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鷲弦愛魚


 獣牙種(オーク)の亡骸が無造作に食い散らかされている。血の跡を辿るまでも無い。眼前にはスクラップの城がそびえていた。

 廃車、廃鉄、形も分からない鉄クズの山。そこかしこに獣牙種(オーク)の魔法攻撃の(あと)が残る。

 「ここか」

 握る虎郎剣(ころうけん)に魔力を込める。無造作に放った黒の斬撃は、鉄クズの壁に深い切れ込みを入れ、衝撃で瓦礫(がれき)が宙を舞った。


 ――……オエッ

 ――気持ち悪ぃ……なんか、血みてぇに噴き出てやがる


 後ろに控える志願者達がどよめくのも当然だ。俺も気色悪さを感じている。

 騎士蜂の巣だと思われる元廃車置き場、すでに騎士蜂の大半は愛魚によって殲滅された。巣に残っていた護衛役の蜂も飛び立ち、上空で粉砕。

 すでに巣はもぬけの殻のはず。攻撃を加えて、残り少ないであろう騎士蜂を巣からおびき出そうとしたのだが……。

 魔力の斬撃で破壊した、廃車が折り重なる城壁から謎の液体がこぼれている。オイルかと思ったが、そうではない。


 元廃車置き場全体が揺れ始める。揺れの原因は鉄クズの城の崩壊と、城の中心から浮き上がる複数の羽音によるもの。


 「……なんだ、アレ……」


 浮き上がってきたモノを見て、思わず顔を(しか)める。それほどに醜く、ともすれば痛々しいとすら感じる光景なのだ。


 ―― ギチィ、ァァァァァ


 羽音を目いっぱい震わせるのは3匹の騎士蜂。それぞれが足で巨大な塊を掴むことにより、緩慢(かんまん)にだが浮上を可能としている。

 塊はやはりスクラップの寄せ集め。だがその鉄塊には蜂の顔があった。塊全体に神経の様な肉が這い、よく見れば所々ある隙間に、これも鉄と混ざったような巨大な幼虫が蠢いている。


 一匹の巨大な蜂と、巣と、鉄クズの混ざりもの。非常にゆっくりとその巨体が引き上げられるにつれ、周りの城壁に繋がった肉の神経が“ぶちぶち”と音を立てて千切れていた。

 体液をまき散らし、塊と同化した蜂の顔が苦悶に叫ぶ。


 「……そうか、あれが……騎士蜂の、女王か」


 あんなものに、襲われた人々は喰われていたのだ。

 あんな……もう生き物かどうかも怪しいバケモノの、血肉になったのか。

 「着火」

 俺の合図で、志願兵全員が矢に(くく)りつけた発煙筒を発火させる。発煙筒は俺が璃音に頼み用意してもらったのだ。赤い火と煙が揺らめき、全員が女王蜂に狙いを定める。

 「撃て」

 火矢の雨が描く無数の曲線。

 距離も遠くなく、放たれた無数の矢は全て女王蜂へ命中する。持ち上げる騎士蜂も女王蜂も、威嚇の様にアゴを打ち鳴らすが反撃は無い。


 出来ないだろうな、そんなナリじゃあ。


 ダメージが無いこともあり、蜂共は移動を優先するようだ。鉄と混ざった巨体がさらに浮く。だがもう遅い。仲間を喰われた俺達の恨みは、絶対にオマエ達を逃がさない。


 当然の結末を想うと同じ頃、市街を半周するように炎の線がぐるりと回る。“青羽”の残骸を(こぼ)しながら、火の噴出が真っ直ぐ上へ。星の光に一瞬埋もれて、再び火を噴き落ちてくる。


 「下がれ!」


 彼女は忘れていなかった。俺達魔導隊が決めた攻撃の合図を。

 志願兵を下がらせるも、俺は一歩も動かない。

 愛魚(まな)は燃える、命を燃やして(あだ)を殺す。彼女の足が、体が、翼の異形に変わった時に、もう覚悟を決めるしかなかった。また仲間を失うのだと。

 

 醜く巨大な鉄塊が、恨みの炎に貫かれ。


 「(わかるさ。肉体が“黒”に置き換わるあの痛み、それが消えずに残り続ける意味はわかる)」


 だって俺の腕も、もう元の体に戻らない部分があるから。なにか自分の大事なモノを(まき)に燃やしていることが嫌でもわかる。最後に待っているのは、ヒトを捨てた(のち)の死なのだろう。


 炎雷(えんらい)落星(らくせい)が女王蜂を砕くさまが、とてもゆっくりと目に映る。衝撃波と業火が音より速く広がる中で、俺は愛魚の覚悟から目を()らさず立ち続けていた。


 ・

 ・

 ・


 辺り一帯が、竜巻にでも襲われたかのように破壊されている。鉄クズの他には騎士蜂の残骸。

 生命の一切が死に、燃えて灰にならんとする中、すすり泣く愛魚が居た。

 彼女の前に膝を着く。(くすぶ)る残り火だけで(のど)()けそうなほど熱い。十字に光る瞳から、涙がこぼれる(たび)に熱で蒸発している。

 だがそれでも愛魚の涙は止まらない。


 「……騎士蜂は全部死んだよ。愛魚ちゃんのおかげで倒せたんだ」

 「っ……ぅ、しちRo、くん……星じゃ、ナイ……アレ、ほしじゃ、Nai。ダンと一緒に、キレイDaネって……笑っタnoに……全部、眼……こっち、ミテル、の」


 正直、彼女が語る意味を()みきれない。手を取って体を起こしてあげたいが、それも出来ない。

 彼女の体は、壊れた足の大翼から徐々に黒い炭に変わっていた。崩れて、割れて、(さわ)れない。

 

 「ダ、ン……どこぉ? 一緒ニ、居taい、よ。どこ、ぉ」


 いよいよ愛魚の瞳から熱が失せ始める。俺には何も出来ることが無い……、ただ無力感だけを突きつけられる。

 ふと見れば、女王蜂のひしゃげた死骸の頂上に、折れずそびえた槍がある。死骸を上り槍を引き抜いて、愛魚の(そば)へ戻る。


 「これ……渡した、ダンの……」

 「ああ……っ、あア……」


 必死に伸ばされたぼろぼろの指先へ槍を預ける。愛魚は槍を抱きしめ、途端に槍が愛魚と一緒に焼け焦げ始めた。

 戦う愛魚が持っていたのなら、どうして今まで燃えなかったのだろうか。


 「七郎、くン。みんなni、ごめんネっ、て」

 「謝る事なんて、なにもない」

 「アサを……み……なで、って……。ね? ダ、ン……」


 血と炭の臭いが満ちる中、愛魚はたしかに微笑(ほほえ)んだ。まるで誰かの、大きな手に撫でられるように頭を揺らして。

 槍を抱きしめたまま、ついに彼女の火が消える。


 愛魚の火が消える代わりに、俺の内側で火が燃え盛った。夜の地獄へ怒り、仲間の死を怒り、理不尽な世界へ怒り、心がどろどろと溶けていく。


 近づいてくる大勢の足音。志願兵や獣牙種(オーク)、駆け付けたであろう璃音の声を遠くに聞きながら、俺は言葉でなく咆哮を(もっ)てこの夜を呪った。


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