか。俺が前に立つと、途端にシクルナは動揺した。
俺がシクルナの魔法障壁を無理にこじ開けて以来、彼女は俺に怯えているふしがある。
「! な、なによ、アナタもいたのっ。っ、ふん、相変わらずまっくろな鎧を着てらっしゃるのねっ。暗いところだとビックリするから、やめてくださる?」
「鋼城も同じ恰好だろう」
「カツヤはわたしの騎士よ。鎧だって、傷だらけのアナタと違ってピカピカ。なにも恥ずかしいことなんてないわ」
異世界の金属が含まれる魔導隊の鎧。魔法元年以降に出現した魔獣の攻撃程度では傷ひとつ付かない強度だ。
だが逢禍暮市では、比較にならない強力な魔物と繰り返し戦い、鎧も相応に破損している。
これは皆と戦い抜いた証。なにも恥じるところは無い。
「よかったじゃないか鋼城。輝くような立派な騎士だそうだ」
「何が言いたいんだ墨谷」
「虎郎はもういない……愛魚ちゃんもだ……もう魔導隊は3人だけ。俺は…………鋼城に、また一緒に戦ってほしい」
「っ」
「みんな疲れ切ってる。食料も水もわずかっ、何度も何度も魔物どもが押し寄せて、死人が増える一方だ! 鋼城、頼むよ、力を貸してくれ。危険なのはわかってる、でも魔物の侵攻を止めなくちゃ全員死ぬ。鋼城の力があれば、璃音がもっといい戦略を立てられる」
「オレは……オレは」
鋼城はなにかを堪えるように苦しむ。
仲間だろう……。1年以上も一緒に戦った仲間だろう?
“まだ”そうだといってくれよ鋼城……っ。
「カツヤはわたしの騎士なのよっ。わたしを守るのが仕事っ。あなたが弱いからってカツヤを困らせないで」
「そ、そうだ墨谷、オレは拠点を守ってる。愛魚ちゃんだって獣牙種のせいでおかしくなってっ。墨谷こそ、どうして愛魚ちゃんをあんな状態で行かせた? あんな、魔物みたいな姿の愛魚ちゃん……オレがどんな気持ちでいるとっ――」
「 オマエがダンを見殺しにしたからだろうがああぁぁぁぁ!! 」
まるで獣牙種に非があると聞こえる言葉に我慢の限界を迎え、鋼城に飛びかかり壁に押し付ける。憐れな壁がひび割れ、鉄筋が歪む音がした。
今まで心にしまい込んでいた疑念をぶつけながら、変異の進んだ両腕が鋼城を締め上げる。
「獣牙種のせいだっテ!? どうシて行かせたダと!? 俺やオマエに何ガ出来たっ?」
「ガっ、ぐ」
「俺は見てたぞっっ。オマエはっ、ダンが騎士蜂に狙われた時、動けたのに助けなかった! わざと見殺しにしただろウ!?」
「そんな、ごと、ない」
「彼女はダンをアイしてたっっ。だからダンを殺した騎士蜂を憎んで、憎んデ、憎んで、悲しみつくして、ああなり果てた! 彼女ハ怒りの矛先を間違えなかった! オマエはっ、あの結末を防げる場所に居たんだっ。信じてたのにっ!」
「やめてっっ!!」
真理愛の声で我に返る。静まり返った室内で、怯える眼がいくつも俺に向けられる。ロームモンドに至っては、魔力で光る短剣を握っていた。その顔は魔物を見るように歪む。
「マ、マリアに、聖女ごっこをやめるよう、忠告してあげようと思ったのに……まるで魔物をあやつる魔女みたいねっ。もういい、行きましょっ。ホラっ、カツヤ!」
「がはっ……。……オレだって、愛魚ちゃんが獣牙種なんかと、一緒にならなきゃ……」
「カツヤ!」
「ああ……わかったよシクルナちゃん」
シクルナの後を追うように、俺の手から解放された鋼城が立ち去る。
燃え上がった怒りが消え、後悔が心を覆った。俺は鋼城に、一緒に戦って欲しかった……だが信頼を砕いて、その可能性を突き放したのは他ならない俺。
ずっと心にわだかまっていた不信感を、苛立ちのまま吐き出してしまった。自分で仲間を突き放した。
「あ、あなたは、人間なのですね? ホントに魔物ではない……?」
ロームモンドに魔物と疑われるのも仕方がない。それほど、今の俺は醜いのだ。
おそらく魔法の力が宿る短剣。それを握る手の震える激しさから、彼が感じている恐怖が知れようというものだ。
よく見ればロームモンドも、初めて会った日と比べ酷くやつれている。目は落ちくぼみ、髪は白髪が増え乱れるがまま。
彼も、夜の恐怖と必死に戦っている。
「その短剣……どこから出した?」
「は? ……、い、いえ、魔法鞄を、持っているだけです」
魔法鞄。
見た目以上の収納空間を持った魔道具。ニーナ教官に実物を見せてもらったことがある。
そんな物があるなら、物資の収集がどれだけ楽に……。いやちがう、それは俺の勝手な考えだ。彼を責めるのは間違ってる。
「妙な気を起こさぬことです。で、ではワタクシめも、これで」
ロームモンドを見送り、今度こそ自分の醜さに嫌気がさし嗚咽が漏れた。項垂れたまま泣く俺の手に、悲し気な真理愛の手が重なる。
黒い変異が戻らない指先では、真理愛の小さな手を潰してしまいそうで握り返せない。
もう俺には、失ったモノを数えながら戦う道しか残されていないのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
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